エピローグ
竜宮がレジャー施設として存続し、一段落して栄次とおはぎは現世の海と島が有名なとある場所にいた。今は観光地となり、盛り上がっている。島までは歩いて渡れる橋がかけられており、島周辺ではおいしいお魚料理のお店や雑貨屋などが神社前に固まっている。
神社には珍しくエスカレーターがあり、山を登る参拝は楽だ。
「……この地域に似た話がある」
栄次がおはぎにそう言った。
「お話かあ」
「ここには龍がいた。天災をよく起こす龍で子供が生け贄としてささげられていた。ある時、弁財天が地震と共に現れ、龍は結婚を弁財天に持ちかける。しかし、弁財天は子供を殺した龍とは添えないと言う。龍は改心をし、真面目に民のために力を使う。しかし……」
栄次は橋のヘリに体を預けて海を眺める。
「しかし?」
「力を使いすぎてしまい、倒れる。そのままこの地を守る龍として祭られることになるが、飛鳥の時代よりも前に同じようなことが起こっていた。これが龍水天海の事件だ。その後、あの龍雷水天が民の信頼を得て、立て直す様がこの話と合わさり、龍雷水天自体がかすれてしまった」
「そうなんだ」
海風が栄次とおはぎを包む。おはぎは話を理解できなかったが、イドさんが存在できているのはこの島に祭られている龍神のおかげなのは理解できた。
この龍神の神社は栄えている。町も栄えている。
イドさんにも少なからず恩恵があるのだろう。
「ねぇ、栄次」
おはぎは海風を感じながら尋ねる。
「なんだ?」
「ヤモリ達が神社付近でおいしいお菓子食べてるみたいだから行きたい」
「……そうか」
栄次はおはぎの言葉に思わず笑みを浮かべた。龍神の事情は亀には関係ないようだ。
栄次は橋を渡り始める。ゆっくり、歩き始める。栄次の瞳は当時を映していた。干潮時で海は引いている。まだ橋はない時代。
「娘を守れない……。私は追放された龍神。竜宮には入れない。このまま娘と共に消えてしまう」
今よりやつれて見えるイドさんが赤子を抱いていた。赤子は眠っている。
「娘を助けなければ……。私にはまだ、力がない」
イドさんは赤子を抱いて泣いていた。
「あなただけは消えないで、生きて……。私の力があなたの可能性を潰してしまっている」
イドさんは眠っている赤子の頬を撫でた。
「ごめんなさい。『龍』の字をとらせてください……。私とあなたにはもう接点はない」
イドさんが赤子を優しく抱きしめた。
「……嫌だな……。このまま娘と離れたくない。離れたくないよ……」
イドさんは泣きながら目の前に立つ西の剣王、タケミカヅチに赤子を渡した。
「いいのかね?」
「ええ。彼女は……歴史神のみの神力で私とは何の関係もありません」
「そのうち、父親を認識するぞ?」
「かまいません。私は西には入りませんから」
イドさんは剣王に頭を下げる。
「彼女をお願いします」
「君はどうするの?」
「私は……東へ向かいます」
「オモイカネに入るのか、東軍は入ったら抜けられないぞ」
「はい。そのつもりです。彼女と私は分離します。私の邪龍の力を彼女が持っていてはどこも受け入れてくれませんので、彼女の『龍』の文字をとりました。史記は流れる……流史記姫に名を変えます」
「ああ、そう。君がそれでいいなら」
剣王は赤子を優しく抱くとイドさんに背を向け、歩きだした。
……さようなら。私はこれからこの地域を長い期間かけて守り変えます。
私の神力がなくなり、娘の差別がなくなりますように。
「……一緒にいたかったな……」
イドさんが空を仰ぎ、涙を流した。
風が吹き、景色がもとに戻る。
だが栄次は眉を寄せたまま、黙って橋を渡った。
栄次にとってはただの過去見だ。
「あ! ヤモリとヒメちゃんと、イドさん! なに食べてるの?」
おはぎが声をあげて走り出した。
「ヤモリが人間に見える神なので、ツブツブなアイスを買ってもらいましたー!」
イドさんが楽しそうに手を振っていた。ヒメちゃんはおはぎの分を走って差し出してきた。
「これ、おいしいぞい!」
「わあ、なにこれ? つぶっつぶなアイス!」
「全員分買わされた……。あ、栄次はこれ」
ヤモリが醤油煎餅を栄次に渡した。
「す、すまぬ。ありがとう」
「栄次、後は気にしなくていいよね?」
ヤモリが小さく栄次に尋ねてきた。
「……知りたいか?」
栄次は軽く微笑んで聞き返す。
「……栄次が話してもしょうがないって思うなら話さなくていいよ」
「そんなに大した話ではない。話す内容でもないな」
栄次にそう言われ、ヤモリは苦笑いを浮かべた。
海風が吹く。太陽が照り、海がどこまでもずっとキラキラと輝いていた。
……この辺はずいぶんと変わったが、変わらずにあるものはずっと変わらず、歴史をずっと放出し続けている。
竜宮も変わらずに進むだろう。
栄次は神社を眺める。
……この辺はずいぶんと変わったが、変わらずにあるものはずっと変わらず、歴史をずっと放出し続けている。
まるで、竜宮のようだな。
龍雷は娘の龍の字を完璧には取れなかった。親子として繋がっていたかったのだ。それがあの龍神との遠い約束だったのだろうか。
今は皆、笑っている。竜宮は解決した。
彼女への差別はもうない。彼の差別ももうない。過去を思い出すのは今日までにしよう。
「うむ。この煎餅はうまいな。そして、心地よい海風だ」
おわり。




