×1×
今回は残酷な描写は全くございませんので安心して読んじゃって下さい(笑)
月の光を浴び
仄暗い闇の中で白い髪は淡い輝きを放つ
顔に浮かぶ微笑みはとても温かく
瞳の奥は限りなく冷たい
その心に意志はなく
その行いに目的はなく
ただ命じられるがままにその両手を紅く染める
その歩みを止めることは誰にも出来ず
少女が去った後に残るのは人間と呼ばれていたモノの肉隗のみ
右手にガランドウの心を抱き
左手に銀色に光る刃を携え
ツクリモノの微笑みを顔に貼り付け
白髪の少女は死を引き連れて歩く
◇…………◇…………◇
――ぴんぽーん。
数週間ぶりに聞く、呼び鈴の音。
散在していた無意識が集約し、人格というカタチを成す。
「ん…………」
細く目を開ければ、そこにあるのは見慣れた自室の天井。
いつもと同じ朝。
何も変わっていないセカイ。
「…………」
仰向けの身体を、ごろんと九十度回転させる。
カーテンが開きっ放しになっている窓の外にはどんよりと重い雲が広がっており、今太陽がどのくらいの高さにあるのか全く分からない。
――ぴん、ぽーん。
二度目の呼び鈴。
眠気を振り払うように、少し勢いをつけて上半身を起こした。
安物のパイプベッドがぎしりと軋む。
それでもまだ身体は睡眠を欲しているのか、両目は完全に開いておらず、ベッドから下りるには至らない。
うなだれたまま、白髪の隙間からうなじをぽりぽりと掻きながら、右手で枕元を探る。
しかし、指先に目当ての物――転がっているはずの目覚まし時計の感触は伝わってこない。
――ぴん……ぽーん。
三度目の呼び鈴で時計の捜索を一旦諦め、少女はようやくベッドから重い腰を上げた。
温もりの残る布団を断腸の思いではぐり、ベッドから足を下ろす。
と、足の裏に、床とは違う何かの感触が伝わってきた。
意識が一瞬で覚醒し、慌てて足をどける少女。
そこには目覚まし時計が、文字盤を上に向けて転がっていた。
「…………はぁ」
小さく、安堵のため息を吐く少女。
昨晩、寝返りをうった拍子にでも落としてしまったらしい。
落下の衝撃も何のその、秒針は休むことなく時を刻み続けており、現在時刻は十三時二一分。
昨夜、「仕事」の事後処理云々を終えてこの部屋へ戻り、ベッドに倒れ込んでそのまま眠りについたのが午前八時少し前だった。
職業の内容が特殊なだけに、その生活リズムは常人とは異なり、ほぼ完全に昼夜が逆転してしまっている。
――ぴん…………ぽーん。
四度目の呼び鈴。
住人が在宅中であるという絶対の自信があるのだろうか。
勧誘の類にしては、随分と諦めが悪い。
「――はい、今開けます」
居留守を使うのは断念し、玄関に向かって叫ぶ。
目覚まし時計を元の位置に戻し、フローリングの床をひたひたと音を立てながら、少女は来客を迎えるために玄関へ向かった。
チェーンロックはそのままに、二重の鍵を外して鉄製の扉を少しだけ開ける。
「どちら様でしょ――」
そこに立っていたのは、見たこともない青年だった。
男性にしては少し長めの黒髪。
とても柔和そうなその顔は、緊張しているのか、ぎゅっと引き締まっている。
よく分からないイラストがプリントされた半袖の白いシャツに、色あせたダメージジーンズ。
首にはタオルが巻かれ、その両手には小さな箱。
今まで少女の部屋を訪ねてくるような人間は、彼女の上司か、宗教、保険、新聞などの勧誘、セールスマン以外にいなかった。
だからそれ以外の人間への対応の仕方を、少女は教わっていない。
「…………」
予想外且つ正体不明の訪問者に、何の対応も出来ず、ぽかんと口を開けて呆ける少女。
「あっ、あのっ、俺、今日隣に引っ越してきた……桐嶋という……も……」
緊張した面持ちの青年の言葉は段々とボリュームが落ちていき、同時にその視線が少女の顔からゆっくりと下がっていく。
「――っ!?」
と、いきなり顔を明後日の方向へ背ける青年。
「え、と……その…………どうか、したのでしょうか?」
少ない会話のボキャブラリーを総動員し、顔を真っ赤にしてそっぽを向く青年に尋ねる少女。
「そ、そのっ……ふ、服っ、服をっ!」
「?」
服と言われて下を向く。
少女が身に着けていたのは、ブラジャーとショーツ、つまり、下着のみだった。