プロローグ5
なめしの作業を終えたロギゥは、シカ肉を背負って家路に就く途中だった。
あたりは森。木と草と土とたまにきのこが見える。
鳥や虫の鳴き声、水のせせらぎが聞こえる。
ロギゥの家には森を通ったほうが早いため、今もそうしていた。
シカ肉は血の臭いで魔物などが寄ってこないようにベルゴウムに香草をもらい塗りたくって臭いを押し消した。なので魔物や狼に合うはずがないのであるが、なぜかロギゥの目の前には狼がいた。
正確には森に不用意に入った2人の少年たちはいつもロギゥを見つけると魔法を乱発してくるグループのやつらだった。一人が足をかみつかれていた。
その状況を見てロギゥは関心をした。けして親しいわけではないが(というかむしろ迷惑極まりない存在)
”見捨てていない”
かみつかれている子供はもちろん、それを助けようと木の棒でどうにか狼を追い払おうとしている子供も涙と鼻水で泣き顔がぐちゃぐちゃだが友達を助けようと精一杯頑張っている。
とはいえ、狼に襲われている子は体力の消耗が激しいらしく目が虚ろだ。
「晩御飯の肉は無か…ごめん父さん母さん」
ロギゥは狼くらい出れば追い払えるくらいには剣術をベルゴウムから叩き込まれていた。というか狼ぐらい追い払えなければこの森には入れない。いや入れるが出てこられない可能性が高い。
普通ならば狼を殺して子供を助けるのだろうがロギゥの頭にはその選択肢はなかった。狼も生きているのだ、やっと見つけた食事を自分のエゴで奪い、さらには命まで奪うことまではしたくはなかった。
晩御飯のシカ肉に思いをはせていたロギゥは少し残念そうにしかし、そこで見捨てて晩御飯をおいしくいただけるほど精神力に自信はなかった。狼を無駄に殺しても同じこと。
要するに運が悪いのだ。
狼は子供の血の臭いで興奮しているのか、ロギゥには気づいていない。ところどころ怪我もしている。
本来狼は群れで行動するもの、序列争いで負けたのか、ボロボロだった。
狼もかなり飢えていたのであろう、普通ならば安全なところまで獲物を運ぶのだろうがその場で子供を食べようとしていたらしい。
「ちょっと痛いけどごめんよ。」
ベルゴウムからもらったショートソードが鞘がついたまま狼の腹にたたきつける。
がら空きだった腹に横から衝撃を受けた狼はショックで口を開いて子供を解放した、ロギゥは続けざまにその開いた口に香草を塗りたくった肉を叩き込む。
「ギャボッ」
なんとも中途半端な鳴き声を出す狼は香草の臭いで肉を吐き出そうとしたが、すぐに肉だと気付いたらしくそれをくわえたままロギゥ達には目も向けず去っていこうと後ろを振り向いた瞬間より大きい生物に容赦なく口の中の肉ごと噛み砕かれた。
グシャッと飛び散る狼の血を見た瞬間。即座に怪我した子供を背負いもう一人の子供の手を引っ張ったロギゥが見たものは巨大なトカゲだった。
フールリザードである。ドラゴンのなり損ないといわれる魔物であるが、討伐には多少腕の利く冒険者でなければ難しいので、一般の成人男性では到底かなわない。一般とはかけ離れているがロギゥでもまず勝てない。しかも、足手まとい二人を抱えた子供には逃げることも容易ではないだろう。
狼を租借する音が聞こえるが、フールリザードはきっとそれでは満足しないとロギゥは直感した。
できる限り距離を稼ぎ、頼れる大人…ベルゴウムがいる小屋まで逃げ込めればまず大丈夫ろうと判断したロギゥは来た道を全力で駆け出す。
すぐに咀嚼の音が地響きのような音に変わる。
「ッ!?」
後ろを振り向いたのか手を引いていた少年の悲鳴にならない悲鳴が聞こえた。
「止まるなッ!」
少年に怒鳴りつけ、手を引く力を強くした。
しかし、このままではベルゴウムのところまで持つどころか今すぐにでも三人であのトカゲの胃袋に収まってしまう。
ロギゥは何かないかとあたりを見回す。
(どうするッどうするッどうするッ…!?)
目線の先に木の根が盛り上がってできた洞があった。がすぐ後ろには大トカゲの口が迫っている。