4.放課後の駄菓子屋倉庫で見かける美少女
「貴俊く~ん。今日もお邪魔してい~い?」
来たいときにくればいい。などと言った俺のせいで、鈴菜がしょっちゅう事務室に眠りにくることが増えた。
「自分の家で寝るのがいいと思いますがね。疲れないし」
「え~? だってお菓子の匂いを感じながら眠れるんだよぉ~? そんなところ、貴俊くんがいるところ以外ないんだよ~」
「そうですか。それならどうぞ――と言いたいところですが、今日は俺バイトです」
「あっ、倉庫の~?」
駄菓子屋倉庫の支店を使って寝泊まりをして通学が楽――の代わりに、倉庫の品出しバイトをするという条件が密かにあり、平日の放課後に限り短時間ながらバイトをしなければいけない。
その条件を出したのはもちろん親である。自宅がある本店ではその必要がないのに、支店ではそう甘くなかったわけだ。
「う~~……じゃあ、今日は我慢する~」
「バイト時間終わるの早いけど?」
いつもは事務室に従業員がいようがお構いなしにちょこんと座ってお茶をすすって、マスコットキャラみたいな扱いをされながら店にいたりする鈴菜だが、あっさり諦めるなんて珍しいこともあるものだ。
「保健室でたくさん寝れたし~」
あぁ、それもそうか。
「じゃあ、今日は無しということでいいんですね?」
「む~~~! また敬語~!」
「そのうち直しますから怒らないで」
「……そのうちっていつだ~~!」
今まで俺が使う敬語を気にしたことが無かった鈴菜だったのに、保健室抱っこから変なスイッチでも入ったのか、妙に気にするようになった。
音川がいらないことを言ってその気になったかもしれないが、今はあまり気にしないでおく。
教室にしぶとく残っていた木下たちと別れ、支店に向かう。
「お疲れ様です」
「はい、よろしく」
俺の母は、父を亡くしてからも一人でやり繰りして会社を大きくしていったやり手の経営者だ。
ほとんど支店で寝泊まりしている俺の様子を見にくることは滅多にないが、時々顔を見せに来る時があってその時は息子の様子を見に来るのではなく、経営者目線で来る場合が多い。
俺に声をかけるよりも従業員にしか声をかけないので、俺がバイトしていても気にしないくらいの放任主義だ。
「黒山くん。いま社長が来てるよ」
「あ、そうなんですか?」
「挨拶しなくていいの?」
「いや、今はただの品出しバイトなんで。用があったら向こうから話しかけてくるんじゃないですかね」
品出しをしている時は母ではなく社長なので、俺から声をかけることはなるべく避けるようにしている。
「お疲れ、貴俊」
「お疲れ様です」
そんな母だったが、この日に限って珍しく声をかけてきた。出来れば放っておいて欲しいんだが。
「もうすぐ終わりでしょ? 終わったら事務室で待機してて」
「分かりました」
支店の事務室は半分俺の部屋のようにしているが、それはあくまで事務室の空きスペースによるもの。借りて使っているに過ぎず、そこに鈴菜が眠りに来たり木下たちが遊びに来たりするのはそろそろヤバいのかなと思っていた。
もしかしてそのことを言われるのかと正座をして身構えていたが。
「何で正座? 椅子使えば?」
「……そうする」
母さんは特に何も言ってこない。
「あのさ、あんた鈴菜ちゃんとどうなってるの?」
「……はい?」
「幼馴染の鈴菜ちゃん。ここに寝かせてるんでしょ? それってつまり……」
「寝かせてるだけだけど?」
「…………付き合ってないのに?」
そう言われると何も言えなくなる。恋だとか何だとか気にしないで甘やかしていただけだからな。
鈴菜も俺に甘えにきてるだけだろうし。
「それが何か?」
「まぁいいけど。この事務室じゃ狭いでしょ?」
おっ?
もしかして支店でも俺の部屋を新たに作ってくれる話か?
「ついに俺の部屋が?」
「全然違う。ん~まぁ、そうでもない? でもどうなるか分かんないし……」
俺の質問を真っ先に否定したくせに、母さんは何やら自問自答しながら何度も首を傾げている。
「とりあえず、鈴菜ちゃんが事務室に眠りにこられるのもあと三か月……夏まであるかないかくらいだから、伝えておいて」
「俺の部屋じゃないかもしれないけど、部屋を作るからか?」
「そんなところ」
そういや、倉庫の使われてないスペースで作業員が出入りして何かをやろうとしている光景があったが、それなのか。
「それと、あんたがシフトに入る時に同い年くらいの子が入るから、優しくしてあげてね」
「新しい高校生バイト?」
「そう。もう閉店間際だけどその子が見学に来てるから、見に行ってみたら?」
……いやに落ち着かない感じに思えたが、なるほど。新しいバイトの子を雇ったのか。そうじゃなきゃ店に来てないだろうしな。
「じゃ、ちょっと様子を見てくる」
「気づかれたら声をかけるのを忘れないように!」
そんなこっそり近づくヘマはしないだろ。
――そう思っていたのに、積み上がったお菓子の段ボール箱の隙間から見えたその子は、とんでもない美少女で思わず動くことも忘れて見つめてしまった。
鈴菜と違うタイプだけど、目を奪われるくらい綺麗な子だと思った。鈴菜じゃないけど、その子に前に立ったらそれだけで脱力させられそうなくらいのレベルの。
きめ細かな褐色の肌に少し茶色がかった長い髪、目力がありそうな大きな目、それに色付きのリップクリームのせいなのか、薄桃色の唇なんか見てるとまさに魅力の塊のような子に見える。
しかしやってることが完全に犯罪のソレなので、俺は堂々と段ボール箱通路に出て何気なく菓子を物色することに。
「そこの覗き魔おに~さん。これはどういう味がするの?」
うわああああ、バレてたし話しかけられてしまったじゃないか!
甘く澄み透った高めの声をしているのに、そんな声の主からお兄さんとかヤバすぎるだろ。
だがここは冷静に説明をしなければ。
「そのガムはミントの味ですね」
「ふぅん。つまんない味だね。面白そうな味はないの?」
へ?
ガムの味に文句を言うとか、かなりの菓子通か?
「さ、探しておきます」
「うん。そうしといて。じゃあまたね、おに~さん」
クスッと笑いながら何も買わずに店を出て行った美少女は、俺をからかったかのようにそのままいなくなった。
もしやどこかのスパイか?
いや、母さんが言う新しいバイトの子があの子だとすれば、きちんと知識を身に着けとかないと母さんに怒られるやつだ――と思い知るしかなかった。