36.鈴菜さん、思いつく限り甘えさせる 1
「貴俊。何が欲しい?」
鈴菜の誕生日がもうすぐだなと気づき始めたこの日の休み時間。女子たちの囲みを抜けて俺の前にやってきたかと思えば、鈴菜は俺の机にもたれかかりながら俺を見てくる。
行動力だけみればイケメンっぷりは健在だ。フルシカトしてた時と比べて以前の鈴菜らしさが戻ってきた気さえ感じられる。
だが、女子たちはもちろん男子も注目する教室で堂々と俺に顔を近づけてくるのはあまりに大胆過ぎるというか、強引というか。
現に前の席の木下はもちろん、近くの河神すらも驚きのあまり口を開けたまま唖然としている。
――というか、俺の欲しいものを訊いてくるなんて、普通逆なのでは?
俺が鈴菜に欲しいものを訊くのが正しいのであって、鈴菜が俺に欲しいものを訊くとか、以前のようなすっとぼけな鈴菜が発動してしまっているんじゃないよな。
「何が……って、それは物品的な意味で?」
「それだけじゃないよ」
「単品じゃなくてたっぷり貰えたり?」
「欲張りさんだなぁ。でも貴俊だもんね、仕方ないかな」
どういう意味で言ってるか分からないものの、鈴菜の態度は俺を見下しているというより、どこか幼い子を見るような保護者的な感じを受ける。
これってつまり、俺の甘え設定が鈴菜の中ではずっと残ってるし信じてるって意味だよな?
今さら実は嘘とか冗談とか言えない空気だし、このまま甘えたい男子でいくほうが変な誤解と争いが起きないだろうし、黙っておくのがいいのかもしれない。
「う、うん」
「そっか。でも、ごめんね。今はまだ無理なんだ。だって、みんながわたしたちを見てるからね。ここでは叶えられないんだ。……待てるよね?」
教室でみんなが見てるから出来ないとか、一体何を俺にあげようとしていたのか。
「放課後とか、家に帰ってからって意味なら余裕で待てるけど」
「だよね。いい子いい子」
言いながら鈴菜は不意打ちのごとく俺の頭を撫でてくる。
「――いやっ、子ども扱いするなって!」
それほど強い力は出さずに鈴菜の手を払いのけた。俺の反射的に抵抗した動きに鈴菜は一瞬だけ目を丸くするも、口元に手を押さえながら。
「あはは。恥ずかしいんだ?」
……などと、いたずらっぽく笑ってみせた。
なんか、俺だけ恥をかいてるような気がしてきた。教室の空気も生暖かい目で俺を見ているし、周りは完全に鈴菜の方が上だと認めているようだ。
「……昼休み、ご飯食べる時に話の続きを希望する」
「いいよ。それまでいい子にしてることだね」
「分かってる」
「じゃ、戻るよ」
くっ。鈴菜に下手な嘘を言ったばかりにこんなことになるなんて。それも、よりにもよって教室で言うことないのに。
何で鈴菜は俺にあんな――
「――浅木さんって、やっぱり完全に変わってしまったんだね」
鈴菜が自分の席に戻っていったところで、ようやく河神が俺に声をかけてきた。木下は他の奴や音川とひそひそ話をしていて俺を気にしてもいない。
「そうか? 早太から見てどう変わって見える?」
「以前は眠ってばかりの女子で貴俊以外の人と関わりを持たないって感じだったけど、今は取り巻きの女子とも仲良くしてるみたいだし、積極的になった気がするよ」
「積極的? でも、お前もだけど男子には話しかけてないぞ」
女子たちがイケメンと化した鈴菜を囲っているというのもあるが、鈴菜から俺以外の男子に話しかけてるところは今のところ見かけてないんだよな。
俺が見てない、もしくは知らないだけかもしれないけど。
「他の男子相手にはそうだけど、貴俊にはって意味だよ」
「何だよそれ。俺相手だけって意味なら全然積極的になってないと思うが?」
「それは貴俊が気づいてないだけで、周りから見たら何となく気づいてる。明らかに浅木さんから貴俊に近づいてるし」
河神が言ってることは分からなくもないが、あいつは積極性をはき違えてる。何であえて注目を浴びようとしてるのか理解出来ない。
河神が言ってたことを少しだけ気にしたまま昼休みに突入した。鈴菜が居眠り女子の頃と違い、音川は他の女子たちと飯を食べるようになった関係で、今では完全にぼっち飯――のはずが。
「貴俊。学食行くよ。ついておいで。それとも、手を繋いだほうがいい?」
「自分で行けるっての!」
「先に席確保しておくから、寄り道しないでおいで。わたしの代わりに彼女たちが貴俊を誘導してくれるから」
「……あ~」
何か完全にお子ちゃま扱いなんだが?
「……ったく」
優しさを全面に見せてるのとは違い、鈴菜のあの態度はどう見ても過保護すぎるとしか思えなかった。
まさかと思うが、あれが鈴菜にとっての甘えさせ方なんだろうか?
そうだとすればせめて学園の中ではやめてほしいんだが、さっきの態度を見てる限り、アレが鈴菜にとっての甘えさせ方なんだろうなと思うしかなく。
「黒山君。アサくんが待ってるから、ついてきなよ」
「そうそう。いい子なんでしょ? 黒山君は」
「あ~はい」
鈴菜の取り巻きの女子たちに両脇を固められながら、俺は鈴菜が待つ学食へと向かった。




