三傑魔ザヴィ
「ザビィ、入ってきたまえ」
セドリックが部屋の外に呼びかけると一人の少女が現れた。虚ろな眼、灰色の肌、そして溢れんばかりの魔力。
「この娘はゲイブランド魔人国、三傑魔がザビィです」
伯爵の言葉に俺は息をのむ。なぜ三傑魔がモンクレール家の屋敷に堂々と侵入している? しかも、周りの従者たちは誰一人として動揺していない。まるで、最初からこうなることが決まっていたかのように。
「おいおい、領地内で魔人を匿うのは重罪のはず。何を考えているんだ」
「ダイスケ殿下、貴方のスキルを見せてくれなければ、こちらも手荒な手段を選ぶしかありません。私はあなたの異世界スキルが本物なのか、確かめたいだけなのですよ」
その言葉は明確な脅迫だった。俺のスキルを見たいがために魔人を連れてまで脅しているのだ。
「わかった、キッチンを貸してくれ」
諦めてそう言うと、俺とイリスは屋敷のキッチンに案内された。部屋の外ではセドリックの兵士たちが目を光らせている。逃げ出せば即座に拘束されるだろう。
「魔人でダイスケ様を脅すなんて……。セドリック卿は気が狂っていますよ!」
イリスは先ほどの魔人との対面に完全に取り乱していた。
「ここは大人しくスキルを見せてさっさと帰ろう」
俺は【業務用スーパー】を開いて、食べ物を吟味した。なるべくこんなところから早く離れたかったので、手早く調理できる手間のかからない料理を選んだ。
◇
「本当に異世界から食べ物を調達できるのですね」
商品を温め皿に盛って二人の前に差し出すと、セドリックは驚きの声を上げた。
【業務用スーパー】から取り寄せたのは「やわらか煮豚」。その名の通り濃厚な味付けの煮豚が、調理済みでパッケージされている商品だ。
この世界の人間は味の濃い肉料理を出しておけば満足する傾向にある。だからこの伯爵もこの商品で満足するはずだ。
これでなんとか穏便に帰してくれないだろうか。そう願っているとセドリックは一口を食べて目を丸くした。
「美味い、美味すぎる!これは外国からの輸入品でもなかなか無い味だ!」
しかし、セドリックの隣にいるザヴィはその様子にちっとも反応せず、じっと料理を見ていた。そして、ぼそりと呟く。
「これ……、【魔物浄化】と【身体強化】の付加スキルが入ってるな。こういうスキルの匂い、俺たちにははっきり感じ取れる。そいつが食材に残ってる以上、俺の体じゃ受けつけねぇ」
付加スキル?何のことだろう?
「当たり、というわけですか」
セドリックが低く呟いた瞬間、扉が乱暴に開かれ、兵士たちが一斉に雪崩れ込んできた。誰も言葉を発することはなく空気が張り詰めた。イリスは素早くダガーを抜き、俺の前に立った。
「これはどういうつもりだ、セドリック」
「貴方には、これからこの街のさらなる発展のために働いてもらおうと考えております。その奇特なスキルで料理を生産すれば、今よりさらに儲かるでしょう。お連れ様は口封じのために死んでもらいますが」
イリスは緊迫した表情で戦闘態勢に入るが、流石にこの数の兵士を全て相手にすることはできないだろう。
「おい、殺しはするなと命じられているはずだぞ。勝手な真似はするな」
三傑魔のレビィは、この状況になぜか慌てたように口を挟む。
「うるさい、魔人風情が。ダイスケの力があればもっとこの街は潤う。この力を私だけのものにするチャンスなんだ」
「ちっ、所詮はセデリアの貴族か。くだらねぇ。俺は抜けるぜ」
ザヴィはそう吐き捨てると、立ち上がって部屋を後にした。三傑魔が去り、束の間の沈黙。
厄介そうなゲイブランドの魔人は去ったが、状況は依然として悪い。部屋にいる十人ほどの兵士は徐々に距離を詰めてくる。
俺は念のため持ってきた剣を抜いて構えた。実戦経験はほとんどないが、威圧程度にはなるだろう。兵士がじわじわと迫り、斬り合いの気配が濃くなる──その瞬間。
「なんだか楽しそうだね。僕たちも混ぜて欲しいんだけど」
部屋の扉から場違いな、のんびりとした声が聞こえた。そこにいたのは騎士と魔術師。クラリスとドロシーだった。
「お前ら、何でここに?」
俺の驚きに二人は得意そうな顔をする。
「女王陛下が心配して僕たちを派遣してくれたんだ。この状況、予想通りってわけ」
「おい、ダイスケ。どうでもいいが終わったら肉を食べさせてくれ。最近あの料理を食べていないから力が出ないんだ」
ドロシーが説明をして、クラリスが場違いな話をする。緊張が一瞬緩む。
「なんでも食べさせてやるから、こいつらをどうにかしてくれ!」
俺が言ったそばからクラリスは兵士に斬りかかり、ドロシーが呪文を詠唱する。
「風切り龍の通り道!」
杖から出てきた小さな空気の流れ。それは徐々に大きくなり、屋敷の壁や天井を軋めた。やがてそれは竜巻になり、生きているかのように暴れまわり兵士たちを空中へ吹き飛ばした。
風が止むと屋敷には大きな風穴が開き、澄み切った空が見えていた。残った兵士たちはその圧倒的な魔術を前に、戦意を喪失して降伏した。
「むぅ、もっと斬りたかったのだが」
クラリスは兵士を二、三人斬っていたが、そこで手を止め剣を鞘に収める。
ドロシーとクラリスの二人は王都騎士団とこの屋敷に来ていたみたいで、屋敷の外は騎士たちが囲んでいる。セドリックは逃げようとしたみたいだが捕縛されていた。
「なんでこんなところに"赫焔"と"無窮"が来るんだよ!あの異世界人のおっさんは何者なんだ!」
セドリックの叫びが空しく響く。その気持ちは分かるが、相手が悪かったな。
その後、三傑魔のザヴィを皆で探したが、どこにも姿はなかった。咄嗟に魔術でも使って逃げたのかもしれない。ともかく事態は収まったようでなによりだ。
◇
みんなで王都へと帰る道すがら、ドロシーがふとつぶやいた。
「最初から僕たちに声をかければ、こんなことにはならなかったのに」
クラリスもそれに言葉を重ねた。
「そうだ、もっと私たちを頼れ。それにダイスケはお人好しすぎるのだ。頼まれたら断れない、その性格は直した方がいいぞ」
性格の件に関してはその通りだ。こういう性格だからこの世界でずっと厄介事に巻き込まれるだろうな。返事に困っているとイリスが助け舟を出した。
「お人好しなところもダイスケ様の良いところですよ。特に私たちはそのお人好しなところに何度も助けられています」
俺はただ、腹が減ってる奴らに飯を食わせてるだけだ。こいつらのことを救ったつもりはない。しかし、イリスの言葉は二人にとって説得力があったようだ。
クラリスは「確かに」と呟き、ドロシーも「そうかもね」と続き、二人とも静かになった。文句を言ったりしおらしくなったり、忙しい三人娘だ。
「お前ら、これ以上言うと飯食わせてやらないからな」
「それは困る!私はダイスケの料理がないと力が出ないんだ!」
俺の冗談にクラリスは慌て、その顔を見て思わず笑う。でも「力が出ない」という言葉もあながち間違ってはいないのかもしれない。
あの三傑魔のレヴィが言っていた、料理に宿る“付加スキル”の話。あの時は緊迫した状況だったから詳しく聞けなかったが、もし本当だとしたらクラリスの言うように何か料理に秘密があるのかもしれない。
なんだか気になるし、王都に戻ったら教会でスキルの再鑑定を受けてみるか。
――そして、王都の教会で再びスキル鑑定を受けたとき、思いがけない事実が判明した。