第一話:転生、そして「騎士爵」の現実
「──え、ちょマジで!? 私、今……どこよ、これ!?」
さっきまで、普通の教室で居眠りしていたはずなのに。目覚めた瞬間、床の冷たさと天井の異様な高さに思考が停止した。頭上では巨大なシャンデリアが眩い光を放ち、壁のタペストリーは金糸銀糸で織り上げられている。この空間に満ちる香水の匂いまでが、重苦しく、そして甘すぎる。
(うそ、マジかー、やばいって!このゴージャスさ、完全に中世ヨーロッパファンタジーじゃん!私、乙女ゲームの世界に転生しちゃったの!?)
前世で遊び尽くしたゲームの記憶が、頭の中で警報のように鳴り響く。私のこの体は、どうやらルミア・ヴァレンティナ・アルメリア。父親一代の功績で爵位を得た「一代限りの騎士爵」だ。つまり、最下級の貴族。今日が、その騎士爵の宮廷デビュー戦。
騎士爵なんて、周りから見れば『まがい物』
ここで失敗したら、爵位どころか、家族の生活まで立ち行かなくなる。
(よし、落ち着け私!)
深呼吸して、社交界デビューにふさわしい、優雅な笑みを顔に貼り付ける。周りの貴族たちは、私の簡素なドレスとは対照的に、皆が豪華絢爛な衣装を纏っている。彼らの視線は私を値踏みし、この宮廷がどれほど厳格な階級社会であるかを突きつけてくる。
『衝突:最下級の失態と、男爵の冷酷な糾弾』
(うわ…なんだこれ! タイトルかな…?)
私は周囲の仕草や会話を必死で観察し、暗黙のルールを思い出そうとしていた、その時。背中に氷を押し付けられたような、冷酷で研ぎ澄まされた声が飛んできた。
「そこの、アルメリア騎士爵。貴様は自らの立場を理解しているのか?」
反射的に振り向くと、そこに立っていたのはアドリアン・フォン・シュタイン男爵。格式を重んじる旧貴族の代表格だ。彼の瞳は、私を一瞬で凍てつかせる。
(うわ!アドリアン様!いきなり死亡フラグじゃないの!?)
ゲーム序盤の最大の障壁。
好感度ゼロのツンツンキャラだ。
(最悪のタイミングで、エンカウントかょ!)
私は咄嗟に完璧なカーテシーを捧げる。体が勝手に動いたのは前世の知識のおかげだ。
「シュタイン男爵閣下、これは失礼いたしました。どのようなご用件でしょうか?」
彼は表情ひとつ変えず、隣に立つ女性を指差した。
「貴様は先ほど、シュタイン家の分家である彼女に対し、貴様から声をかけることなく、挨拶を待たせた。一代限りの騎士風情が、格式ある男爵家の人間に無礼を働くとは、どのような了見か?」
血の気が引いた。
(あ、あああああ……完全に作法アウトだわ、コレ!)
周囲の貴族たちから、獲物を見つけたかのような嘲笑が漏れる。
(ヤバいなァ)
言い訳厳禁のイベントだ。下手したら騎士爵の地位剥奪の可能性だって……。
どうすればいいの!?
私が震えていると、アドリアン様はさらに追い打ちをかけた。彼の言葉は、貴族社会の重圧そのものだった。
「『立場確立』が目的だと聞くが、貴様のような軽薄な成り上がり者に、この宮廷の秩序を乱す権利はない。おとなしく隅で身を潜めていればよかったものを、不様に動くな」
『救済:公爵の庇護と、爆上がりする好感度』
(また出てきた…)
屈辱と絶望に打ちのめされ、謝罪の言葉を絞り出そうとした、その刹那──場を支配するような、低くも力強い声が二人の間に割って入った。
「アドリアン男爵。その件は私の落ち度だ。ルミア嬢に誤った指示を与えてしまったのは、私だ」
全員の視線が、声の主──セリオン・ド・ラフォルジュ公爵に集まる。王族に次ぐ権威を持つ彼の存在感は、宮廷の凍りついた空気を一瞬で変えた。
(セリオン公爵様……)
まさかここで『王道ヒーローの庇護イベント』が発動するなんて。しかも私のためになんて嘘を!
(ヤバい、好感度が垂直上昇よ!)
セリオン公爵は優雅に私の腕を取り、その場から引き寄せながら、アドリアン様に静かに告げた。その言葉は、反論を許さない絶対的なものだった。
「アルメリア嬢はまだこの宮廷に慣れていない。私が改めて指導しよう。騎士爵の無作法を咎めるのは、彼女の教育係である私の役割だ。下がってくれて構わない」
アドリアン様は公爵の威圧感に気圧され、「…ご忠告、痛み入ります」と、悔しそうにその場を去った。
セリオン様は、優しく、しかし真摯な眼差しで私を見下ろした。
「気にする必要はない。君の真面目な努力は、私がよく知っている」
私は涙をこらえ、全身で感謝を伝えた。彼の庇護は、私の命綱そのものだった。
(ああ、セリオン様の包容力、反則級!彼は間違いなく正ルートの絶対的ヒーローだわ!)
でも、私のような最下級の騎士爵を庇ったことで、彼の評判を落としちゃったかも…という考えが頭をよぎる。
(恋愛フラグは爆上がりだけど、立場確立のためには、彼の優しさに甘えすぎちゃダメだだよね!)
『結び:最下級騎士爵の決意』
セリオン様に守られ、一時は安堵した私だったが、遠ざかるアドリアン様の背中が、再び冷たい一言を投げかける。
「アルメリア騎士爵。次は、私に口実を与えるような失態は犯さないように」
それは単なる嫌味ではない。「騎士爵」の不安定な立場に対する、旧貴族からの宣戦布告だ。
私は小さく拳を握りしめた。
(うん、アドリアン様!これが騎士爵の現実なんだね!って宣戦布告かよ!)
私は深く深呼吸し、華やかな大広間に再び向き合った。転生者ルミアの命懸けの宮廷奮闘記は、最下級の騎士爵として、今、この日から始まったのだった。
(とか自分で言ってみる)




