婚約破棄は優しく重く
「バーバラ! 貴様とは今日で婚約破棄だ!」
王立学園の卒業パーティーで、ギリアム王子がメロディを腕に絡ませて私に言い放った。
「重力魔法しか使えないお前と違って、メロディは歌と風魔法で植物を育て、この国を豊かに、国民に笑顔を与えてくれるだろう!」
いや、重力魔法ってかなりお役立ちなんですけどね? メロディが何トンの小麦を作っても、私が重力魔法で軽くすれば輸送が簡単になりますよ?
「そんなお前とは婚約破棄だ!」
うーん、かなり無理がありますね。ま、婚約破棄しないと話が終わらないものね。
ここは、私が小学生の時に大人気でアニメ化もされた少女漫画の『笑って! メロディ』の世界。
私、みなしごのメロディ! 一人ぼっちだけど明るいメロディは老若男女の人たちと仲良しよ。でも、ちょっぴり寂しい時は歌をうたうの。ある日、歌をうたっていたら花壇の花が咲いたわ。それを見てた気難しいお爺さんと思ってた人が「風魔法でその歌を広めれば、国中の作物の収穫が増えるのでは」と思い付いたの。実はお爺さんは大金持ちの貴族なんですって。その人のもとで風魔法を修業して、メロディは王立学園の奨学生になったの。学園で出会った優しいギリアム王子や不良の侯爵令息や魔法オタクの伯爵令息などに愛されちゃって悪役令嬢バーバラに虐められるけど、メロディ、がんばる!、という話。
卒業パーティーでギリアム王子とメロディはバーバラを断罪して、ラストシーンは二人の結婚式。
誰かが朝コンビニで買って来た最終回の載った雑誌は、小学校中で回し読みされたなぁ。
そう、この漫画にハマっていたのは私が小・学・生!の時。
あの頃は大人に思えてうっとりしたギリアム王子だけど、前世で65歳まで生きた記憶のある今の私にはすっかり年下。
婚約が決まっての顔合わせでは
「息子や孫にもこんな可愛い頃があったなぁ」
と、ババ目線になってしまったわ。
「僕は、バーバラの笑顔を守る騎士になるよ」
「この国の花は君だよ。そんな君には敵わないが、このバラを」
「バーバラの笑顔は国中の雪を溶かしそうだ」
ギリアム王子の繰り出すキザで甘いセリフを聞くたび
「こんなのが好きだったのね小学生の私は!」
と、ときめくどころか黒歴史の再現に内心ジタバタしていた。
まったく、何でよりによってこの世界が選ばれたんだ。
死ぬ時の走馬灯がグルグルしてる時、神様がダーツでも投げて決めたんだろうか?
「私は、全ての国民を笑顔にしたい」
なんて、胡散臭い政治家のスローガンみたいな事を真面目にキラキラという王子様。
メロディのように、同じくキラキラと
「私にもお手伝いさせてください!」
なんて事は私には恥ずかしくて言えない。
なんつーか、青臭くて薄っぺらい世間知らずな王子様にしか見えないのよね……。
「貧民街で炊き出しをしよう!」と言い出して、出来上がったシチューをメロディと一緒に貧民に手渡ししただけでやり切った感を出すなっての。
予算をひねり出すのに頭を抱えている担当者に、昨年以前にギリアム王子から頂いたドレスを何着も持ち込んで
「サイズアウトしたので国庫にお返しします!」
と進呈し、購入した大量の食材を重力魔法で軽くして貧民街まで運び、前世の主婦スキルで裏方で野菜を刻みまくり、沢山の野菜を洗った下女たちにハンドクリームを配りまくった私の方が評価が高くなるのは仕方ないと思うのよ。
「なぜ私に言わずにやった!」
と言われても、「こうやったら?」って言ったら言ったで
「私に指図するな!」
って言うでしょ。
こんな感じで、私たちの仲は決して良いものではなかった。
なので、メロディを好きになるのは当たり前、むしろ好きになってさっさと婚約破棄してくれと思っていたのよ。
……でも、礼儀というものがあると思うの。
「婚約者がいるのにメロディを好きになりました。ごめんなさい」
を言うべきでしょう?
だって私、『笑って! メロディ』のバーバラとは違って、悪い事をなんにもやってないもの!
ギリアム王子の婚約破棄宣言に静まり返るパーティー会場。
私は笑顔で「承りました」と答える。
王子も皆も緊張が解けたところで
「最後に、ギリアム様の幸せを祈って祝福を与えたいのですがお許しいただけますでしょうか」
と、しおらしく言ったら当然許してくれた。
私は、ギリアム王子の右手を両手で包み、祝福の言葉をつぶやく。
王子の右手が少し明るく光って、消えた。
私はギリアム王子から離れ、深く礼をして
「どうぞお幸せに。私はこれで失礼いたします」
と潔く辞去の挨拶をして去ろうとすると
「バーバラ……」
と、王子が一歩踏み出した。
ピコッ
王子が踏み出す分、私は後退する。
ピコ ピコ ピコ ピコッ
誰かが吹き出した。
「バーバラ! この音は何だ! 私に何をした!」
「重力魔法で、ギリアム様が歩くたびに空気圧で足音がピコピコ言う祝福を与えました。国民を笑顔にしたいギリアム様にはお喜びいただけるかと」
前世の青い猫型ロボットは、空気圧で足音がするのだとか。それを改良してピコピコサンダルの音にしてみました。この程度で許すだなんて、私って優しい。
「そうだ……お前はそういう奴だった。すぐに解呪しろ」
「呪いじゃ無いので解呪なんて出来ませんわ」
にっこりと笑って言ったあと、
「グダグダ言うと婚約破棄も無かった事にしますわよ。この浮気野郎」
と、コソッと言った。
私の怒りに気づいて、言葉に詰まるのがまだまだ青いですわねギリアム王子。
私はそのまま会場を去った。
ピコピコとリズムを取ってダンスを踊るギリアム王子とメロディの笑いに溢れた結婚式のニュースが伝わってきたのは、私が領地の開墾チームで大きな岩や枯れた木を重力魔法で取り除くのに慣れた頃だった。
ちなみに王子は、笑いをとってはいけない式典などでは護衛騎士に抱かれて入場するので、一部の女性から歓声が上がるらしい。前世の娘みたいな腐った民がこの世界にもいるようだ。
私はと言えば、王子の婚約者だった頃の上品さも悪役令嬢だった頃の妖艶さもすっかり失って、田舎娘と化した。
開墾した所に畑を作ったり、どかした岩を埋めて道を作ったり、枯れ木でキャンプファイヤーして私が教えたマイムマイムを皆で踊ったりして楽しく過ごしている。
そんな私を、視察に来た『笑って! メロディ』の元不良の侯爵令息が
「お前っ! 本当にあのバーバラか!?」
と失礼な事を言ってなぜかアプローチするようになるのは、もう少し先の話。