第一章-1
クナタクトとともに少女の背中を追うロギゥは、頼まれていた薬草以外も色々採っていた。
歩きながら鞄に手を突っ込み、採取用の革袋の一つからオレンジ色をした小さな木の実を取り出して口に放り込む。
濃厚な甘さが口に広がりまた、歯ごたえも良い。
「ほう、マルンの実か?どれわしにも一つ」
と言った時にはすでにクナタクトの掌にはマルンの実が乗っていた。いつものことであるのであまり気にしなかった。転移魔法である。応用すれば誰にも気づかれずに盗みがし放題の非常に迷惑な応用の仕方であった。
「ふむ、甘い。この甘さと歯ごたえは癖になるのぅ。どこにあったんじゃ?野生のマルンの樹などなかなかお目にかかれないだろう?」
「昔ベルゴウムに教わった。マルンの樹にはその実を食べるために多くの生き物が集まるから慣れると結構簡単に見つかる。」
その、言葉にクナタクトは目を丸くして言った。
マルンの実は確かに他の生き物たちにも好物にされているが、その生き物がいるだけではマルンの樹があるかどうかはわからない。生き物にとってもマルンの樹は嗜好品なのである。その生き物たちをあてにどうやって探すのかはクナタクトには想像もつかなかった。
「おぬしは、冒険者などせんで、薬草売りにでもなった方が一生苦労なく食べていけるのではないかの?わざわざそんな体質で、冒険者をやるなど死にに行くようなもんじゃがのぅ」
「やりたいこともできないんじゃ生きている意味がないだろ?」
「まぁ、それもそうかの」とさして気にした様子もなくうなずくクナタクトだった。
「おぬしと一緒にいればいつでも食べられるしの。」
おこぼれを頂戴する気満々なクナタクトであった。
ロギゥはクナタクトとその弟子である先ほどの少女、エルウナの3人で旅をしている。
10歳のころにベルゴウムの家に昔の冒険者仲間であったクナタクトがエルウナと一緒に来た時に、世界を旅しているとのことを知り、半ば無理やり父と母を説得して二人についてきたのだった。ちなみにエルウナは非常に嫌そうだったがクナタクトは快く迎えてくれた。
荷物持ちとして。
ロギゥの体質にも興味を持ったようで、使えないが色々と魔法の知識を教えてもらっている。魔力の流れが見えることを羨ましがられ半ば本気に目を交換しないかと問い詰められたときに「どうやって?」と質問で返してしまい、儀式をし始め、今まで見たことのないような魔力の流れを目にした時は本気で失明の恐怖を感じた。
今は野宿をしているので、テントに寝泊まりしている。
最後によった村は1月位前だったかと何気なく思い返していたロギゥだった。
すでに食料はなくなっているので、自給自足である。
ロギゥとしてはマルンの実はエルウナだけには見つからないと良いな~などと願っていたが…
「む、この匂いはマルンの実ですね。師匠が持っていらっしゃるのでしょうか?…う」
「・・・。」
「ふぉっふぉっふぉっ。」
ベースキャンプに帰ってきた途端見つかった。エルウナは化け物並みの嗅覚なのだ。とはいえ、それは後天的らしく、様々な薬品をかぎわけているうちに、薬草などを探すときにも嗅覚を使うと便利らしく、意識して使い続けた結果なのである。
ロギゥがこの前ピグルフォ(豚のような魔物:嗅覚が全生物上1番らしい)みたいだと言った時は魔法で丸焼きにされるところだったのは別の話だ。
好物らしい反応をしていたのですぐに要求されると思っていたロギゥだったが・・しかし、エルウナはすぐには要求してこない。
チラチラと眉間に皺を寄せてにらんでくる少女に恐怖を感じるロギゥだったが、このままほっておくといつまでもこの状況が続きそうで自身の精神衛生上良くないと感じたロギゥは、くだらないプライドと物欲に板挟みになっている少女に助け舟を出した。
「エルウナもほら、好きだろ。マルンの実」
革袋に入ったマルンの実を小分けにして差し出す。
しかし、まだ抵抗があるのか手を出してこない。先ほど言った小言のことを気にしているのか、しかし、あれは悪意がなかったとはいえロギゥは自分が悪いということは分かっているので特に気にしていない。
そこで、もう一言付け加えた。
「遅くなって悪かったと思ってさ、だから、これはお詫びのしるしだよ。」
「う…私も手伝っていただいてる身なのに大人げなかったです。…ありがとうございます。」
ようやくしぶしぶながら受け取るエルウナの姿をみたクナタクトが「ワシもー」とうるさいので、そちらにも小分けにして渡す。
エルウナとロギゥの中はあまり良くない。それはこの二年間付き合ってきてお互いによくわかっていた。相性が悪いというのである。
「ふむ、甘いのぅ。」
クナタクトが今度は転移魔法を使わずに手で小分けにしてもらった袋からマルンの実を出して食べてそんなことをつぶやいていた。
今、ロギゥ達は人里を離れガラプスナル原林にきていた。
エルウナの薬草調達と修行のためだ。