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空を行くプロキオン

作者: さいか

 キュキュキュキュキュキュキュキュキュイーン!


『プレミアムボーナス! 右打ち!!』


 脳を灼く音と共に当たりが告げられる。

 液晶にはこれでもかと言わんばかりに金色が舞った。

 パチンコである。


「っふー」


 努めて無表情にハンドルの停止ボタンを解除する。銀玉は流れるようにアタッカーに吸い込まれていき、下皿にじゃらじゃらとお仲間を増やしていった。


 正直ケツ浮きで、脳汁ドバドバで、『んほぉ〜』とでも言いたい気分ではあるが、どハマりっぽいおばちゃんの隣で着席数分ツモをかました身としてはせめて粛々と打たねばならないだろう。イキれば明日は我が身である。

 

 とはいえ振り分け2%突破の継続率95%。

 こちらも楽しまねば無作法というものだった。


 ……で。

 10連目の当たりを消化中。『ふふふふふふーんふっふー』と脳内で鼻歌BGMを流していると、スマホが震えた。


『っあー……』


 内心ため息をつきながら取り出すと、6時のアラームである。時間切れであった。


 大体の場合において、パチンコというものは次の予定が詰まっているときほど当たるのである。

 とはいえ、まさか振り分け2%は当たるまいと思ったのだが。継続率95%もショボ連で終わると思ったのだが。


『5000突破!』


 ブッチギリで調子が良かった。

 平均出玉の8500は余裕で突破しそうかつ、ワンチャン2万発出しそうな勢いである。


 迷う。次の予定をすっぽかすかどうか一瞬選択肢に入れたうえで。


「あの、良かったらどうぞ。予定の時間が来ちゃったんで」


 隣のおばちゃんに席を譲った。


 外に出て暗くなった繁華街を行く。

 まあ、次の予定(今日の飲み代)がタダになったと考えれば、喜ぶべきことだ。

 当たりで楽しんだのは事実なのだから。


-◇-


 駅前にはすでに二人が合流していた。

 時間には数分早いが、早めに着いていたようだ。

 手を挙げて声をかける。


「久しぶり」


 すると、駄弁っていた二人はすぐにこちらに気づいたようだった。


「おう! プロキオン! お久しぶり!」

「元気してたか! プロキオン!」


 もう既に酒を入れているかのようなテンションだが、恐ろしいことに二人とも顔が赤くない。シラフである。


「なんなんだそのノリ……」


 40のオッサンがしていいノリではないと思うが、二人は俺より圧倒的勝ち組である。陽の者にとってはこれが当たり前ということだろうか。


「懐かしいだろ。我ら冬の大三角ってな」


「……まあ、懐かしくはあるが」


 20年近く前、大学生のころの記憶。

 俺たちは世界を作り出す神だった。


「な。だから今日は名字禁止。お互い真名で呼び合おうぜ」


 んなアホな。と言いたいところなのだが、その表情はどこか真剣で有無を言わせぬような迫力があった。

 ……どのみち気にするような恥がある人間でもない。


「分かったよ、ペテルギウス。これでいいか」


「ああ、ありがとな」


 ツラが良いやつ、というのは年をとっても変わらないのだ。爽やかさとは名状しがたきものだが、ペテルギウスからは昔から常に感じられた。


「予約してた店、今から入れるってよ」


 少し離れたところからシリウスが声をかけてきた。いつのまにか離れて店に電話していたのだろう。昔から変わらないスマートさがあった。


「おう、ありがと。シリウス」


 お前も当然巻き込むからな、と言わんばかりに真名を呼んでやる。

 シリウスはプライドの高いやつだから少しは恥ずかしがるだろう。

 そう、思ったのだが。


「……お前は良いやつだよな」


 しみじみと有り難がられた。こっちはこっちで日本人離れした彫りの深い顔であり、まるで洋画のラストシーンのような映えのある表情だった。


 まあ、そんなわけで40のオッサンが冬の大三角。

 街の明かりで星もろくに見えない空の下、俺たちは連れ立って歩き出した。


-◇-


 21年前。三人合同で数ページの漫画を書いた。漫研の部員だけに頒布する合同誌のうち、ほんの一欠片。

 作画はシリウス。シナリオは俺、プロキオン。そしてダメ出し編集その他諸々がペテルギウス。

 それぞれの所属学部を繋げると三角形になるというペテルギウスの天才的発想(馬鹿)によりPNは冬の大三角となった。


 学裏の食堂で駄弁り、ロイホのドリンクバーで粘り、ペテルギウスの家で缶詰になった。

 夢を見た。夢を語った。そして罵り合い、最後には笑った。


 昔の話だ。

 それでも俺の家の本棚にはまだ合同誌が目に見える場所に置いてある。


-◇-


 シリウスが予約した場所は高そうな焼肉屋の個室だった。すいすいとチェックインを進める様子は、通い慣れていることを伺わせる。


 で、個室に入ってみれば、木目調の内装に革張りの椅子。それらが焼肉屋だというのに欠片も薄汚れた様子はない。

 

 そんな風に気後れしている間にも、ペテルギウスは俺とシリウスから上着を回収してコート掛けにコートを掛けていた。

 やはりこれまた慣れているようだった。


 社会人らしくとりあえずビールで乾杯をして、意味のわからないくらい舌で溶ける肉を堪能する。

 そしてペテルギウスが振った話題と言えば。


「そういえばバトルドーム復活したらしいぜ」

「草」


 あり得ない話題だった。

 バトルドームとはかつて一世を一瞬だけ風靡した3Dアクションゲームであり、レバーをガチャガチャやってボールを相手のゴールにシュウーッ!!! する超、エキサイティン!!! なおもちゃである。


 なぜ詳しいかといえば漫研で一度流行ったからだ。ペテルギウスが持ってきたそれは瞬間風速的に部員全てを熱狂の渦に巻き込み、そして1週間ほどで飽きられた。

 まさに過去の遺物である。


「で、これが復刻版。買った」


「ばっっっかじゃねーの!?」


 ついにツッコミを入れてしまった。

 いや、高級焼肉屋で40のオッサンどもがしていい話題ではないだろう。

 三人で食った数切れの肉より安く、またバカでかい箱がその場を支配するのはどう考えてもおかしかった。


「ククク、狂気の沙汰ほど面白い……!」


「フリじゃねえよ」


 で。

 まあ。とりあえず遊んだわけだが。


「飽きたな」「んだな」「まあ、そうよな」


 枯れたオッサン三人を長時間楽しませるのは荷が重かったようだった。


 とはいえ、まあ楽しかった。

 こんな風に、このまま昔を振り返ってゆくのも有意義で、今回の目的ではあるのだろう。

 二人が気晴らしをできるのなら、俺ですら意味のあるものだと思えたりもするのだ。


 ただ、それでも俺は。


「で、どうしたよシリウス。話してスッキリしようぜ」


 それを口にするのだ。


-◇-


 シリウスは社長だ。地方の特産物や観光名所なんかを仮想空間上に再現してアピールするプラットフォームを手掛けているベンチャー企業の。

 で、それが誇張しすぎだの、行政から裏金もらってるだのとSNSで炎上して。

 会社経営者ゆえにSNS実名プレイのため、名前で呼ばれるのが怖くなっている、という話だった。

 真名呼びもそんな悩みを聞いたペテルギウスが提案したらしい。


 からん、と。空になったグラスの中の氷が音を立てた。


 思考が巡る。シリウスの話を聞いて、何者が仕掛けているか、それらの対抗策の現実的な案、突飛な案、スカッとする展開、そんなものを考えるけど。


「やることは決めてるんだよな?」


「まあな。基本無視、ひどいやつは開示。普通通りのやり方だ」


 何かをアドバイスしたり共感したりする必要もないのだ。シリウスは強い男。輝ける一等星なのだから。


 で。


「初耳だよな? プロキオン」


 探るような目でペテルギウスがこちらを見る。なるほど、そちらが本題ということか。

 確かに炎上が何物かの意思によるものなら嫉妬心を覚えた顔見知りというのはまさにうってつけの--。


「ああ、違う違う。逆ぎゃく。燃やしてる奴らにキレて反論しまくってる奴がいんの。それがお前じゃねーかって」


 ……なんと。


「ファンなんだな、そいつ」


「そういうことだろうなあ」


 とまあ、それからはオッサンたち馴染みの『最近どうよ』も解禁され、ペテルギウスの子供写真リサイタルとなった。


 もはや自分の人生では届くことのない、他人の子供の成長を見るのは意外と不満なく『かわいいねえ』なんて普通に思うのは、まあペテルギウスの語り口に嫌味がないからだろう。

 やつもまた輝ける一等星だった。


-◇-


 駅までの帰り道。

 シリウスに肩を貸して道を歩く。

 焼肉屋で謎のカードによりスマートに支払った後、店を出た途端にこれである。

 おかげで金が払えていない。


「……お前が女なら養ってやれるのに」


 耳元で囁かれた言葉は甘みがかっていて、思わずどきりとする。互いに大学生で俺が小娘ならイチコロだったろう。

 ただまあそうではない。


「やめろや、気色悪い。飲み代もちゃんと出すからな」


「そうだな……」


 それきりシリウスは黙ってしまう。

 寝たのだろうか、重いのだが。


「よいしょっと」


 ペテルギウスがシリウスの逆の肩に入った。

 無駄にでかいシリウスの体がずるずると引きづられる格好になった。靴も高いものだろうに。


「なあ、今日の話はネタになりそうか?」


 ペテルギウスの言葉。それに今度こそ赤くなった。

 見透かされている、いつも。


「なあ、書けよ。お前は。俺たちはもう、そうじゃなくなったけど」


「まあ、ぼちぼちな」


 嘘だ。未練がましく一人、夢を忘れられずに文字を書き続けている。己に起こる全てがそのためにあるようなせよ、なんて厨二病なことを考えながら。

 それだけをすることもできない中途半端なままで、それでも夢を見ていた。


「……頑張ろうぜ、お互い」


「ああ」


 もちろんだとも。

 今や輝ける一等星ではなくとも。

 お前たちと同じような輝きは持たずとも。


 俺の名はプロキオン。そのB。

 輝かず人の目に止まらない暗き伴星であろうとも。


 お前たちと同じ空を征く。

 お読みいただきありがとうございます。


 調べて知ったのですが、プロキオンには、一等星のプロキオンA近くを回るプロキオンBという伴星があるとのことでした。

 何コレむっちゃエモ、と色々考えた結果が本作です。胸キュン恋愛ものは消滅しました。

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― 新着の感想 ―
企画からお邪魔させていただきました。 初めて知りました。プロキオンには伴星があったんですね。 輝かず人の目に止まらない暗き伴星であろうとも。お前たちと同じ空を征く。 この2行がとても心に刺さりました…
さいかさま、初めまして。 武頼庵さんの企画をこのたびご一緒しております、あき伽耶と申します。 なんと男臭く、かっこよく、切なく、でも希望のある物語でしょうか! とても面白かったです! 読了して振り返る…
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