8 独り
ここから別シリーズのようになるが気にしないでください
「ねえ、私決めた。この茶番もう終わりにするよ。どうせ私は死人だから先はないからね。」
奏の意思が一変した。
あの会話の後、二人は一休みした。やはり時間を早く進めるというのは体に毒らしい。その後、二人で部屋で会議をしていた。
「いいのか?本当に。まだ時間はあるんだぞ・・・。」
雄二はてっきり、奏がそのままできるだけ長い時間を共有して、思い出作りをしたうえで去るのだと思っていた。だから少し拍子抜けしたのだ。
「あの休憩中、何かあったのか?」
「秘密よ。だけどね、私もう決めたのよ。これ以上はもう無益なだけ。私、目が覚めたの。所詮こんなものはまやかし、幻だよ。」
奏の眼には確かなる意思があった。もう変られないのだと彼は悟った。
「わかった、お前の意思を尊重する。だけどどういった終わらせ方にするんだ?」
「それは秘密よ。フフフ。私に任せて。」
もう先がない奏の最後の願いと思って雄二は従った。
その最後の朝はいつもより遅く開けた。
「だいぶ楽になったよ。」
もう負荷をかける必要はないからと、時間の進みは初期と比べてゆっくりになっていた。
最後の日
「えっと、結局あのまま寝ちゃったのか。」
「ぐっすり寝てたわね・・・。よかった、今日から夏休みで。」
「だな~。ということでもう少し寝ておきますー。ZZZZZ」
雄二は起き上がった。しかし、またそのままばたんと横になって寝息を立てる。
「ああ、おいこら・・・。おい朝だぞ。休みだからってだらだらしないの…。」
博人はゆすり起こそうとしている。まるで保護者のように雄二を起こそうとするが抵抗される。そんな二人を見て、奏はある提案をする。
「ねぇ・・・。博人?」
「ん?」
「三人でキャンプいかない?」
「は?」
まさに唐突だった。ピンと来てないようなので、奏はつづける。
「昔見た星空、きれいだったじゃない。あそこと同じキャンプ場に行きましょうよ。せっかくの夏休みだから、思いで作らなきゃ損じゃない?」
「ウェ~イ。だいさんせー。」
それを聞いて雄二が飛び起きて急に元気になる。そして二人して仲良く盛り上がる。
そんな中でも博人は独り落ち着いていて、昔を回顧する。
(昔だから無理もないか。だけどキャンプねぇ・・・。父さんと母さんの顔と星空ぐらいしか印象にないや。奏ともはしゃぎまわったっけな・・・。)
博人はとても懐かしそうな顔をして、
涙腺が緩みそうになるのをこらえた。
「どうする?」
沈黙を保っていた博人に奏はたずねる。
彼は確かな声で
「行こう」
そういった。そして三人は荷造りを始めた。
キャンプ場
移動は電車だった。あまり規模の大きくない無人駅について、念のため忘れ物がないか確かめる。ここの電車は時刻表によると三十分に一本だけだった。
(乗り逃さないようにしないと・・・。)
そう思って博人は一度すべて出してから一つ一つ確かめていった。
そして奏に
「もうここまで来てるのに意味ないよ。」
と突っ込まれていた。
数分後
ガタンゴトン
二両編成の短い列車がホームに停車した。いかにも古そうなオレンジ色の車体が印象的だった。そして大きな音を立てて扉が開く。窓が曇って中の様子までは見れなかった。
「私たちの席はここだね。」
乗車口の近くの木製のクロスシートだった。奏が持っていたキャンプには不似合いのトランクを上にあげる。あとの二人も同じようにした。そして列車は動き出す。
奏と博人が一方に座り、雄二がもう一方に座る。
「なんか貸し切りみたいだな~。」
雄二が言う。
「確かに、人の気配がしないね・・・。」
「いいじゃんかー。何かとリラックスできるぜ。特急らしいからすぐ着くかな~。」
「いや、1時間ぐらいかかるぞ。停車駅は少ないけど。」
「え~。」
そんなには待てないと駄々をこねる。そして、子供のように車内ではしゃぎまわり、あちらこちらの席を行ったり来たりしている
(まあ、よほど楽しみなんだろう。)
博人は心を許せる親友の姿をほほえましく見ている。
景色は次々と流れていく。旧式のなのに意外と速くて、
一時間どころか三十分もかからない気がした。わずかな揺れも、まさに電車旅という気分がしてとても心地よかった。
(たまには電車旅も悪くない。)
博人はそう思った。電車に乗ること自体、全員珍しいから普段の感覚とまた違った何かが感じられるのかもしれない。
その数十分の間は、カードゲームをしたり、席を移動するなどの雄二のおちゃらけた様子を見ながら過ごしていた。意外とあっという間だった。
重いトランクとスーツケースを苦労して取り出した彼らは
さっきと似たようなみすぼらしい駅で降りた。
(こんなんだったっけか?まあ、気のせいだよな・・・。)
このころになって少し違和感を感じ始めた。
ただ、記憶がどこかあいまいなので多少気になるぐらいだった。
徒歩数分、キャンプ場に一行は到着した。
だがここも例にもれずガラガラだった。
「すいてるな。もう少し人気が出てもいいぐらいのとこなのに・・・。」
「そうね・・・。」
「まあまあ、気にせず行きましょー。」
もう、すでに雄二はテントの設営を始めていた。その手順は完璧といってもいいほどだった。
「えっと、これはこうしてこれはこうだから・・・。」
(やはり料理対決を見ててもそうだが、やはり器用だな)
普段自分を不器用と感じる彼にとっては羨ましく思えた。
「なんというか・・・。」
「もはやプロの腕ね・・・。」
段々組みあがっていく様子を見て、二人とも同じことを思った。博人と奏は若干引いている。
「・・・。私たちも始めましょうか。」
「そうした方がよさそうだな。」
勝手に一人の世界に没頭し始めた雄二を横目に、設営を始める。奏はトランクから、博人はリュックサックからテントを取り出した。二人のテントは昔使っていたもので、形見の一つだ。
「おーい、できたぞー。」
雄二の声を無視して、マニュアルを取り出す。
そして二人はつたない手つきながらもなんとか完成させる。
その様子を仁王立ちしてみていた雄二に
「なんであなたはそうも早いの・・・」
と尋ねる。
「it's fantasy」
自信満々によくわからない声が帰ってきた。
「まあ、ようわからん。」
「だね。」
二人して雄二にあきれるが、なぜか見慣れた光景のような気がして二人は笑っていた。
「じゃあ、飯食べるか。」
そういって自宅から持ってきた食材を取り出す。
基本は肉ばかり。今日だけは羽目を外してということで、奮発して買った大きな牛肉と手羽元だ。火おこしはプロに任せてバーベキューに二人は備えている。
段々夜も更けてきて、明かりは火の出す光だけになってきた。肉に舌鼓を打ち、ジュースを飲みながら三人は星空を眺める。
「懐かしいな、なんかいろいろ思い出してきた。あの頃の思い出。」
「えっ・・・。」
奏は何かにショックを受けたように固まる。そして沈黙が続く。
その沈黙ののちに立ち上がり、
「博人、一緒に涼みに行きましょう。」
といった。
博人は手を引かれてついていった。
延々と道を歩いていく。どうやら山道のようだった。
周りは木々ばかりで、何もない。だからこそ、白いワンピースとこの星空が映えて見える。
たどり着いた先はトンネルだった。赤いレンガ造りの先の見えないトンネルだ。
奏は振り返る。
「ねぇ。博人。」
「なんだよ。」
「私、あなたが好きよ。」
「・・・・。」
あまりにも急なことだったから、博人はその場に無言で立っているだけになっていた。
「この先で一生楽しく私と過ごさない?もしそうしたいなら私の手を取って。」
奏はその左手を差し出す。
その時だった。
茂みから急に雄二が飛び出してきた。そしてあろうことか手に持っていた日本刀で奏の手を飛ばした。
奏は叫んだ。
「雄二、お前何を・・・。」
博人はうろたえた様子だった。
「おい奏・・・。てめぇいったいどういうつもりだ?」
博人の姿とは対照的に雄二は過去一番の眼光で奏をにらみつける。
「何をって、博人をあの世に誘ったのよ。そちらこそよくも私の手を飛ばしてくれたわね。」
雄二のことを激しくにらみつける。
「急にお前の心境が変わったんだ。あれだけの執念を抱えていたお前のことだから、何かあると思っていたよ。念のためあいつの形見の日本刀を持ってきておいてよかったよ。」
「やはりあなたの洞察力は驚異どころか脅威ね。フフフ。」
笑って見せるが、もちろん目は笑っていない。そしてワンピースは止まらぬ血で赤く染まった。
一方彼は拍子抜けしている博人に激を入れる。
「おい博人。現実を見ろ。奏は死んだ。あいつは亡霊だ。」
「・・・・。」
見せられた光景の衝撃さにいまだ心の整理がついていないようだった。一連の全てがあまりにも急だったから。だが、告げられた真実に目が覚めたような顔でもあった。
「奏・・・。なんでこんなことしたんだ。」
ついに目が覚めた博人が、彼女に語り掛けた。
「・・・・んで。」
「?」
「なんで私一人だけなの?寂しい気持ちを分かってよ!!」
そう奏は叫んだ。心からの切実な本音だった。
「その言葉、そのままお返ししよう。なぜ俺だけ置いて行かれなきゃならない。」
その言葉に冷酷に雄二は返した。だけど、博人は彼女の心を知って何も言えなかった。
「まったく、三人とは時にはつらいものね。」
「ホントだな。」
一瞬しんみりとした空気になる。しかしそんなものはすべて場の雰囲気にのまれて一瞬でなくなる。
「だけどね、やっぱり未練が残っているの。残念だけど、博人は連れていくよ。この精神世界は私が作った。だからあなたを切り捨ててこの空間から追放してやる。これが私の覚悟よ。」
奏は腕が一本ない身ながら、どこからか持ってきた包丁を構え臨戦態勢をとる。
「生きてる人間の連行は重罪だろうが。日本刀の正しい扱い方は知らないにしろ、斬ることはできた。俺はおまえを無力化させてもらう。死人だから容赦はしねえぞ。」
同じく雄二も正眼の構えをとる。博人は何もせず、いや何もできずただその場を見ていた。覚悟がない奴が出たら死ぬとどこかで感じたのだ。誰も殺したことのない二人に殺戮オーラが漂う。
しかし、その刃が交わることはなかった。
「博人!起きなさい!」
その声に博人は眼を完全に覚ました。
丁度その時博人の母親が起こしに来ていた。
精神世界は崩壊し、なんとか彼は命拾いをした。
しかし、それは彼が酷な現実を受け入れることと同じだった。
第八話、おしまい