ある龍神の過去2
「ギャハハハハ!」
つんざくような笑い声が響く。辺りは炎の海。木造の粗末な家が多数、残骸になっていた。藁でできているのもありそうだ。燃え盛る炎の真ん中に橙の髪の青年がいた。血に染まった青年は狂気的に笑う。
「アハハハハ!」
「あなた、どうしてしまったの!」
隣で涙を流しながら青年を止める銀髪の少女。
「龍史白姫、見ろ、全部消してやった」
「なぜ、民まで! 皆、あなたを、わたくしを信仰していたのに」
「ギャハハハハ!」
「もうやめてっ……」
狂った青年は少女を、自身の妻を龍の爪で引き裂いた。少女はその場に静かに倒れた。
「ひーひひひ!」
青年は心底おかしそうに笑いながら歩き始める。歩く度に地割れが起こり、恐ろしい嵐がやってきた。
生き残った人間はいるのか。
静かになった焼け野原を歩く。近くには海があったが海も荒れている。
砂浜に青年はたどり着き、叫んだ。
何を叫んでいたのかはわからない。
「もう止めろ。津波が来てしまう」
青年を止めたのは赤い長い髪の少女、飛龍だった。青年は飛龍を爪で凪払おうとしたが、飛龍はすばやく避けた。
「向こうの山からこちらに様子を見に来た飛龍流女神だ。ここの地域の龍神信仰はそちらだったはず。これはなんだ?」
「ギャハハハハ!」
青年は笑っているだけで会話にならない。
「会話にならないな。壊れたか。龍は天災も生む。そちらが暴れればこの地域、私の地域まで壊れる。もう一度言う、今すぐに止めろ」
「ギャハハハハ!」
「……もう終わったか」
飛龍は青年を寂しそうに見据えた。
「な、なにこの記憶……」
エビスが驚いていると、自分に重なるようにして紫の髪の男がアマノムラクモを持って立っていた。そのまま歩き出す。
「……あれは……スサノオ様?」
横にいたアレがつぶやき、ヤスマロも目を細めた。スサノオは燃え盛る炎の中で必死に動こうとしている少女、龍史白姫を見つけ、抱き起こした。
「ここにも邪龍がいるのか?」
「す、スサノオさま……彼をお救いくださいませ……。私は……お腹に……」
龍史白姫は血にまみれた手でスサノオの着物を掴んだ。
「お前、身ごもっているのか……。酷いな」
スサノオは龍史白姫を抱き抱えると火がまだ燃え移っていない場所まで連れていった。
「ここにいろよ。動くなよ」
それだけ言うとアマノムラクモを握りしめ、邪龍を探しに行った。
狂気に笑う龍神はすぐに見つかった。アマテラス系列の龍神飛龍が橙の龍神を抑えていた。飛龍が来たことにより海が穏やかになっていた。
「全部なくしてやるー!」
橙の龍神は強かった。飛龍は押され気味だ。再び火を吐き、森を焼き始める。
「やめろと言ってるんだ! 大地が滅びる!」
飛龍が龍の姿になろうとしたところをスサノオが柔らかく止めた。
「……っ!」
「あれは我が斬る。このアマノムラクモは邪龍は斬れるのかな」
スサノオは強い神力を発する剣を橙の龍神に向けた。
「……っ?」
橙の龍神は立ち止まる。
「ずいぶんと、狂ったようだな、龍水天海神。身ごもった妻をも手にかけるとは。美しき夫婦の、白い竜の面影もないな」
スサノオはためらいもなく、橙の龍神をアマノムラクモで斬り裂いた。
「……がっ!」
橙の龍神が呻いたが、スサノオは再び剣で突き刺した。
「お前は神格が高い。後、何回で死ぬかな? この剣は龍退治でもらったんだ。邪龍にきくだろ?」
スサノオが口角を上げた。
「グワアア!」
龍神の悲鳴が響く。
「さあて、後、二、三回……」
「待ってください!」
斬ろうとしたスサノオを止めに入ったのは血だらけの龍史白姫だった。
「お、お前……ここまで歩いてきたのか! 動くなと言ったはずだ」
「お願いします……。彼は慈悲深い龍神です。慈悲深い龍神なのです! 斬らないで、お助けください」
「……っ」
スサノオは困惑したまま止まっていた。間に入ってきた龍史白姫は斬れない。彼女に話しかけようとした時、橙の龍神が彼女を爪で再び凪ぎ払った。
「やめっ……やめろ!」
スサノオが慌てて龍史白姫を抱き止め、震えた。血がスサノオを濡らす。
「お前……自分の妻だろうが! 腹に赤子がいるんだろうが! なにしてんだよ……。ひでぇよ……」
少女は動かなくなった。焦点のあわない瞳で何かをつぶやいている。
「彼を助けて……赤子を助けて……」
「……わかったよ、もう話すな」
スサノオは唇を噛み締めると少女を横に優しく置き、再びアマノムラクモを構えた。
「再起不能だ。何がお前をこんな風にしたんだ」
スサノオは痛みに苦しむ龍神をアマノムラクモで再び刺した。
何度も刺した。
しかし、龍神の神力は高い。なかなか消滅しない。
「あと、何回だ?」
スサノオが目を細めた時、長髪の筋骨隆々の青年が砂浜に降り立つのを見た。
「アマツヒコネ!」
スサノオはアマツヒコネに怒りをぶつけた。
「竜神はほぼ、お前の管轄だったはずだ。何をしている!」
「申し訳ありません……」
アマツヒコネはスサノオに頭を下げてあやまった。
「お前のとこの邪竜がこの辺の地域を壊滅に追い込んだぞ。これからどうするつもりだ」
「……龍史白姫は龍水天海を助けてほしいと願いました。私に考えがあります」
「どうするつもりだ? こいつはもう後二回くらい刺したら虫の息だ。さっさと消滅させた方がいい」
「私がなんとかします」
スサノオにアマツヒコネは念を押し、スサノオはアマノムラクモを消した。
「……お前に任せる。龍水天海は知らんが、龍史白姫はもう助からない。このまま置いとけば消滅するだろうな」
スサノオはアマツヒコネの肩を叩き、歩き出した。
「この辺の信仰は我がもらう。邪龍を斬ったと再び我は持ち上がるだろうな。我は今、英雄だ」
スサノオはどこかへ去って行った。
一通りを見ていた飛龍は龍史白姫に寄り添った。
「消えるなよ……。子供はどうなるんだよ……」
動かない龍史白姫を抱いていると飛龍から涙が溢れた。
「……子供まで消えちまうのかよ……。何にも悪くないのに。まだ……産まれてもないのに」
「……龍水天海、お前は封印にする」
アマツヒコネは泣いている飛龍に心を痛めつつ、橙の龍神にむかい神力を解放した。
海から縄が出現し、邪龍に巻き付いた。
「ギャアアア!」
縄はそのまま邪龍を海に引きずり込み、悲鳴だけ残して消えた。
「はっ!」
飛龍が抱いていた龍史白姫も白い光に包まれ、消えていった。かわりに裸の青年がうつ伏せに倒れていた。
邪龍の代わりに海から産まれた神は銀髪の青年だった。
「龍水天神。海が消えてしまったか。龍水天海神は救ったぞ、龍史白姫。龍水天、再びこの地に龍神信仰を取り戻してくれ。狂気に染まり、美しい銀の髪が血で橙に染まった邪龍……。人々の期待に答えられなかった龍神。……お前はそうはならないでくれ。期待している」
アマツヒコネは意識を失っている銀髪の龍神へ言葉をかけると、飛龍をせつなげに見てから去って行った。
「子供は……どうなるんだよ……」
飛龍は砂浜に指を食い込ませて、悲しげに泣いていた。太陽が現れる。
光がなにも知らない銀髪の龍神を照らしていた。
海は穏やかになり、雲は晴れた。
飛龍は裸で倒れている銀髪の青年を眺め、一発蹴り飛ばすと自分の神社へと帰っていった。
そんな状態を木の影から眺めていたのは紫の髪の青年、スサノオによく似ている青年、ツクヨミだった。
「……この光……どうしよう。優しい女神の光だ……。龍史白姫が残した子種は、あの龍神が自分を知ってから返そうかな。それまで自分がこの子を持っているよ」
ツクヨミは小さな光を大事にしまいこんだ。




