橙の龍神1
おはぎがあまりの眩しさに目を瞑っていると、凄まじい神力と風の音がした。
目を開けるとそこには刀を構えた栄次と大きな橙の龍が邪悪な神力に巻かれ、佇んでいた。
橙の龍は栄次に噛みつくが、栄次は龍を刀で弾き、距離をとらせた。
「橙の……龍……」
おはぎが呆然としていると、横から走ってきた飛龍に抱えられた。おはぎがいた場所に雷が落ちる。
「ぼうっとしてんなよー」
飛龍はおはぎを投げ飛ばすと、強靭な脚力で橙の龍を蹴り上げ、橙の龍は天井を突き破り、上階へと飛んでいった。
「うわー、初動からあれはやばいわ……」
吹っ飛ばされて泣いていたおはぎを抱き起こしてヤモリは顔色を青くした。
「荒れた感情……いや、狂った状態のままだな」
栄次は冷や汗を拭いつつ、飛んでいった龍を見上げた。
「ぼーっとしてんなよ! 竜宮が壊されちまうぜ!」
飛龍は栄次になぜか親指を立て、なんだか楽しそうに空いた穴から上階へと飛んでいった。
「飛龍……待て……」
その後、静かにオーナーが飛龍を追いかけていく。
「……飛龍……やばいわ、あいつ……」
ヤモリはあきれた顔を向けつつ、おはぎを奮い立たせて上階を見上げた。
「パァパがおらん。パァパ!」
ヒメちゃんはイドさんを探している。
初動で辺りは瓦礫の山になり、イドさんが神力を逆流させていた装置は見つからない。
「ヒメ、イドさんの気配はする……」
ヤモリはヒメちゃんを落ち着かせ、砂ぼこりの中、イドさんを探す。
「栄次! おはぎと一緒に飛龍を追って! うちはここでイドさんを探すよ! ヒメと」
ヤモリはさらにそう続け、栄次は泣いているおはぎを仕方なく抱えて飛龍を追って飛び上がった。
天井部分から上階へと出ると竜宮が半壊しており、飛龍が元気に暴れていた。
「おい……」
栄次は頭を抱えつつ、橙の龍と戦う飛龍を眺めた。橙の龍は龍の姿だと小さい物は狙えないと考えたのか、人型へと姿を変えた。龍の王冠をかぶる橙のきれいな長髪を持つ青年だった。狂喜な笑みを浮かべていてまともな会話はできなそうだ。
「うわっ!」
飛龍は青年の強力な蹴りを慌てて避け、飛び上がったら後ろの建物が真っ二つに割れた。
「げっ……すげー!」
感動してる飛龍を栄次が引っ張り、地割れが起きるほどの雷撃を避けた。
「何をしている、避けろ!」
「いやあ、感動しちゃってさ! 悪い悪い!」
「私をまず助けてぇ!」
栄次に抱えられているおはぎは白目のまま叫んでいたが、それを見ている余裕はない。
次から次へとくる猛攻を紙一重で避け、精神はすり減るばかりだ。
「強くなったな! 逆にあの頃より!」
飛龍は体から火柱を立てながら無謀にもぶつかっていくので、栄次も走らざる得なかった。
栄次はとりあえず、おはぎをオーナーに預け、橙の青年を少しでも抑えようと動き出した。
おはぎは意識を取り戻し、オーナーに怯えながら尋ねた。
「あ、あのー……こんにちは……。なんであの龍を解放したんですか……?」
「そろそろ、決着をつけるべきかと思ってな。私はあの問題を解決するべく神力を温存している。あれを抑えていられる者が欲しかった。過去神がタケミカヅチの力を持つことに気がつき、今回は協力してもらう決断をした」
「栄次はいい迷惑ですよ……」
「そちらも我々を探っていただろう? 元々、流史記姫は西の剣王、タケミカヅチの軍だ。今回は色々と関係者となり、見過ごせなくなった。故に私はアレと決着をつけようと考えたのだ」
オーナーは飛んでくる攻撃をすべて結界で弾いてくれた。
「オーナーさんが抑えてくれるんじゃないんですか?」
「ああ、今は神力の半分を使って、あの凶悪な龍を倒し、龍雷水天を救う準備を進めている。流史記にまだ龍神の神力が残っているのは誤算だったが」
オーナーは雷を弾き飛ばし、飛龍と栄次を少しずつ援助し始めた。
「……正確に言うと……龍雷に神力を返す予定だ。あの壊れた龍の神力をすべて。そのために……蛭子様を待っている」
「……蛭子様はまだ来ないんですか?」
おはぎは不安げに声を上げた。
「蛭子様は準備をしてくださっている。確実にここでヤツを仕留める」
オーナーは飛んできた雷を結界で弾いた。
橙の青年は狂喜に笑いながら神力を上げ始めた。竜宮でかなりの神力を失くしたはずだが、爆発的に増えている。
「……そう、あいつは……封印してわかった。竜宮から龍神の神力を吸い取れる。偉大な海の神であるから海からの力を無限に取り込む……。故に簡単にはいかないのだ」
「海の力を取り込む……」
おはぎは橙の龍神の怖さを知った。
「……自分がなぜ、呼ばれたか気になるか?」
オーナーは眉を寄せながら狂気の龍神からの攻撃を弾きつつ尋ねてきた。
「……そりゃあ……わたし、ただの亀の神ですからねー。いらないはずですよねー」
「この世界には、海と反対の別の力がある。陸地の力を持つ神や山神、池や川の神だ。私のような天候の神は海に分類されることの方が多い」
オーナーは首を傾げているおはぎに目を向けた。
「竜宮はあの男に勝てない。私も勝てぬ。だから海中に封印という方法になった。反対の力である山神を沢山つれてくることもできなかった。陸地が枯れるからだ。あなたの本名は……山亀長寿池神、亀の形をとる山神と池神の力を持つ神なのだ。だからあなたはあの龍神の影響を受けない」
「ええっ! わたし、なんもできません!」
おはぎは突然に色々と言われ、慌てている。
「ああ、飛龍が龍神には珍しい炎や大地の龍神。あなたの山も管轄の龍神だ。飛龍に力を与えてやってくれ」
「ええー……」
「あ、あのー」
急におはぎの後ろから声がかかり、おはぎは飛び上がって驚いた。
「あ、ごめんね……おどかすつもりはなかったんだ」
後ろには緑の短髪で着物姿の少女が立っていた。
「……んー? どっかで見た顔……」
おはぎは少女を思い出そうと顔を眺める。
「な、や、やめて……恥ずかしいよ」
「あ、ちょっと前に探偵イベントの司会みたいのをやってた……えーと、タニグチさん!」
「……タニリュウチ……なんだけど。皆からはなんか……タニって呼ばれたりしてるかな……」
タニは小さな声で自己紹介をした。
「タニグチさんだってヤモリが……」
「それは間違いです!」
タニはきっぱりとそう言った。
「え、じゃあ、あの、タニ……さんはなんでこちらに?」
おはぎは圧に負けながら尋ねた。
「あ、えっと、私は実は……龍が入ってるけど龍神じゃないんだ……。タマリュウって植物を信仰してる村の神なんだよね……。あと、山神なんだ。間違えて龍神だと思って竜宮の面接受けたら受かっちゃって、龍神と働いてるんだ。山神だから来てくれって頼まれて」
「情報量が多い……」
おはぎは苦笑いを浮かべた。
「今回、オオヤツヒメ様も来てくださるみたい。再生の山神様だよ」
「なんか大事になってきた……。で、私達は何を?」
横で橙の龍から守ってくれているオーナーをおはぎは仰ぐ。
「反対の神力で弱らせて、蛭子様の持つ剣で分解し、龍雷水天に龍水天海の神力を返す」
「具体的には……」
「飛龍に神力を送るのだ。それだけで良い」
楽しそうに戦闘に参加している飛龍をオーナーは指差した。
「ええ……あの速さで動いている神に神力を送るの……」
「オーナー! 無理です!」
おはぎとタニは顔色悪く叫んだが、オーナーは「大丈夫だ」と謎に励ましていた。




