第一章-6
昨晩の獣の雄たけびの主は今エルウナの目の前にあった。
まさか、本当にロギゥが獣と戦っていたとは思ってもみなかったエルウナはそれが今日の朝食に出てくるなどとは思うはずもなかった。肉は話に聞くと筋張ってあまりおいしくないようなイメージだったが、思いのほかおいしかった。
ついでに本当にロギゥが痛い目に合っていたということで、昨日のイライラはウソみたいにすっきりしていた。
そんな自分をちょっと歪んでると感じながらも、すがすがしい朝を迎えたエルウナは今日も薬草の採取と新薬の調合である。医薬ギルドに登録しているので、そこからの依頼であった。ギルドはほかにも魔物などの研究・改良のための捕獲ギルド、魔物による被害対策である討伐ギルド、文化遺産などを調査・発掘するためのレンジャーギルド、賞金首の処理を依頼されるブラックリストギルド等多種に渡る。なぜこれまで多様化したのかというと各々の目的が違うため、もともとは一つの組織だったのが徐々に分裂し、それぞれの目的と理念をより発展させた結果であった。
そんな中ギルドにもやはりランク付けがあり、医療ギルドもそれに準じる。
新薬調合となれば、12歳の少女がその依頼受託資格を得るのは異例のことであった。
単に新薬調合といっても下種新薬調合、上種新薬調合、特殊新薬調合の3つの資格がある。ほかにも、医薬投与や外傷治療等もそれぞれ下種~特殊まである。
12歳という若さで下種とは言え新薬の調合を行うそのセンスには天賦のものがあり、それにおごることなく努力し続けた結果としては当たり前の成果である。
12歳という若さが浮足立っているがそれは本来のエルウナを見たものではないので、エルウナ自身特に気にしていなかった。
今作っているのは新薬といっても、既存の薬の効能を効率よく持たせるための黄金比の確認だ。
そのために多量の薬草が必要なのだ。ガラプスナル原林ではそれに必要な薬草がすべて手に入るのだった。
効能としては体力回復と回復力強化の二つだ。
両方とも単体での効能の薬は存在するのだが、戦闘時にもっともよくつかわれる薬の二つであり、一瞬が生死を分ける戦闘では一度に服用出来るほうがよいのだが。単純に混ぜると効能が半減してしまうのだが、どうやら調合の比率があるらしく、今回はその調合比率を完成させるのが依頼であった。
クナタクトに言わせると「二つを合わせてより効能を高めるならまだしも同じ効能なんぞのものを作ったって意味ないじゃろうが。まぁおぬしの修業には丁度いいかの?」なんてことを言われたことをエルウナは覚えていた。
(クナタクト様そうはおっしゃいますが…私にはまだまだ難しいのです。)
サラッと言われてしまい。心に突き刺さるものがあったエルウナはその言葉を思い出してしまいさらに気分が滅入ってしまう。
すでに1カ月以上経過しているのだ。そろそろ完成させなければ呆れられてしまう。とエルウナは考えていた。それが恐ろしく、余計に気分をあせらせる。
エルウナは『自身がなぜ薬を作っている』のかをこのときは完全に失念していた。
先ほど出来上がったばかりの薬をなめてみる。
ものすごく苦い味に眉を顰めるが、それとは別にほのかに体の奥から力が湧くように温まる感覚がある。
(また失敗だ…。)
薬の入った袋を乱暴につかむと、そのままテントを出て隣のテントへ誰の断りもなくズカズカとはいって行った。中ではロギゥが疲労回復の効能のある葉を全身に貼り付け包帯を体に巻いている途中だった。
同じ年頃の異性の上半身を見ても、特に気にした様子もなく、ロギゥもまた、いきなり入ってきたエルウナにも特に気にした様子もなく振り向く。
半ば怒鳴りつけるように口を開く。
「ロギゥ!あなた、昨日訓練した後にろくに休みもせずまた魔物と戦って体が疲れているのではないですか!」
エルウナは決まって失敗すると失敗作(それでも体力は回復するが…)を持っていくのだ。
袋を無造作に前に突き出すと半ば押しつけるようにロギゥに渡す。
「あ、ありがとう…。」
少し驚いているようだが素直に受け取るロギゥ。
しかし、そんな少年にたたみかけるように言葉を紡ぐエルウナ。
「その代わり、昨日とってきてもらった薬草をこの袋いっぱいに取ってきてください!!」
昨晩の夜の出来事はお互いに全く気にしていないようだった。
「うぇ…またか。まぁエルウナの薬は良く効くし、しかたないか。わかったよ。」
に素直に承諾する、そんな少年の純情態度を見て若干心苦しくなる少女。
(う…、失敗作だなんて言えません。)
エルウナは少年に失敗作だと伝えずにできそこないの薬を押しつけて、その対価として有無を言わさずこちらの指定のものをとってこさせることに若干の良心の痛みを感じる。
「ゆ、夕暮れまでに取ってきてくれればいいので。よろしくお願いします。」
そのまま踵を返しテントを出ていくエルウナだった。