ボロが出るおじさん
「ところでみんなは、岡倉の仕事っぷりってどう思ってる?」
俺が岡倉の話題を切り出すと、みんながざわつきはじめた。
みんなも普段から思うところはあったのだろうが、なかなか言い出せずにいたんだろう、俺にはみんなのよくぞ言ってくれたという安堵の表情を浮かべている姿が浮かんでいた。
しかし、予想と反してみんなの表情は懐疑的なものであった。俺にはその表情の真意が飲み込めずに、本日三口目のビールを飲み込んだ。
「何か問題あります? 真面目でお客さんにも人気があって、凄く良くやってると思いますよ」
千紗と愛が声を揃えて答える。そうだ、確かに外面が良いのは認めるしかないのだが「みんなも気づいてると思うんだけど、岡倉は僕が指導したやり方で仕事を進めず、自己流のやり方でやっていて周りとしても、急に違うやり方で仕事をする人が現れるとストレスじゃないかい? 」
この子達は優しいから岡倉を庇ってあげてるんだろうが、それでは彼の成長に繋がらないのだ。
俺は心を鬼にして岡倉の勤務態度を指摘した。
「上司の業務指導に従う事が出来ないとなると、最悪辞めてもらうことになるだろう。でも俺は、ここのバイト達を弟や妹のように可愛いと思ってるから、そんなことはしたくはないんだよ」
千紗と愛が顔を見合わせ困惑していると、冴子が口を開いた
「あの、勘違いしてるとこ悪いんだけど、岡倉君は本部のマニュアル通りやってるよ、廣瀬さんの自分ルールこそ他のバイトも店長も困ってるしストレスなんだけど」
開いた口が塞がらないとはこのことなのか。今の子達はマニュアル通りにすることしかできないのか……。
折角、マニュアルよりも効率の良い廣瀬システムを作りあげ、指導までしてやってるのになんて言い草だ。
強い怒りを覚えたがここは上司としてみんなを、正しく指導してやらねばならない。
「コイツは外面が良いだけで、なんの役にも立ってないんだぞ? それを庇ってやるのも良いが真っ当に仕事をしている俺が責められるのはおかしくないか? 」
庇う事が本当の優しさではない、時にはしっかりとした指導をしてやるのも優しさなのだ。
廣瀬がそんな事を考えていると千紗が口を開いた。
「本当にアンタにみんな迷惑してんだよ、仕事は全然できないくせに新しく入ったバイトに出鱈目な事を教えて、毎回私達が教え直したりアンタの仕事の後始末をしてんだからさぁ」
千紗がそう言い放つと次は愛が「お客さんにも接客中、舌打ちしたりしてどんなにクレームが入ってるか知ってる?」
愛が話し終わると、先程の意気揚々とした姿からは一転、廣瀬は狼狽した。まさか自分に限ってそんな事はないはずだという思いと、周りから尊敬の眼差しで見られていると思っていた自分が、実はこんな勘違いをされていたのだと知ってしまったのだ。
狼狽する廣瀬を尻目に、3人は堰を切ったように捲し立てた「岡倉君は、廣瀬さんの事を気にかけて、間違った指導の事も言えずにいただけ」
「私らアンタと一緒に仕事したくないから、店長にアンタとシフト被らないようにしてもらってんだよ、そのせいで勤務時間減って迷惑してるんだけど」
「何かあると、悩み事聞いてくるけど、アンタの事が悩み事なんだよね」
3人があらかた文句を廣瀬にぶつけ終わった後、廣瀬が口を開く
「それは、大きな勘違いだ。しかし、ちゃんと君達部下に僕の考えが伝えられなかったのは僕の責任だ。だけども、上司に対してアンタとかそんな口の聞き方は社会人としてどうなんだ? 」
廣瀬は自分の部下であるバイト達が、上司である自分に歯向かうのがどうしても許せなかった、社会でこんな事が許されてはいけないのだ。
苦笑いもしくは、嘲笑とも取れる表情で3人は顔を見合わせた後、3人のうちの誰かが口を開いた。
廣瀬は怒りと恥ずかしさで顔を上げる事ができず、判別する余裕がないほど冷静を失っていた。
「まず、アンタ上司でも何でもないから。私たちと同じただのバイトだよ、なんなら一度も時給アップしてないアンタより私たちの方が上まであるんですけど」
もう廣瀬には、言葉を発する気力さえ残っていなかった、もしかして勘違いしていたのは自分の方なのだろうかとさえ思えてきたのだ。
「あと、社会人としてって言う割に社会人らしいところって一つもないよね? 飲み会でこんな激安のチェーン居酒屋しか連れてけないってどうなの? 」
廣瀬には反論しようとすればいくらでも反論する事はできた。大学生の君たちに合わせて安い店にしたんだよなどと言えば、とりあえずの体裁は保てるだろう、しかしそれを言ってしまうと自分が更に言い返され、惨めな気持ちになるであろうと思うと言い出せずにいた。
気まずい沈黙を岡倉が破る
「いや、3人共言い過ぎだって。廣瀬さんだって悪気があるわけじゃ無いだろう、それに僕たちだって悪いところはあるんだから。それにこのお店だって大学生でお金もないだろうって、僕たちを気使ってくれたんじゃないか」
いつもの、チャラい雰囲気ではなく真摯に話す岡倉に対して廣瀬にはある感情が芽生えた。