29話 ある意味神聖な光景
周囲が夜の闇に覆われた時、ようやく食事が出来上がった。
野鳥の肉をふんだんに使った焼き鳥と、それと一緒に丸焼きにしたキノコだ。ちなみにレベッカが言うには毒キノコではないらしく、安全に胃袋へ通過させられるそうだ。
誰もが満足する最高の食事を済ませたあと、疲労困憊もあってか睡魔が襲来したので、一足早く眠る事に決めた。
「私は鎧を洗ってくるので、ここで大人しくしていてくださいね」
「ああ、気を付けろよ」
「心配してくれてありがとうございます、では」
レベッカは背を向け、滝の方へ歩いて行った。
今日は色々な苦難を乗り越えたが、嬉しい出来事も多かった。特に食事はそうだ。朝もステーキを気前のいい店主が振る舞ってくれたし、今さっきだって王族が食べるような夕食を味わった。これなら、朝に弱い自分でも快眠できそうだ。
パチパチと音を立てて燃え上がる焚き火を眺めている内に、瞼が勝手に閉じ始めた。
……どれくらいの時間が過ぎたのかも分からない程ぐっすりと眠っていた時、唐突に目が覚めた。
「……せっかく寝てたのに」
間抜けな欠伸を吐き出して、体を起こす。
焚き火は相変わらず活動している。火はずっと起きていられるから、何だか羨ましいな。
「これは……」
体に被さっていた白い布を手に取る。この布はレベッカが普段から外套として使っているものだ。夜は寒いのでわざわざ掛けてくれたのだろうか。素直に嬉しいのだが、何かこう、色々な情緒が湧き上がってくる。
というか、レベッカはどこに居るんだ。少なくとも周辺には見当たらない。
「どこ行ったんだ……」
視界がぼやけるまま立ち上がり、探し出す。
「ああ、鬱陶しいな」
瞼を擦りながら移動するが、視界は一向に晴れない。まだ体内に睡魔が潜伏している。
水の流れる音を放出している滝の方向へ歩み寄る。足先に固い物体が当たった。石かと思ったが、感触は鉄だった。
「何だこれ……」
瞼を一度ゴシゴシと擦ると、足元の物体を拾い上げた。銀色のそれは、レベッカが常に身に着けている甲冑の一部だ。
視界のぼやけが少し収まり、辺りの光景の情報が網膜へ通達される。
驚く事に、自分が立っている真下にはレベッカの鎧や服、さらに下着までもが綺麗に畳まれて置いてあった。
その直後、曖昧だった視界に映る風景が鮮明になり、顔を上げてみれば滝壺で体を清めている一矢纏わぬ姿のレベッカを捉えた。
この瞬間、全てを理解した。
俺が眠っている間に、彼女は汚れた体を洗っていたのだと。
「せ、セルゲイ君!?」
こっちの存在に気付いたレベッカは男性に絶対見られてはいけない箇所を慌てて手で隠し、叫び声を響かせた。
「ご、ごめん! わざとじゃ……あっ」
必死に弁明しようとしているとその拍子で足を滑らせてしまい、滝壺へ頭から突っ込んだ。
目覚めた時は、焚き火の真横に居た。
「うう……」
しばらくの間意識を失っていたみたいで、頭の中が混濁する。
「よかった、目覚めましたか」
隣には俺を助け、意識が回復するまで看病してくれたであろうレベッカが顔を覗き込んできた。
「さっきは……申し訳ない。それにこんな事になって……」
肺や気道に水が残っているのか、咳き込む。
「事故は仕方がありませんよ。声を掛けなかった私も悪いです」
知り合ったばかりで関係がまだ浅いのに、レベッカはさっきの悪行を笑いながら許してくれた。
「もうこんな時間か……」
ふと腕時計を見てみると、日付を越えていた。
「明日も早いです。もう寝ましょう」
「その通り――――え」
レベッカが俺の隣に寝転び、所有している外套を掛け布団代わりにした。
彼女との距離は僅か数センチ。少し動けば顔やら手やらが当たりそうだ。
「窮屈ですが、我慢してくださいね」
魅力的な笑みでそう促され、何も言えなくなった。
あれから数時間が経過し新たなる出発の用意を行っているが、昨日のあの光景が脳裏に焼き付いているせいでまともに手が動かない。
森で施した治療と、滝壺での水浴び。
冥土に逝ってもこの記憶は持ったままだろう。
「準備も終わりましたし、行きましょう」
そう誘われるが、向こうの顔を見る気になれない。あの時の出来事を引きずっているせいだ。
自分の犯した大失態を口では許してくれたが、本心では必ず恨んでいる事だろう。
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