セデリア王国への不満
「南部のセドリック侯爵が王国に不満を持っているようです。お手数ですが対応してもらえませんか?」
ベルトランが新たな揉め事を持ち込んできたとき、俺はコックやメイドたちと一緒に王宮の厨房で料理を楽しんでいた。最近パンケーキを作ることに熱中しており、皆と試行錯誤していたところだった。
ふわふわのパンケーキを食べながら憂鬱な気持ちになる。やれやれ、やっとのんびりする時間が出来たと思ってたのにまた揉め事か。
聞くところによると南の領地を管理するセドリック・モンクレール侯爵がナーシャに物申したいそうだ。
モンクレール領と言えばセデリア王国南部の港湾都市が存在する地域で、貿易で栄えていると聞いていた。
うーん、正直気乗りしない。そもそも、どこの誰だか知らん貴族のためになぜ俺がわざわざ対応しないといけないのか。
そういった政治系の込み入った話は、ナーシャやベルトランが解決すればいいじゃないか。部外者の俺にはこの国の政治や貴族のいざこざなど知りようもないし、力にはなれそうもない。
「しかし、面倒なことに、セドリック侯爵はどうしてもダイスケ様と直接会うことを望んでいるとのことです」
ベルトランによるとその侯爵は新しいもの好きだそうだ。俺が異世界から来たことを知り、色々と話を聞きたいのだという。
「お願いします!ダイスケ様!」
ベルトランは厨房の地面に額をこすりつけた。おいおいなんだこいつ。いきなり土下座し始めたぞ。
「お、おい。落ち着け。考えてやるから。あ、そうだ俺の作ったパンケーキ食うか?」
こいつ、情緒不安定さが悪化してないか?それとも土下座すれば言うことを聞くとでも思ってるのだろうか。
ベルトランは俺が作ったケーキを頬張りながら「美味しいです...」と泣きながらつぶやいている。その姿を見ているとなんだか可哀想になってきた。
いやしかし、俺は仮にも女王の夫だ。一介の貴族の呼び出しに応じるのは、正直ちょっと癪に感じられた。
いまいち納得できずに、とりあえずナーシャに意見を聞くことにする。
「ナーシャはどう思う?」
ナーシャは書斎に引きこもって事務作業をしていた。机の上や床には乱雑に書類が散らばっている。見るからに忙しそうだ。
国家転覆が成功し、国を刷新すべく新しい法律の導入や貴族の嘆願の対応、税制の見直しなど、仕事は山ほどある。
「見ての通りなので…。出来ればダイスケ様に行っていただきたいですわ」
この状況では、自ら対応する時間も労力も惜しいのだろう。女王として解決すべき問題が山積みだ。
ナーシャがそう言うのなら仕方ない。これも王国の平和のためだ。また目の前で人が死んだり、争いが起こっても困るしな。
問題が大事になる前にその南の領地に行って、話だけ軽く聞いてついでに観光でもしてくればいいだろう。
あわせてモンクレール侯爵家についても教えてもらった。どうやらセドリック・モンクレールは、ポーティスという港町にある屋敷で待っているらしい。
「嫌そうな顔をしている割には、意外と勉強熱心ですのね」
「頼まれちゃ仕方ないからな。1人でさっさと行って、不満とやらを聞いて終わらせるつもりだ」
「ええ、でももしものこともありますわ。護衛を連れていったほうが安心ですわよ」
「いや、バニラと行くから大丈夫だ。ついでにのんびり観光でもしてくるかもな」
ナーシャやベルトランには、護衛の兵士を引き連れていくように再三言われたが、バニラたちブラッドウルフと移動したかったので断った。
でもさすがに一人だけで行くのは危ないか。少し不安になったのでイリスと一緒に行くことにした。
イリスだったら万が一何かあっても戦闘能力があるので対応できるし、メイドの経験から侯爵相手でも失礼はないだろう。
ドロシーやクラリスを連れて行くことも考えたが、二人とも単純だったり喧嘩っ早かったりで、交渉事には向いていない気がした。
「私でいいのでしょうか。他に護衛は付けないんですか?」
「ただ貴族と話をするだけだ。大丈夫だろう」
手早く支度をするとバニラたちブラッドウルフに声をかけ、背に乗ってポーティスへ向かった。
その南部の港湾都市に着くと、王都とは全く別の街だった。海岸沿いにあるせいか船の行き来が盛んで街全体が観光地化されている。
「わぁ、すごい街ですねー。ダイスケ様あそこを見てください。外国の珍しい甘味が売ってます」
ポーティスでは大陸側からの輸入物が多く入ってきており、金さえ払えば珍しい装飾品や美味い食べ物が手に入る。
今は魔術で加工された商品が流行っているようで、ガラス細工の花や七色に光るランタン風ライトなど珍しい物が売られていた。
「私、この街好きかもしれません」
イリスはこの街に一目惚れしたらしい。確かに王都より人口は少ないが、洗練具合はこちらの方が上に見える。観光地化の影響もあり、王都よりも物価が高い。
一通り街を見て回ったあと、俺はセドリック侯爵の屋敷を訪ねた。だが、話を交わすうちに妙な違和感を覚え始めた。
それは、単なる話し合いで済むような相手ではない――そんな直感だった。




