30話 この人は優しいなぁ
昨日のように数十キロ歩かされ、今度は宿泊先であるそこそこの規模を誇る街へと到着した。
「はあ、疲れた疲れた。ちょっと休憩」
今日は途中で雨が降ってきたり野生動物に襲われたりしたため、あまり休息の時間を確保せずに歩き続けた。体力もかなり使ったし、何より足が痛い。
「もう少し頑張ってください、宿はすぐそこです」
対するレベッカは少量の汗を流しているだけだ。
すぐ近くにあった宿泊費の安い宿に入り、古いが広く造られている個室へ案内されると、若干埃っぽいベッドへダイブした。多少汚れていたっていい。とにかく柔らかいものに当たりたいのだ。
「ああ、最高の気分だ」
寝返りを打つ。
「早速仮眠ですか」
「だって疲れてるからな。ちなみに帝都までは?」
「明日には何とか着きそうです。今日は沢山歩きましたからね。本当に、よく頑張りました」
レベッカがベッドの上に座り、こちらの顔を微笑んで覗きながらヘルメットを被ったままの頭を撫でてきた。手の感触は伝わってこないが、妙に安心する。
子供をあやすように扱われているので、ついこんな事を口走ってしまった。
「レベッカ、姉貴みたいだな――――」
「あ、姉貴……?」
勝手に出た言葉に、ポカンとするレベッカ。
「き、気にしないでくれ。何となく似てたから」
「姉が居るのですか?」
「居る……どちらかといえば、『居た』が正解だな」
戦争が始まって数か月が経った頃、姉が買い出しのために街中のスーパーへ向かった。爆撃や砲撃が加えられている事もあり、行くのを中止するように促したが、姉は結局出て行ってしまった。数分後に苛烈な砲声が街一帯に響き、サイレンがあちらこちらで鳴っていたが、姉は帰って来なかった。そしてその後、警察の関係者から姉が砲撃に巻き込まれて死亡した事を知らされた。葬式へ出向いた際、棺桶で眠る姉の姿を見たが、もはや人間とは呼べぬ体だった。だが、どんな姿に変わろうとも姉は姉だ。今もこうして、心の中で姉は生き続けている。
「まあ、そんな事が……」
姉が亡くなった経緯を話し終え、レベッカは悲しそうな顔で俯いていた。
「あの時は大変だったけど、今はもう受け入れてるよ。何せ戦争だからな。一般人が巻き添えを喰らうのは当たり前だ」
「あなたは強いですね」
「戦場に居れば、勝手に強くなるもんさ……あれ?」
言葉を締め括ろうとした時、レベッカの瞳から一滴の涙が流れていた。
「か、花粉症か?」
俺はスギ花粉に途轍もなく弱いので、季節によっては一日中泣いている時がある。
「……セルゲイ君、辛かったですね。よく頑張りました」
「ちょっ……あ、おい!」
号泣する彼女に優しく抱きしめられ、体の自由が利かなくなった。
母親と姉以外の女性に抱擁された事のない俺は、どうすればいいのか分からなくなり困惑を極める。
しかし、確かな事実として、とても落ち着く。まるで、胎内に籠る赤子だ。
この行為が正解なのかは知る由もないが、何となく相手の背中に手を回してみた。
……しばらく経って、やっと抱擁から解放された。
「すみませんでした……あなたの体験談を聞いてつい」
「まあ苦痛じゃないからいいよ」
とは言うものの、強い力で長時間抱きしめられていたから、背骨が痛いように思う。
「それにしても、結構涙もろいんだな」
「そりゃ、こんな話を聞かされたら誰でも泣きますよ」
涙の跡を拭きながら答える。
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