第七話「きな臭いもの」
「俺が知ってるのはこんなところだ」
「やっぱりマリアは来ていたのね」
私が予想していた通り、やはりマリアはエリストンにいる。
あの謎かけはエリストンのことを指していたこと。
正規の方法――門番が守る入口――ではなく、裏の方法――仲介者に金を払い、門を通らない――で中に入ったこと。
その両方とも当たっていた。
けれど、なぜそうしたのかまでは分からない。
「裏の方法でマリアを入れたのは誰?」
「知らねえ」
「知らない?」
「背の高い男。それ以外の素性は全く分からねえ」
この情報屋はどちらかというと裏に通じている人間(メイザ談)だ。
てっきり入れた人物の情報も得られるかと思ったのだけれど、分かったのはざっくりとした外見のみ。
一気に正体まで分かるかと期待していたけれど、そこまでは至らなかった。
「今の話。本当に知らないのか?」
と、ここで静かに成り行きを見守っていたメイザが動く。
手のひらを情報屋に向け、関節を鳴らして威嚇する。
「それとも忘れているだけか?」
「待て待て、俺はあんたらの味方だ!」
「どうだか。お前はすぐ寝返るからな」
指を鳴らし、メイザは一歩前に出た。
「それよりもクリスタ様の質問についてだ。忘れている可能性もあるだろうから、思い出させてやろうか。そういう手伝いをするのも私は得意だぞ」
「本当! 本当に知らないから! 指パキパキするのやめて! 怖い!」
「メイザ。その辺で」
「――は。出過ぎた真似をして申し訳ございません」
情報屋が怯えて話ができなくなる。
片手を挙げてメイザを止めると、彼女は静かに後ろに下がった。
「まったく、なんて女だ」
ふぅ、と汗を拭う情報屋。彼が落ち着くまで少し待ってから、別のことを尋ねる。
「マリアは今もエリストンにいる?」
「……」
情報屋は地図を机に広げ、街のはずれの一角を指した。
「そこにマリアがいるってこと?」
「昨日までは、な」
エリストンの一角を手で囲いながら、彼は続ける。
「この辺りは旧王国時代の建物がそのまま残っている。どこがどう繋がっているのか皆目見当もつかん」
「誰にも気付かれず移動されている可能性もあるってことね」
「そういうこった」
オルグルント王国ができる前、エリストンに小さな国があった。
魔物の進行によって滅亡したらしいけれど、かの国の建物は今も残っている。
他国の侵略や魔物の進行から逃れるため、やたらと秘密の通路が多いことが特徴だ。
「それだけ分かれば十分よ」
私は財布から金貨を取り出し、テーブルに置いた。
「足りるかしら」
「全然足りねえ――と言いたいところだが、初回ってことでまけといてやる」
「ありがと」
小気味な返しに、私はにこりと微笑んだ。
こういう手合いは嫌いじゃない。
「ひとつ頼まれてほしいんだけど」
「なんだ」
追加で金貨を数枚置きつつ、伝言を頼んだ。
「何日か後に他の聖女もエリストンに来るわ。彼女たちにも今の情報を教えてもらいたいの」
「……そいつらにも同額を請求することになるが」
「構わないわ」
聖女の給金を考えれば金貨の一枚や二枚くらい、大したものじゃない。
みんな普段から持ち歩いているだろうし。
「金を積んでくれるなら良し。交渉成立だな」
「よろしくね」
がっちりと握手をかわし、私は情報屋を出た。
▼
「ありがとね、メイザ」
「お役に立てて何よりです」
メイザのおかげでかなりの時間が短縮できた。
マリアの居場所までは突き止められなかったけれど、足取りは掴めた。
旧王国街にまだいればそれで良し。
いなかったらいなかったらで、調べれば何か掴めるものがあるだろう。
「エリストンにはあと何日滞在しているの?」
「明日の朝までです」
メイザは既に何日かここで過ごしているらしく、朝一番の乗合馬車で帰ってしまうらしい。
つまり、ルビィに会えるのは明日の朝まで。
「もし時間があったら会いに行くわ。それまで私がいることは内緒にしておいて」
「かしこまりました」
ぺこりとお辞儀をしてから、メイザは旧王国街の方角へ目を向けた。
「既に耐用年数を超えた建物が多く、倒壊の危険もあるとのことです。くれぐれもお気を付けくださいませ」
「大丈夫よ。私強いもの」
『聖鎧』があれば家が倒壊した程度で死ぬことはない。
ぐ、と力こぶを作る真似をしてから、私はメイザと別れた。
少しずつマリアに近づけている実感がある。
しかし安堵感は生まれず、むしろきな臭いものの匂いがどんどん強くなっている。
そもそも話の発端から異常だった。
マリアが忽然と消え、エリストンに裏の方法で入り、潜伏している。
もしそれが誰かが仕組み、手引きしているとしたら。
マリアと一緒にいる相手は、相当に強い力を持っている可能性が高い。
もしくは――何かを人質に取られ、脅迫されている?
(いえ、それはないわね)
浮かんできた考えを、頭を振って払う。
マリアなら誰を人質に取られても従うことはしない。
彼女はただ、ルールに準じるのみだ。
(ここであれこれ考えても仕方がないわ。まずはマリアを見つけること。それ以外のことは後!)
目指す旧王国街は、すぐそこだ。