第一章-4
夕食も終わり、すっかり辺りは闇に沈んでいた。
雲ひとつない夜空には満月が顔を出し、ほかの星々の輝きを消し去っていた。
夜とは思えないほど明るいその場所でロギゥは一人剣を振る。
そんな中夕食での出来事について思い返していた。
夕食の途中いきなりエルウナに言われた。
「何に悩んでいるのかは知りませんし知りたくもありませんが、食卓にその暗い顔を持ち込まないでください。せっかくの夕食が不味くなります。それはすなわち、頂いている命への冒涜と変わりありません。」
「命への冒涜?何を言っているのだ」とロギゥは思った。
弱いから食われるのだろう?強いから食うのだろう?
自分も小さいときは弱かった。だから、逃げた。ただ一人、森の中で遊んだ。
今ならばやつらを全員返り討ちにできる自身があるが、そんなことに興味はなかった。
必要だから殺す、痛めつける、ねじ伏せる。必要がなければ何もしない。興味もない。
そんなことは当たり前であって、そこに冒涜や尊敬、善悪などという概念など存在しない。
ロギゥはそう考えていた。
その時はどうかしていたのだろういつもなら「そういった考えもあるのだ」とそれ以上何の感情も湧かず黙って、食事を勧めるのだが、反論をした…いや、初めて自分の考えを他人に話したと言ったほうがロギゥの感覚には近かった。
返答があるとは思っていなかったのだろう。エルウナはロギゥの言葉を聞いてはじめは目を丸くした。
聞いているうちに興味なさそうに「ハンッ」と鼻で笑うような態度をした。いつものエルウナには感じられない仕草だったため、それをロギゥは良く覚えていた。
それ以来、何も言うことがないというように黙って食事を終わらせ、さっさとテントに入って行ってしまった。
「命への冒涜?」いくら考えていてもロギゥにはわからなかった。
今日はロギゥが見張り番なのであった。クナタクトもエルウナもそれぞれテントで休んでいる。
その夜の時間を修練に使い素振りをし続けるロギゥ。
実践的な感覚で剣を振うのは肉体の鍛錬というよりは精神の鍛錬に近いものだと考えているロギゥはどれだけ体がぼろぼろになろうと素振りを欠かさなかった。
肉体の強化になるのに加え、身体が軋み、痛むことで、さらなる精神修業になるのだ。
一振りするたびに骨は軋み、筋肉は張り裂けそうになる。
その痛みにも眉ひとつ動かさず。まったく同じ型で剣を振り続ける。
しばらくすると、別の型を作りまた振り続ける。
そうして夜は更けていった。
エルウナはなかなか寝つけていなかった。
テントの中、ただ布の天井を見つめながら夕食の時のことを考えていた。
「命への冒涜?こいつは弱いから食われたんだ。俺たちは必要だから食ったんだ。それ以外に無い。
確かに命を無駄に殺すことは俺も好きじゃない。しかしそれはそいつらにも生きる意志があるからだ。
悪だの正義だのなどはそんなものすべて人間が勝手に考えたものだ。
そして、すでにこの器の意志は消えたんだ、冒涜だのなんだのは関係ない。俺はこいつが必要だから食うそれにうまそうに食うも不味そうに食うも関係ないんだよ。」
少女はその少年の考えを実に野蛮な考えだと思う。命をつなぐには命を喰らう必要がある。それはどうしようもないことだ。
だからこそ糧になってくれた命には感謝をしなければならないと感じているのだ。
それは、今まで出会って、お世話になってきた人たちとのかかわり合いに近いものだとエルウナは考えていた。両親やクナタクト、ほかのも大勢の人々がいて今の自分がいる。
そして、それは糧となってきた命にも共通することではないだろうか?
親愛の念や友情、尊敬などは抱けないが、それに感謝しありがたく、おいしく頂いて自分の命をより高みへと導くこと、それが糧となった命へささげるものではないかと考えている。
生物だってそうである。人間ほどの高度な精神は感じられなくても、純粋にそれを行っている。生まれ食い生んで育みそして死ぬ。進化という高みへの道を着実に何の疑問も抱かずに進んで行っている。自分の器では達成できなかった高みへの道を子供たちに与え。その子供たちも、自分の子らに引き継いでいる。何万年、何億年とそれを繰り返し続けている。
それをあの少年は自分の中の狭い小さな世界しか持っていないくせに否定した。
それがどうしても我慢ならなかった。ひどく滑稽に思えた。なんで私はこんなくだらない人間などとともに旅をしているのだろうと疑問に思った。
だから普段は隠していた自分をほんの少し出してしまった。
でも、そんなことはどうでもよかった。
今はこのイライラのせいで寝付けないことにイライラしていた。