山吹は咲く
王城の中庭には、王族を表す華王。そして、その王を支える貴族たちの象徴華と言われる植物が咲き誇っている。
王と配下の絆を示す庭と呼ばれ、ここを招かれる者は王……または国にとって大事な存在だと言外に伝えられていて、配下の貴族なら忠誠度を高め、友好国ならばなお親しくありたいと思わせうるほどの重要な場所であった。
季節によって咲く時期こそバラバラなのだが、それでも招かれた人々にとっては些細なこと。ここに案内された。それこそ最も重要なことなのだから。
だが、この城に住む者にとってはそんな重要な庭だとは判断していない存在。まだ国のあらましも庭の重要性も教わっていない子供が居たりする。おいおい、帝王学で学ぶのであるが、幼過ぎてそこまで至っていない子供はある日見慣れた庭を見て告げる。
「もっと派手な咲き方をするのにどうしてこんな地味な樹を重宝するのか?」
子供の視線には、一重の山吹があった。
「なんでお前が婚約者なんだ」
第二王子は会うたびに文句を言ってくる。
(またか)
ノーリア・ヤマブキはいつも通り聞き流して終わる時間を計算する。
この方はいつもこう。
「自分は王妃の息子なのに、なんで父上は自分を後継者として指名しないのか」
という文句から始まり。
「あんな側室の子供に王位継承権があるのがおかしいだろう。父上が母上を悲しませて外で作った子供なんかに……」
(それは、同盟国から嫁いできた王妃が陛下が好みの顔立ちじゃないからという理由で寝所に来るのを拒んだから側室様を迎えてやっと第一王子殿下が産まれたからでしょう)
同盟強化のための婚姻なのに何を考えているのかと重鎮の方々は王妃の行いに呆れたものだった。それでも、5年ほど待って、緩和しない関係にしびれを切らして側室様を迎え入れ、第一王子殿下が生まれた時は安堵したと父から聞かされている。
その時になって脳内お花畑だった王妃は自分の立場の危うさに気付いて、媚薬を使って陛下を押し倒して、第二王子を出産した。
出産したらもう役目は終わったとばかりに自分勝手に生きているとか。
「俺は王妃の子供だろう。なのにあんな奴がでかい顔をして自分こそが後継者だと言わんばかりに」
「………………」
王妃が遊んでいる……この馬鹿第二王子曰く悲しみを誤魔化しているので代わりに公務をしているのだがと心で思うが口にしない。
「しかも、あいつの婚約者は同盟国の美姫!! なのに俺の婚約者は地味なお前!! せめてお前の妹の誰かならいいのに。何で地味なお前なんだっ!!」
(地味と言われても……我が家は兄とわたくしは代々のヤマブキの家の顔立ちなのだが)
第二王子のご執心の妹――弟含むはみな、母親似だ。顔は母親似だが、皆ヤマブキの呪いに近い遺伝子を持っている。
王子の婚約者になる資格がない。
それを何度も、それこそわたくし以外も説明したはずだが、嘘だと思っているのか全く信じていない。
「地味なお前を見るのも飽きた。さっさと帰れ」
お茶会は唐突に終わる。勉強や公務ばかり押し付けられたので逃げる口実にわたくしを急に呼び出したのだろう。わたくしとの交流なら自由時間になるので。
「――承知しました」
ドレスではなく軍服。従者に預けていた剣を腰に下げて、その場を後にする。
やっと、苦行のような時間が終わった。
訓練場に居たら急に呼び出されて、着替える暇もなかったのを文句言われたのだが、火急の用事とか、今すぐに来いと言われたのでそのままの格好で来たのだ。
最近では、どうせさぼり口実だと分かっていたので着替える気もなかったのだが、この苦行が終われば訓練で八つ当たり気分で暴れるつもりなので、軍服でもいいだろうと判断したのだ。
「ノーリア嬢」
苦行から解放されて訓練場に戻る途中に声を掛けられる。
「スレイド殿下」
第一王子殿下に呼ばれて、すぐに礼を取る。
「そこまで畏まらなくてもいい。いつもすまない」
スレイド第一王子の傍には多くの側近。その中に兄も当然いる。
おそらく、王妃殿下のするはずの慰安に行き、そのまま自分の公務をなさるために執務室に移動する矢先だったのだろう。
王妃殿下が、側室様の方が王妃らしいと言われるからムキになって自分ですると言ったはずの公務だったのに、結局はこうなったかというのが皆の気持ちだ。
そろそろ静かにしてもらうために動き出しているが決定打が無いと動くことも出来ないジレンマ。
「いえ、婚約者なので当然です」
お気になさらずにと伝える。
「婚約者か……。あいつもこの婚約をどう思っているのか。いや、ヤマブキの女性を婚約者にする価値を知らないとはな……」
「………………」
「まあ、でも。父の最後の恩情だ。その意味を理解してくれればいいのだが」
「どうでしょうね……」
期待はできないとあえて伝えないでいたが、見透かされていると感じた。
「では、失礼します」
「ああ。――気を付けて」
去りながら、怒りがふつふつと湧き上がってくる。
遊びまわっている王妃の尻拭いをさせられている第一王子殿下を威張り散らしているなどとどこを見て言っているのか。それなのに、王妃が悲しんでいるなどと言う妄想をしているマザコン王子が。
今のところのらりくらりとして、何も対応できない王妃と第二王子。決定打が出るまで待つしかないというか。陛下が即決すれば簡単だが、王妃の母国との関係に軋轢を生むのを忌避しているのが現状だ。
「わたくしが蜘蛛の糸なのだが、気付いていないようですしね……」
もっと大きなコトをやらかしてくれた方が対応できると思われていると知った時のあの第二王子の反応も楽しそうであるのでそれを想像しながら、訓練用の人形を第二王子の顔だと思って殴りこむと、気分がいつもより爽快だった。
そんな風に第二王子のやらかしを待っている時期がありましたよ。ですが、まさか……。
「これが、王城の自慢の中庭なんですね」
「そうなんだ。シュリアーゼ姫。特別な者しか招き入れない庭です」
「確かに自慢の庭なのは分かりますけど……地味ですよね」
普段部外者は立ち入り禁止な中庭を勝手に第二王子が、第一王子の婚約者を招待したというのがすぐに連絡で回ってきた。
緊急事態なので、数人の護衛騎士が中庭に入ることを許可されて、その中にはわたくしも居た。
「アルシア殿下!!」
第二王子の名前を呼ぶと、邪魔者がと舌打ちをして振り向く第二王子と第一王子の婚約者。
「何勝手に……」
「ここは俺の住んでいるところだから構わないだろう。シュリアーゼ姫も興味あったそうだしな」
「そうよ。なのにスレイド殿下は『決まりなので』というだけで見せてくれないし……。回廊からしか見えない自慢の庭っておかしいでしょう。そこの下男がいるのに」
「彼らは庭の管理をしている庭師ですが……」
反論するが、お構いなしのようだ。
「と言うか、貴方がヤマブキ? この地味な樹そのものじゃない」
いろんな花々が咲き誇る中地味に見える山吹。
「山吹って、もっと華美でしょう」
なんでよりによってそんな地味な。
「さすが、シュリアーゼ姫。話が合いますね。こいつの妹たちは《華美》な山吹なんですけどね」
人を笑い話にして盛り上がるさまに、決定打だと誇りを傷付けられながらも判断する。
特別な存在にしか入ることを許されない中庭。
その貴族を象徴とする花の侮辱。
第一王子の婚約者を第二王子が一緒にいるという状況。
「俺が王になったら中庭の山吹を華美なものに変更させるか」
「それがいいですわ。側室の子である第一王子よりも妃殿下の一子である第二王子の方がわたくしの夫として相応しいですしね」
今から婚約者を変更させましょうとと騒ぐ第一王子の婚約者の対応は後回しにして、第二王子の元に近付く。
「なっ、何だ……」
まだ状況を理解していない様に完全に呆れつつ、持っていた剣を鞘を着けたまま第二王子の喉元に突き付ける。
「ひぃぃぃぃぃ!!」
「――残念です」
ああ、本当に残念だ。悲鳴をあげる第二王子を冷めた視線を向けながら声にのせる。
「殿下の首をわたくしが落とせないのは」
第二王子を近衛が捕獲する。もちろん、第一王子の婚約者も同罪だ。すでに許可が出ている。
「かの国に対する抗議の手紙はすでに出しているようです」
「王妃の時は交流を切れない関係だったので手を出せなかったのですが、今回はこちらが有利に話が進められそうです」
文官たちがすでに動いているし、教育不足だったではすまされない此度の騒ぎ。
何よりも山吹の花を侮辱すると言うことは、どういう意味か理解していない。
「蜘蛛の糸を断ち切られたとはね……」
哀れな方だ。第二王子も王妃も。
そして、それに巻き込まれた姫も哀れだが、華美な山吹とそうではない山吹の意味を知らなかった時点で王子妃になる資格はないと判断するしかない。
山吹は地味と言われる花は子孫を残せるが、華美と言われる花は子供が残せない植物と言われている。山吹の名をもつ我が家は代々軍部に所属している一族で、地味な顔立ちと華美な顔立ちという二極化が必ず起きる。
地味な顔立ちと言われる子供は代々多産化で多くの子孫を残すが、華美と言われる子供は子供が出来にくい……子供が出来ても死産ばかりでもはや呪われているのではと思われるほどであった。
数代前の当主が調べてもらったら遺伝的な病気かもしれないが、外に嫁。または婿に出した子供の子孫は同じようなことがないので、やはり呪いだろうと判断された。
ヤマブキは王族の代わりに血なまぐさいことを執行する立場なので、余計にそんな厄災も引き受けているのではないかと。
だが、ヤマブキの呪いの影響か外に出した子供をもらった家はますます栄える傾向があり、立場の悪い王妃の子供である第二王子の婚約者になったのは寝室を共にしなかったので完全に関係を諦めていた王妃が側室に子どもが出来たというだけで、媚薬を盛って無理やり陛下を襲ってできた結果の子供に対しての僅かな情。
それすら知らなかったのだ。
そして、第一王子の婚約者も王子妃に……そして、王妃になるつもりなら知らないといけない知識。
それがたまたまヤマブキだっただけで同じことをやらかすだろう。これでは。
王子の婚約。第一王子も第二王子もこんな醜聞であっという間に破棄されて、国交を悪くしたくない相手国は必死に頭を下げて、姫を回収して。
第二王子と王妃は病気療養という名目で、幽閉された。幽閉……いや、療養先で何か起きるようなら病気が悪化して儚くなってもらうのは暗黙の了解である。
「ノーリア嬢。お疲れさま」
「スレイド殿下」
いつも通り軍服に身を包んで、訓練をしていたら以前よりも目の下のクマが消えたスレイド殿下の姿。
すぐさま跪くと、
「ああ。楽にしてくれ」
と立つように告げられる。
「此度の任務お疲れさま」
「いえ……」
第二王子が心を入れ替えれば何もなかった任務。特に苦労もなかったと思うが、スレイド殿下は首を横に振り、
「妹さんたちが大変だったでしょう」
「あっ、そうですね……」
馬鹿王子にわたくしは勿体ない。自分が行くと立候補していた妹たち。子供が出来にくい体質なためにそれを受け入れてくれる相手と結婚するか、いっそそれを逆手にとって暗部に所属してハニトラ要員になるのが決まっている妹たちは、自分たちの立場を哀れんだりしない。
そういうものだと受け入れている。
「馬鹿王子には華美なだけで子供が出来ないみじめさを味わわせた方がいいとまで言っていましたけど、子供のできない理由は明らかにこちらにありますし」
そんな立場に置けるわけない。
「ヤマブキの子供は望まれているのにそれを知らないあいつにも困ったようだ。――ところで」
スレイド殿下は微笑んでいるが、何か迫ってくるような威圧感を出して。
「俺の婚約が白紙になったから次の相手を探しているのだが……」
匂わされる発言。
「あ、あー………」
ありえるだろう。わたくしの婚約も白紙になったし、ヤマブキの娘は王家に嫁いでいない。
「そろそろ恩恵も欲しいし、それだけではない理由もあるしね」
「……………考えておきます」
などと言いつつもすでに話を求められているのだろうと何となく察した。
まあ、嫌ではないが。
山吹の花って綺麗ですよね。でも、子孫が残せないと聞いていたので。




