215話 物騒なプレゼント
大金が底までぎっしりと溜まったボストンバッグを抱えて訪れたのは、帝都中央銀行。この街では最大規模の金融機関で、警備態勢も厳戒だ。
圧倒的な雰囲気に思わず入るのを躊躇ってしまうが、昼間の帝国は夜とは違って蒸し暑いのであちらへ向かった。レベッカ曰く、ソ連出身の転移者の技術者により、銀行内はクーラーが完備されており、アイスクリームも販売されているのだとか。
あと、隣にもその事実を教えてくれた張本人のレベッカがいる。彼女もこんな大金を手にしたのは初めてらしく、震えが収まらない様子だ。
でも、ビビっていても時間が勿体ないから、そろそろ行こうよと誘おうとした時――――白スーツにサングラスという怪しげな服装のアジア人が現れた。まるでマフィアの風格だ。
「そこのお姉さん! ちょっとこっち来テ!」
帝国は今、日本軍に統治されつつあるので、このおっさんも日本人かと思ったが、どこかが違うように見える。
そして、おっさんがその数秒後に自分の出身地を名乗った。
「私、在日朝鮮人の朴ネ! 金髪のお姉さん可愛いから、これやるヨ!」
なるほど、このおっさんは朝鮮半島の人だったのか。アメリカ人に日本人にアラブ人、朝鮮人まで転移しているとは、帝国は混沌そのものだ。
朴という朝鮮人のおっさんは懐から木の鉄の何かを取り出し、それをレベッカの掌に置く。
「それ、お金代わりのやつネ!」
「は、はあ……」
レベッカは放心状態で掌に鎮座する重たくも頼りがいが魅力的な――――M10リボルバーを見つめる。おっさんは弾も数十発彼女に渡す。
「あの……私、こんな鉄砲上手く扱える気が……」
いや、そんなことはないだろう、と心でツッコむ。この前、アヴァカンを助けるために王城へ潜り込んだ際、俺をレタニヤフから間一髪のタイミングで銃撃してくれたじゃないか。彼女の謙虚な人間だな。
「これはアメリカの進駐軍が置いていった銃ヨ。お金がないから代わりにこれを受け取ってちょーだいネ。じゃあ!」
在日朝鮮人の朴と自称したおっさんは、満足そうな笑みでどこかへ走り去って人混みの中に消えた。
「せ、セルゲイ君、私、どうすればいいと思いますか……?」
レベッカは弱々しい態度でリボルバーを俺に見せる。
「まあ、使えばいいんじゃないかな。弾は何発ある?」
「この金色のものですね……えっと……」
銃弾を一発ずつ手で掬って数を確かめる。
「合計で四十はありますね」
「あのおっさん、奮発したな。それだけあったら護身用には困らないな」
「護身用と言われましても、私には剣がありますし、徒手格闘もある程度できますので鉄砲は……」
「いや、刃物や素手よりも銃の方が強いぞ。確かに超至近距離だと剣が強いかもしれない。でも少しでも距離があると圧倒的に銃が強いんだ」
ガバメントをくるりと回して文明の武器の恐ろしさを伝授。
「確かに、共和国の兵隊と戦った時にはマスケット銃で苦しめられましたね……うう、鉄砲は怖いです」
「だったら、銃でやり返そうよ」
リボルバーのシリンダーをわざとらしく豪快に回転させ、レベッカのポケットにそれをぶち込む。
「それにしても、鉄砲はやはり重たいですね」
グロックなどは樹脂のパーツが多用されているので軽量だが、こういった昔ながらの銃は鉄の塊だ。重量が膨れ上がるのは仕方ない。特にレベッカみたいな女性だとその気持ちは当然だ。
「ま、訓練したらなれるさ。さあ、さっさと金を入れようぜ」
「ええ、そうですね。銃の一件ですっかり忘れていました」
札束達の別荘は目と鼻の先だ。俺達は緊張を解すために二人合わせて深呼吸し、銀行へ進み始めた。