第八話「再会」
この大陸で人間の歴史が始まってから三百余年。
資源が豊富で肥沃な大地が広がる内陸部に国を興そうと旗を立てた者は数多くいた。
しかし、そのすべては建国して十年以内に滅んでいる。
『極大結界』を擁するオルグルント王国だけが唯一の例外だ。
(そして、ここはその例外に漏れなかった場所)
目の前に広がる旧王国街を見渡しながら、私はそんなことを考えていた。
「ボロボロね」
木で組まれた家は長年の風雨にされされて半分以上が自然に倒壊している。
石で組まれた建物はまだ形を保っているけれど、これもいつまで保つか。
大した風も吹いていないのに、街のどこかしらからきしむ音がひっきりなしに聞こえてくる。
一月前、サンバスタ王国に行った時もボロボロの市街地を見たけれど、ここはそれ以上だ。
知らずにここへ迷い込んだらただの瓦礫の山としか認識できないだろう。
「立入禁止になる訳だわ」
旧王国街の入口には警備兵が立っていた。
そこまでするほどのものかと思ったけれど、中を見て納得した。
間違って市民が入りでもしたら建物の下敷きになってしまうかもしれない。それを防ぐための措置だろう。
「――」
しばらく道(らしき場所)を歩き、ふと右に振り向く。
同じような瓦礫が続く風景が続いているけれど、何か違う。
建物が軋む音に隠れるように、別の音がする。
人が入れない場所のはずなのに、生き物の気配がする。
非科学的な勘のような領域の話だけれど、私はここに人がいることを確信した。
「隠れるとしたら……あそことか?」
崩れた家が立ち並ぶ中、石造りの建物がぽつんと見えた。
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近付いてみると、それは三メートルほどの高さの塔のようなものだった。
残っているのが外観だけなので『ようなもの』としか判別できない。
市民に時間を伝える時計塔だったのかもしれないし、外敵をいち早く発見する監視塔だったのかもしれない。
扉のない入口から中に入ると、壁に沿ってらせん状に階段が見えた。
それ以外は何もなく、一見すると隠れられそうな場所はない。
あるとすれば階段を登った先くらいか。
確認するために階段へ足をかけようとして、ふと思いとどまる。
「マリアがこんなところに隠れるかしら」
確かに外から見えづらい場所ではあるけれど、旧王国街の中でこの塔は目立つ。
今の私のように、当てずっぽうで確認される可能性もある。
彼女の性格を鑑みるなら、もっと目立たない場所に溶け込むようにしているはず。
「……実は隠し通路があるとか?」
ここにはそういう場所が多いという話を思い出し、私は上ではなく下を見た。
床をさらりと撫でると、石の隙間からひやりとした風を感じた。
床の下に空間がある証拠だ。
「壊すしかなさそうね」
開きそうな仕掛けが見当たらなかったので、手っ取い方法を取った。
拳を握り、狙いを定める。
「聖女パ――」
瞬間。
ごうん、という音と共に私は崩れて来た塔の下敷きになった。
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「びっくりした」
月明かりも差し込まないほど敷き詰められた石の下で、私は目を瞬かせた。
【聖鎧】のおかげでダメージはゼロだ。
「……ん?」
瓦礫を押しのけようとして、ふと人の気配を感じる。
耳を澄ませると、話し声が聞こえた。
「追っ手は始末した。もう急ぐ必要もないだろう」
「彼女はこの程度では死にませんよ。もしかしたら瓦礫の下で聞き耳を立てているやも知れません」
声音からして男が二人、私の頭上で会話をしている。
『始末した』と言うところを見るに、今の倒壊は彼らによって引き起こされたものらしい。
片方の男の声には、聞き覚えがあった。
「はっはっは。しばらく会わないうちに面白い冗談を言えるようになったものだ」
男の一人が朗らかに笑う。
続いて、ずし、ずし、という音がした。
足元の瓦礫を踏みしめているのだろう。
間接的に私を上から踏んでいるように思えて、少し腹が立った。
「――ふぅ」
静かに呼吸を整え、拳を握る。
神から下賜された、聖女だけに与えられる神聖な力とやらを破壊の力に変換しつつ、天に向かって狙いを定める。
「この塔の質量に圧し潰されて死なない訳がないだろう。そんな奴がいたら顔を見てみた」
「聖女パンチ」
「いわああぁぁぁー!?」
私にのしかかっていた瓦礫が、パンチに吹き飛ばされて盛大に空を舞った。
瓦礫の上にいた男の姿も同じく空を飛び――そして、同じように地面にべちゃりと落ちた。
「――こういう顔だけど?」
「あ、あが……」
気絶している男に一応顔を見せ、フン、と鼻を鳴らす。
「やはりこの程度ではあなたの足止めにもなりませんね。聖女クリスタ」
「フィン」
聞き覚えるある男の方へと振り向く。
そこにいたのは、ホワイトライト領でユーフェアの姉、リアーナの護衛をしていた人物。
「ちょうどいいわ。あなたにはもう一度会わないとって思っていたの」
フィンはあの一件で唯一、ルビィを傷付けたおしおきをし損ねた男だ。
これ幸いとばかりに、私は拳を鳴らした。
「あなたほどの方にそのように仰っていただけるとは。光栄の極みです」
「ふざけないで。今度は何を企んでいるの」
「何も。私はただ、勅令に従うのみです」
「勅令……?」
その物言いに違和感を覚える。
勅命は、王から命令されること。
傭兵であるはずのフィンがいうような言葉じゃない。
「――ああ、そういえば申しておりませんでしたね。私は傭兵ではありません」
フィンは胸元から鎖にぶら下げられた紋章を掲げ、こう告げた。
「フィン・G・グラシアル。ワラテア王国にて聖騎士を務めております」
「嘘ね。その紋章も偽物でしょう」
私は間髪入れずにそう断じた。
「ワラテア王国でも指折りの精鋭がこんな場所に、理由もなく来るはずないじゃない」
「――理由ならありますよ。要人をお迎えするにあたり、下の人間では無礼でしょう」
「なんですって?」
「言ったではないですか。要人をお連れしている、と」
フィンが、すっ――と横にずれる。
彼の影に隠れていたらしい人物が、私の視界に映った。
「………………マリア?」
そこにいたのは、私が探していた人物――マリアだった。




