193話 ギギギ……このおばちゃん、物騒じゃのう
水は底の石がくっきり見える程透き通っており、清潔なので魚も沢山気持ちよさそうに泳いでいる。
そして、そんな美しい川の中央に一人の若く綺麗な女性が身を清めていた。真っ白な肌を惜しげもなく晒し、粗末な布で体を洗う。年齢は二十台前半で、髪はレベッカと同じ金色だ。
俺達は慌てて木の裏に隠れると、コソコソと話し始めた。
「話し掛けた方がよさそうか?」
「そうしたいのは山々ですが……敢えて無防備と見せかけて攻撃してくる可能性もありますし、あちらが小川から離れたらこちらも動きましょうか」
流石、何度も死線を潜り抜けて来た奴の指示は一味違う。
腕時計を見ると、あれから数分が経ったので彼女に視線を送り、木の裏からゆっくりと姿を現した。
ところが驚くことに、小川で沐浴していたあの女はどこにもいなかった。まるで山を彷徨う亡霊を見てしまった気分だ。
気配すらも消え、痕跡が完全にない。
「おい、どこに行ったんだ?」
「私にも確認できません」
俺達は顔全体を動かしながら対象の人物を探すが、やはりその姿はあらず。
「本当、いきなり消えて――――おい危ないっ!」
背後だ。
誰かは分からないが、俺らに殺意を突き刺す奴が裏に回っていることを察し、即座にレベッカを土の地面に押し倒してその体をこっちの胴体で覆い隠した。
一秒も経たぬ次の刹那、一発の凶弾が木の皮にめり込み、それを浅く抉った。
レベッカは全身を鎧で固めているとはいえ、近代的な銃の弾は想像以上に破壊力がある。どんなに距離を取っても古風な甲冑では十分な防弾性能を発揮できず、あっさりと貫通されるだろう。
「お前達が隠れて私を見ていたことは既に知っている――――」
森に纏わる冷徹な女の一言。不吉な硝煙の匂いも香る。
俺はグローザを、レベッカは愛用の剣を構えながら背後を振り向く。
剥き出しの体にボロボロのタオルだけを巻き付け、日本軍のハンドガン――――二十六年式拳銃を握り締めたさっきの女が倒木に堂々と座っていた。
こんな時間帯から何て格好してやがるんだと言い返したかったが、それよりも殺意が段々と強まっており、これはもう乱闘は避けられないと直感してしまった。
「このクソババア、最低だな。俺らはお前を助けようと……ふぐっ!」
枝を眼前の女に投擲され、腹部に直撃。吐血こそしなかったが、内臓に痛覚が響いた。
「セルゲイ君!」
「やめろ! 近寄るな! アイツは銃を持ってる!」
不意に動けば呆気なく射殺される――――それにあの女、やたらと銃の腕前がいいように思える。さっきも俺が気付くのがあと数秒遅ければ、額に風穴を開けられていただろう。
木にしがみ付き、腹を何度か撫でながら立ち上がる。俺が悶えていた間に奴は目前数メートルまで迫って来た。
独特の形状をしたリボルバーの形が網膜に張り付く。
標的は俺に定まっている。
――――どうしようか。グローザはあるが、今から構えても撃ち殺されるだけだ。どう打破すりゃいいんだ。
……そういえば、レベッカにガバメントを貸していたな。
死線を横に少しずらすと、彼女は甲冑の隙間に銃を挟んでいる。
よし、ちょっとお前を利用させてもらうぜ。
リボルバーを持った痴女に勘付かれないように、彼女へ拳銃を引っ張り出せという下手なジェスチャーを送る。
理解してくれたのかレベッカは首を縦に振り、ガバメントをこっそり引き抜いた。
「小僧、貴様が誰かは知らんが、私にも政弥にも手出しはさせない」
冷ややかで物騒な銃口を頬にぐいっと押し付けられ、肉が盛り上がる。
が、奴による俺の処刑は叶わなかった。
――――乾いた銃声が木霊し、痴女ババアの頬に赤い線が走り、微かな鮮血が垂れる。
「へへっ、ナイスだぞレベッカ」
褒め称えると、彼女は少女らしい柔らかな笑みを返す。
唐突な反撃に恐れおののいたのか、オバハンは悔しみの色を浮かべると、拳銃を地面に置く。
「さてババア、どういうことかたっぷりと聞かせてもらうぞ」
形成が逆転し、反対に俺がグローザの銃口を突き付けながら脅した。背後からもレベッカに剣を向けられているため、抵抗は意味のないものだ。もちろん、こっちだって意図的に殺害をするつもりはないが。