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【読み切り】 ユメツゲ:音装少女

作者: 煌鍵 竜樹
掲載日:2026/06/01

1話完結作品となっています。

小説の投稿自体初めてなのでご容赦くださいませ。

もしよろしければコメント等ご評価いただけると幸いでございます。

※ほかサイトでも掲載しています。


仁奈(にな)さん!だから何度言ったらわかるんですか?手馴しのアルペジオとは違うんですよ?」


演奏の代わりに叱責の音が鳴る。ここ3日間。この先生との練習の時間、毎回言われている。


「合唱の伴奏は道を作るだけじゃないんです。書き上げた作曲者の綴っている魂を読み解くんです。音を鳴らすだけじゃだめなんですよ?わかっていますか?」


「………はい。」


一拍空いたあと、たった二文字なのに後ろになるに連れ声が小さくなる。


「この曲は大きな波や小さな波で時間を表しているんです。最初のフォルテッシモから入って、その次にすべての音符にアクセントがついていますよね?上がっていくときに掛けるクレッシェンド下がるときに掛けるデクレシェンド、あなたはただ掛けているだけであってそこに心が入ってないんですよ。もう一度弾いてみてください。」


一息で、畳み掛けるように弾き方のアドバイス(指定)をされる。止められた時とは違い冷静だがそのうちには怒気が入っていることも感じられる。


やや抽象的で論理の飛躍があるが言葉をそのまま受け取り、言われたことを意識して弾く。楽譜に目を起き、鍵盤に構える。手の力を抜き体重をかけ音を出す。最初はフォルテッシモだ。けれど強い音ではく力強い音を出す。波の強さを感じられるように 

「~ファミファ~♪」

分散和音も波の満ち引きを表すようにきれいに弾く。




でも、最初の4小節の部分でまた止められる。




「止まってください。だからそうじゃないんですよ。感情を込めてく弾いてください。まぁそろそろ6時半になりますし今日の練習はこのくらいにしておきましょう。あなたはどうしますか?もう少し弾いていきますか?」


「はい。7時までは練習したいと思っています。」


もう少し弾いていきますか?という言葉の裏にはもう少し弾いていきますよね。という圧が見える。

もちろん家に帰っても練習はする。けれどそれは先生には見えない。


「そうですか。そうしたら鍵はいつも通り返しておいてください。それではお先に失礼します。」


 「ありがとうございました。また来週もお願いします。」


「はい。お疲れ様です。」


先生は丁寧に挨拶し、教室から出ていく。がたんと重い扉が閉まる音がすると張り詰めていた教室の空気が一気に軽くなる。先生の怒気の含まっていた言葉で空気が重くなっていたのか、怒られて静かになっていた仁奈自身の心持ちで重くなっていたのかはわからない。


左手の上に右手を乗せ、ピアノの椅子に体重を預けると自然に顔は斜め上を向く。そこにはグランドピアノの屋根が見える。反射光により白い光とグランドピアノ特有の光沢のある黒色。新しいピアノになったばかりのためその光沢具合にも磨きがかかっている。


「すぅーふぅー」


鼻で大きく息を吸い、口で細く吐き出す。無意識的に心をリセットするために行う。

椅子に預けていた体重を元に戻し姿勢を正す。鍵盤に手を乗せ、目を瞑る。

鳴らし出した音は合唱の伴奏の曲とは違う。

静かな部分はほんの少しの不安を煽る。華やかな音は諭すような優しい声のように教室に鳴り響く。その曲の作りは現代でも多数の曲で使われていて、ある種完成系の曲であるとも言える。

仁奈はこの曲を何千回と弾いてきた。仁奈に今更ミスはない。世界で一番美しいとも言えるその曲はーーーー



******


19時の5分前になった頃、仁奈は立ち上がる。先生に言われた心をこめると言うことはあまりわからない。自分ではしっかりイメージして弾いているから何が違うのかがわからない。

最初の部分を何度も何度も引き直していたため、通しの練習が足りてないと思い3度ほど通したらあっという間に時間になった。

メトロノームを元の場所に戻し、楽譜のファイルを鞄にしまう。左手で屋根を少し上げ、右手で突上棒をたたみ、空いた右手で屋根を持ち、腰を下ろすように優しく閉じる。

防音になっている教室の重い扉を閉め鍵を返しに行く。


「あら仁奈ちゃん!まだいたの?今日も練習かな?お疲れ様!」


担任が明るく高い声で話しかけてくれる。仁奈は笑顔を作り応える。


「はい!練習終わったので鍵を返しにきました!」


担任は手を差し出してきたため、鍵を渡す。


「こんな遅くまでお疲れ様。だいぶ暗いけど大丈夫?一緒に帰る人はいる?」


「いないけど大丈夫です!」


担任と共に昇降口まで歩き出す。その間は他愛のない会話をする。今日の夕飯は何にしようか、1週間頑張ったし飲みにでも行こうか、駅前の美味しいお店はどこだなどだ。

2分はかからない程度の時間で昇降口に着く。


「じゃあ本当に気をつけて、まっすぐ帰るのよ。さようなら。」


「はい、お疲れ様です。さようなら。」


ナイター設備の光はまだ眩しく光っている。

ボールを打つ音は聞こえないため部活はもう終わっているのだろう。時

間はちょうど19時あたり。

肩にカバンを掛け直し、静かに歩き出す。

いつも通り。

いつもの道。

ここ最近のいつもの時間。

今は葉が一つとない桜並木を越える。

半袖では少し肌寒い季節もやって来ている。

右には神社を仕切っている石の柵がある。

日によっては猫が石の柵の間から顔を出したり尻尾を出したりするが今日は見当たらない。

いつもと同じ木の配置。

もちろん切り株も同じ位置にある。

陽が落ちてからもう長い。




ふと頭をよぎる。


「合唱の伴奏くらい請け負って来なさい。」


別にことを考える。


食材何があったっけ。今日は右に曲がって帰ろ。


(仁奈さん!)


家に帰ったら手を洗って、冷蔵庫を開いて…


(だから、何度言ったら)


そろそろ中間もあるし、復習したいな。数学は別にいいけど地理は一旦教科書読んでから…


(心を込めて弾いてくだ…)


「ドン‼︎」


右足を地面に対して強くおろす。仁奈右足の脛には強く、ジーンとした痛みが響く。

やり場のない怒り、まとわりつく虫の羽音のような思考を払うように地面に対し怒りをぶつける。

できる限りの力をもって名一杯の力で地面に対して強く怒りをぶつける。


足に裏には痺れるような痛み、そして脛に残る痛みで歩みは止まる。自然と目が潤う。

これは痛みからくる涙なのか、心がいっぱいになったから出た涙なのか、いいや両方だろうか。

俯く。思考は巡りさえしない。




ふと顔を上げる。

位置はちょうど神社の裏門になっていた。



視線を外せない。

それどころか視点が導かれている感覚になる。


私は今何かに導かれている。


この現状から解放してくれる、今の状態を打開できると確信できる空気となる。


視線が高い気がする。まるで浮いている。

私の身長ってこんなに高かったっけ?


ドーパミン系の暴走からくる全能感に支配されていて、普段絶対に行わないことをする。

これは新たな発見になるか、ただの夢物語の無謀な失敗になるかは

終わってからでないとわからない。


思うがままに裏鳥居をくぐり、砂利道を走る。砂利特有のザッザッという音が頭に響く。

そよ風によって吹かれている杉。金木犀の甘い香り

追い風に連れられて走り抜ける。木の壁一枚を隔てた本殿の隣を通り抜けようとした瞬間


―――――知らない場所へ出た。


******


神社の裏門のじゃり道を走り抜けるとそこは知らない場所だった。

後ろを向いてもじゃり道はそこにない。林と獣道が伸びているだけだ。

月は雲で隠れているため「一寸先は闇」との言葉通り何も見えない。

林の反対側は崖になっている。高さは見当がつかないが学校の3階か4階から見下ろしたのと同じくらいの高さに見える。崖の下には和洋折衷の建物が立っている。少なくとも仁奈の知識には当てはまる地域はない。


たった一歩進んだだけで知らない場所へ来てしまった。

夢で唐突に崖から落ちるようにほんの逡巡のうちに風景が変わった。

あっけに取られて心拍が耳まで届いてる。小さな声でそっと呟く。


「神隠し…?」


「おいおいおいおいおい。おい。だれだあ?お前?」


呟くと同時に驚きの声を出している男の言葉が耳に届き、自分の世界から引き離された。

暗く先の見えない林から枝を踏む音を立てながら大きく訛った言葉で話しかけてくる。

顔を林に向ける。暗順応しつつある目にはほんのりしたシルエットと光の反射が見える。

黒く油照りしている。そのシルエットはまるで古い時代の甲冑のような武具だ。

男が一歩歩くごとに全体がはっきりしていく

男が一歩歩くたびに違和感が膨れ上がっていく

男が一歩踏み出しその異様の姿があらわになる。

何か見覚えのあるような、心の底から湧き出てくる不快感。

その男は腕が4つある。だらっとしている腕と組んでる腕で二組ある。

上側のだらっと気を抜いてる腕は仁奈よりは大きく太いが人の腕だ。

だが腹。胴体の中腹より伸びている腕には棘、先の方は鎌のようになっている。


「…………」


言葉が出ない。恐怖、いまのその状況、そして不快感から喉が脳震盪を起こしたかのように働かない。極めて冷静だが何もできない無の時間が過ぎていく。

体感で言うと30秒ほどが立った後、やっと物事が理解できた。

目の前の男のい異形の姿、その偉業の不快感の正体も仁奈の中で繋がった。


「ゴキブリ!?」


絶対に声に出すべき言葉は他にあった。しかし、眼の前にいる者の情報を精一杯読み取った結果の言葉が出た。

甲冑の様でもあるが明らかに虫の腕も生えている。カサカサと動いている人の手とは別の中腹の腕が心底気持ち悪さを湧き上がらせてくる。

どことなく油ぎっているような甲殻もとにかく食欲を失わせるような気持ちを湧き出させる。

不快感の中、男は声を上げた。


「おぉ正解だ。名前は世片誠也よがたせいやっていう。祝ってくれる奴はいないが年齢は38歳だ。そんなわけで、まぁんじゃあ、目の前に居ることだし何か気に食わないから……。」

「…死んでもらおう。」


軽い自己紹介とは裏腹に、とてつもなく深くダミっている声でとてつもなく怖い言葉が襲う。

刺す声でもない。切る声でもない。押しつぶすような一方的な声が飛んできた。

すぐに逃げなければと本能のようなものが叫ぶ。


位置が悪い。逃げれない。相手が一歩進むと腰が抜けた。

動けない。手が痺れる。嫌だ。死にたくない。嫌だ。

怖い。嫌だ。どうしよう。嫌だ。座っても背が高いな。嫌だ。

風冷たいな。嫌だ。久々にお父さんと会いたいな。嫌だ。

合唱曲弾かなくてすむかな?でも嫌だ。

嫌だ嫌だ嫌だ。

嫌だ。




嫌だ。


嫌だ…。


あまりの不安から、とっさに今までにないくらい大きな声が出る。

人はいざという時は声が出ないなんて言う人もいるが、それこそ人それぞれだ。

多大なストレスがかかった時に大きな声を出し発散する人がいるだろう。

仁奈の場合は極度の緊張状態でも最適な結果となる行動をした。


「だれか!助けてください!」

(君も、、、仲間か、、、!)


極度の不安から出た最適な行動。しかしながら崖の下の建物にたとえ人がいたとしてもその声は届かないだろう。だがそれに対して嬉しい予想外の展開となった。


仁奈の言葉に返事をするように心に直接、声が届いた。まるでホールのように染み渡るようなとても心強い声が。あまりの安心感に鳥肌が立つ。


悲鳴とも捉えることのできる助けを呼ぶ声に対し、とてつもない反射神経でのノータイムでの返事。声を上げたものの一種の逃避であり、返事が返ってくるとは思っていなかったためノータイムで返事が返ってきたことにはワンテンポ置いてからでないと理解できなかった。

そして返事とほぼ同時に空が光る。


稲妻の走る逡巡前のようなとても強い光が仁奈の周りを強く照らす。月明かりだが光量は比じゃない。しかしながらスポットライトの光量がありながらその光は月明かりのように飽和している。

光の影響で逆光になり、黒いシルエットでしか人がいることを把握できない。

シルエット的にはドレス。そして遠いながらも姿を察するに女性であることのみ理解した。



何を見ているかわからないまま光の方を眺めているとアンティークなデザインの半透明な階段が私の眼の前まで伸びてきた。

その階段を降りてくる。そして階段の一歩目を踏み出したときから音楽が流れ始める。

あっけに取られる。静寂だったこの空間は一気にその音楽に染め上げられた。

音楽と同時に白く美しく半透明の生き物、天使のような、幽霊のような生き物たちが現れる。

そして女性の周りを自由に飛び回りながら音を奏でている。

ヴァイオリンのピッチカート奏法で泊を取りクルッと回転したり飛び上がったりと。なんとも自由に楽しそうに動いている。


有名な旋律。驚異的な音数。何よりもヴァイオリンの音。

ラーラドシラファ…私はこの曲を知っている。


「パガニーニの…」


「チッ」


曲名をおもだそうとしていると口に出した言葉にかぶせるように舌打ちが聞こえてきた。後ろを向き直すとゴキブリ姿の大柄な男…世片誠也を名乗る人物が仁奈へ飛んできてる。とっさに手で顔を覆い突撃してくるその世片誠也に対して背を向けお守る体制に入る。


そんな男から私を守るようにさっきは逆光で見えなかった姿が目の前に堂々と立っている。

とっても可憐な黒を基調としているドレス。そしてその周りを取り持つ半透明の楽器を持った幽霊(?)達


「ふふっ。あいも変わらず我慢ができない奴じゃないか。私の美しい演奏に耳を傾けたらどうかね。」


「あいにく教養がないものでな…っていう会話もしあきたなぁ」


「ふむ〜!さてお前はどうでもいい。」


世片誠也を何らかの圧で後ろに吹っ飛ばす。

そしてクルッ私の方を向き手を出してきた。


「さあ立ちな。そして、君の名前は?」


私は無意識的に手をとり応える。


「仁奈、風琴仁奈かぜことになです…!」


今できる最大の力強さで名前を名乗った。もしかしたらあまり声が出なかったかもしれないし思った以上に出ていたかもしれない。今起こっている出来事に頭がパンクして自分の声の強弱も分からなくなっている。


「ほう、仁奈だな!」


私の名前を鸚鵡返しすると同時に力を入れ、私の手を強く引く。

私の足が地面と接したち時に続けて問われる。


「仁奈。君の主題テーマは?」


質問の意味がわからず、ハテナを浮かべていると追加するように話し始めた。


「何でもいい。一番好きな曲、初めて覚えきった曲。死ぬ前に弾く曲、手馴しに弾く曲。もちろんアルペジオの次にだ。」


仁奈は頭で考えるより先に言葉が出始めた。


「好きな曲は?って聞かれると困るけど一番美しい曲は?って聞かれたらカノンって答える。いつもふとした時にはカノンを弾いてる…!」


「そうか!きっと君、仁奈の主題はカノンだな!」


その笑みの含んだ言葉と同時に私の首にネックレスがポっと泡の破裂の逆再生のように現れて掛かっている。



ふと気づくとさっき神社に導かれた時のような全能感、浮遊感が戻ってきている。今日は特別な日なんだ。何でもできる気がする。何ものにもなれる気がする。心の窮屈さ、しがらみを楽しみに変換できている。何も苦じゃない。抜けた腰はきれいな姿勢にすれば何も気にならない。脳は澄み渡っている。もちろん手足のしびれはあるけれど自分の肉体なのだからいつも通り動かせばいいだけだ。そう。いまはすべてが分かる。


仁奈の脳は澄み渡り動き始める。

考えるより先に理解できる。仁奈の目の前に半透明の光の鍵盤が現れる。

コンクールに出場した時のように美しく優雅に腰をかける。下ろした腰に合わせて白がメインとし金色の枠の椅子が生み出される。

一段と姿勢を良くし、体全体の体重を綺麗に鍵盤に落とし、いつも通りの音を出す。


気付かぬうちに今着ている制服と入れ替わるように左右非対称のドレスが光と共に足元から生み出されていく。


そして、仁奈の弾いている音は誰でも知っているあのフレーズが耳に透き通る。

きっと仁奈にとって今後の人生含め一番の音を出している。

プロと遜色ない技術。そして何よりもプロ顔負けの表現力。


ドレスを生成している時の発光と同じ色の光の糸が絡み合い、街並みが形成されていく。


「ほうこれが君の…」


「チッ、テリトリーか、」


自分の信じる音楽を目に見える(テリトリー)として表現する。深く黒に近い空は光と包まれるように昼間になった。その街並みは白い壁にカラフルな屋根。同じようで少しずつ違う建物には不思議な統一性がある。そして雲ひとつない空。その空は蒼く一切を遮るものがない。川にはその美しい空と木々が反射している。色も絵や写真では表せない、空気感を持った現実となっている。

対抗するように世片誠也も圧を放つ


「ふぅ。おれもぉだぁぁぁぁあああああ!!!」


世片は後半になるにつれさらに太くなる声を上げる。圧が上がる声を雄叫びを上げる。仁奈の弾いている曲の対照的とも言える音だ。聴いたものの内臓に負荷のかかるような音を出すと仁奈のテリトリーと拮抗するように薄汚れた街並みが出てくる。彼のテリトリーは彼が一番慣れ親しんだ、彼が一番仕事をした場所。ネズミが跋扈し、小石を蹴り暗がりを突くとゴキブリが出てくるそんな場所だ。


黒いドレスの少女は笑顔で仁奈に話しかける。


「仁奈。私も一緒に弾いてもいいわよね?」


仁奈は心の中で「もちろん!」と答え、代わりと言わんばかりに笑顔で優雅に頷く。そしてそれはみなくても黒いドレスの少女に伝わっている。


ピアノとヴァイオリンの二重奏。本来デュエットは息の合うものが時間をかけ練習をしたがいの表現に合致するように練習してから弾くものであり、いきなり合わせて、最高の作品を作り上げられるものではない。しかし今の仁奈はすべてが見えていて最大の集中をしている。

そんな仁奈に合わせるように黒いドレスの少女はどこからかガラスのヴァイオリンと弓を取り出す。そして普段は人を引っ張るような演奏をするその少女が仁奈に合わせるように息を整える。


仁奈の曲「カノン」がサビに入ろうとするとき黒いドレスの少女は目を閉じた。

黒いドレスの少女は自分が入ると同時に仁奈の演奏、仁奈の表現を完璧に理解する。

そして仁奈のテリトリーの昼間の表現が次第に時間が進み彼女の荒月と融合していく。



彼女の主題とは違い神々しいものではなく美しい夜景となる。川に反射している空は月、そして飽和している月明かりを反射している。道の街灯もほんのりとオレンジ色を出しロマンチックな道ができる。

その道の先には大通りに続くであろう薄汚い路地がつながっている。仁奈のカノンのサビの終わりに差し掛かった頃、三者共に目を合わせついに直接的な戦いが始まる。

突撃してくる誠也に対して前に出たのは仁奈だ。仁奈に武術の心得なんてものはない。人との殴り合いの喧嘩をしたこともない。しかし今なら、戦い方が分かる。相手の動作が見える。右の中腹の手が出てきたら下からけり上げる。相手の左足から中段に蹴りが来たら右手でガードする。

力強さに空気が見える。

こちらを見ながらもまだヴァイオリンを弾いている黒いドレスの少女が自身で引くのをやめ弓を前に突き出すと空から星がゴキブリ男、世片に向かい打ち出される。男は左右上下と器用にステップを踏み避ける。着地を刈るように仁奈は足払いをする。

重そうなその見た目からは想像できない、軽く浮いたようなバク転で後ろに下がり背をかがめる。

仁奈は浮遊感をそのまま体現し体を預け空へ浮く。

右手を左肩の方に挙げると体の周りに鍵盤が現れ仁奈の周りを惑星軌道のように回りだす。


黒いドレスの少女はそれを見ながら心のなかでつぶやく。


(パッヘルベルのカノンは不安を解消する曲だ。)


仁奈は意図せず大きな声、気合の入った声で叫ぶ。

「よく分からないけどあなたは私の敵!ゴキブリで不快だし、死んで!!」


(人は基本的に悩み、そしてそれを解決する。その繰り返しを行う。今、仁奈は悩みを解決した段階にいる。悩みのない時、集中している時は素晴らしい演奏をする。)


仁奈は構えていた手を完璧な体重移動で相手の方に向ける。鍵盤は仁奈の目の前で円状に回り輝く粒を出しながらやがて線となり、無慈悲にも相手を灼き尽くす勢いで発射される。宛らビームのように。


ゴキブリ男は強く踏ん張っている4本の足を蹴り出し飛び、背中の羽を羽ばたかせる。強く、強い意志を持ち、声を張り上げ光線に突っ込む。


「うぉぉぉおお!!」


しかし徐々に手の先から痺れだす。どれだけ力を入れようとも手が勝手にピクピクと動く。どれだけ巨大な意思を持ち、対抗しようとも次第に脳の思考域すら麻痺していく。


(あぁ。俺はここで終わるのか。にしてもきれいな曲だな。俺の葬式で流れる曲がこれで…)


彼の耳に入ってきている音はいまだ変わらず流れ続けている、仁奈の内から発されているパッヘルベルのカノンの旋律だ。


「世片誠也。お前が最後に聞く音が蟲のモスキートでなくてよかったな。」


黒い少女は笑顔で、そして小さな声で呟く。

到底虫にかける言葉でもないが彼に対してかける言葉でもないだろう。



******


仁奈の初めての戦いは終わった。テリトリーを成していたものは花火の最後のように散っていく。

気づくとあれだけ暗かった空から雲は消え、音楽から表現されたものでもない、自然的な月明かりが周囲を照らしている。


「ふーむ!明るいな!きっと今日はスーパームーンだな!多分間違え、無い!」


空を見上げながら黒いドレスの少女は独り言のようなわたしにかけている言葉のような曖昧な言葉を発する


「さて、仁奈。お疲れ様。きっと色々聞きたいことがあると思うから何でも答えるわよ。質問ちょうだいな!」


聞きたいことはたくさん出てくる。わたしの最後のビームは何?あとゴキブリと人間の半分の怪物は何?あの外国みたいな風景になったのは何?なんか変身したのは何?このネックレスは何…


でも、最初に聞くべき質問はそこじゃないな。


私が一番最初に聞きたいのはそんなんじゃない。


「あの!お名前はなんですか!?」


黒いドレスを纏っていた少女は広角がキュッと上がり満点の笑みを振りまく。

目には喜びの光を宿し、はっきりと声を上げる。


新城にいじろよよだ!呼び捨てでいい。もちろん敬語もいらない!改めてよろしくね仁奈」



「うん。ありがとう。よろしくね!よよ!」


ハツラツという声の表現はこのために生まれたと言わんばかりの理想的な挨拶から「仁奈」と「よよ」の顔合わせは終わった。


そして仁奈は、よよと一緒に居たい、話したいと心の底から思う。

そう溢れ出す気持ちを考えていると、よよは話し出す。


「まぁ仁奈。たくさん聞きたいことはあるだろうけどまずは夕飯の話をしようか。私はお腹が空いた。何にすべきだと思う?」


反射的に「なんでもいいんじゃない?」と返そうとするが、いつも母からなんでもいいと言われてイラっとすることを思い出す。方向転換をしとりあえず当たり障りのない答えに落ち着く。


「nぁん〜〜〜ハンバーグ?」


「ん。わかった。ハンバーグだな。わたしはムニエル。とハンバーグにした。」


コテコテと画面を叩く音を鳴らし、メッセージを送信したようだ。

何にすべきだと思うと問いを投げかけたのに自身は別のものを指定する、薄々感じていたがよよの自由人な側面が見えつつある。


すっかり私は夕飯をご馳走になることが決定していて、いいのか戸惑う。

悩んでいても仕方ない。困ったことがあれば聞けばいいか。


「ご飯ご馳走になってもいいの?」


「もちろん。というか気を使わなくてもいい。きっと仁奈も今後何度も何度もくることになる。それに料理が好きな奴がいるんだ。むしろ食べてくれてありがとうと言われる。」


***


そんなこんな、時間的にも交通量が多く15分ほど車で揺られると広い家の前で止まる。

松の門に迎えられ砂利道のに浮いている石を渡り歩く。明るい光が漏れ出している玄関の引き戸を勢いよく開ける。


「無事連れてきた!お腹が空いた!」


姿見えない人たちに私を連れてきたことを大きな声で宣言する。

ほんのり香るバターと空腹に効く肉の焼ける音にで迎えられる。

仁奈は小さな声で緊張しつつ「お邪魔します。」と声をだし、丁寧に靴を揃え背を向けつつ引き戸を左手で締める。



白く反発のあるフローリングを進む。

家の外装とは違い中は現代の洋風な作りとなっている。

よよは緊張している仁奈の手を引きどかどかと進んでいく。


玄関と廊下を区切る扉を開け進む。廊下の左側のリビングを区切る扉を開ける。


オフィスカジュアルな服を着ていて、両手に料理を持つ、スラッとした女性が私とよよに対して声を掛ける。

「おかえりなさい。そしてはじめましてね。ちょうどご飯ができたわよ!」


手にスマホを持つ、黒いミドルボブヘアの少女はソファーから勢いよく立ち上がりテンション高くよよに話しかける。

「おかえりよよさん!怪我はないですか!?」


ローテーブルに向かって、いわゆる女の子座りをしている少女が甘い声で出迎える。

「おかえりなさ~い。」


よよは私の顔を再度見る。少し広角を上げ、明るい声で宣言するように語りかける。


「仁奈、彼女らが仁奈と同じ力を持つ仲間だ!これが“音装少女“達だ!」



*****


さて。これは一つ小さな盆栽セカイを救う少女達のイントロ部分だ。ここからAパート続く。

演奏を始めた少女の言葉。この少女の世界を救ったあとに出てきた言葉は少女から出てくるにはあまりにも強い。


「好きな曲は?と聞かれたら答えに困る。たくさんあるから。」

………

「美しい曲は?と聞かれたら私は即答できる。パッヘルベルのカノン。」

…………

「嫌いな音は?と聞かれたら…モスキートと答える。」


これは最初の戦いだ。小さいとはいえ世界を救うためにはまだまだ力、仲間、技術。何より時間がいる。

今後不安にかられることも数多あるだろう。躓くことも多々あるだろう。しかし彼女はそのたびにパッヘルベルの“カノン”を弾き乗り越えていく。 音羽



ユメツゲ:音装少女



ご拝読いただきありがとうございました。

何分初めてこのような形で小説を投稿するものですから、誤字脱字、不備等々無数にあると思います。

そんな中でも評価していただければ幸いです。

また、この作品は自身の別の創作活動の下地として作った作品ですので、曖昧な部分や変に描写が飛んでいたりしますが、そのところもお目溢しをいただけると幸いでございます。

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