第六話「問題ありません」
「こちらです」
情報屋には色々なタイプが存在する。
街の有力者に庇護されて裕福な暮らしをしている者。
街の雑踏に溶け込み、普段は一般人に扮する者。
街の裏側で一定の影響力を持ちつつ暗闇に潜む者。
メイザが案内する先――やや細い路地裏の奥――から察するに、おそらく二番目か三番目だろうと予想していると、重要なことを思い出して足を止めた。
「どうされました、クリスタ様」
「私、お金あんまり持ってないわ」
情報屋と繋いでもらうまではいいけれど、そこから先の値段交渉は私がしなければならない。
メイザの顔見知りという点を差し引いてもそこそこの支払いは発生することを考えると、今の懐は非常に心許ない。
「足りるかしら」
「問題ありません」
不安を口にする私に、メイザはそう断言した。
よほど情報屋と仲が良いんだろうか。
「到着しました」
メイザが示した先には、古ぼけた家があった。
経年劣化で素材の味が増している……とかではなく、ただ単に風にさらされてボロボロになっている。
「あの家の地下室に店を構えているはずです」
「メイザも来るのは久しぶりなの?」
「ええ。エレオノーラ家に仕えてからは一度も来ておりません」
「関係が清算されていたりしないわよね?」
情報屋は現金だ。
仲良くなっても付き合いが無くなればあっさり関係を清算するような人が多い。
メイザと情報屋がどういう仲だったのかは知らないけれど、顔見知り補正は期待できない気がする。
「問題ありません。奴が私を忘れるはずがありません」
「?」
自信たっぷりに言い放つメイザ。
その根拠が何なのか、五分後に理解することになる。
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地下に通じる道には鍵がかかっていた。
どうやら鍵を持っている案内人などを通さないと会えないような仕組みを取っているらしい。
その手順を飛ばしてここへやって来たということは、合鍵を持っているのだろうか。
「どうするの?」
「問題ありません。この程度の鍵」
メイザは懐から針金を取り出して鍵穴をこちょこちょと弄る。
ものの一分も経たないうちにあっさりと開錠してみせた。
「空きました」
「そんなやり方でいいの!?」
私自身、こういう相手とのやり取りは経験が少ない。
ベティとかエキドナの方が詳しくて、彼女たちから聞きかじっただけの知識が多い。
それら知識を参照すると……なんというか、情報屋相手にやってはいけないやり方をしているような。
「問題ありません」
もう何度目か分からない「問題ありません」を言うメイザ。
ここまで来たんだから任せるしかないけれど……。
不安六割、期待四割でメイザの後に続く。
等間隔に設置された光源が示すまま進むと、扉が見えた。
メイザはそれをノックもなしに開け放つ。
部屋の中は応接室と執務室が混合したようなごちゃついた感じの部屋になっていた。
左右にも部屋があるようだ。左側には簡易的なベッドがあり、右側はおそらく給湯室だろうか。
真正面に見える執務机には、小太りで「いかにも」な中年の男が何かの書類に目を通している。
男は大きなため息を吐きながら、ゆっくりと顔を上げた。
「合言葉とノックを必ずしろと言っているだろうが。どんだけ物覚えが悪いんだお前は――」
「久しぶり」
「ぎゃああああああああ!? ははは、白銀の死神ぃ!?」
メイザの挨拶に、男は悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。
よたよたと四つん這いになりながら隣室へと逃げ惑う。
メイザは音もなく男の傍に移動し、彼の背中を踏みつけた。
「ふぎゃ!?」
「命の恩人に対してその反応は何?」
「ひぃい!? お許しを、お許しを!」
「あの……」
想像とはまるで違う再会風景だった。
てっきり笑顔で握手でもするのかと思いきや、相手はメイザを見るなり逃げようとした。
さすがの私でもこれには困惑してしまう。
「失礼いたしました。こいつが逃げようとするので」
「二人はどういう関係なの? 顔見知りと思ってたんだけど」
男はメイザを知っているようだったから、顔見知りではあるんだろうけども。
どう好意的に見ても友好的な関係だったとは思えない。
「端的に言うと、元標的です」
「標的」
「はい。こいつは本当なら二年前、私に殺されるはずだった男です」
今はすっかりメイドとして定着しているけれど、メイザの前職は暗殺者だった。
「しかしその直前でクリスタ様と出会ったことで、こいつは生き延びました」
「あー、そういうことね」
私とメイザの出会いは二年前。
彼女の仕事現場を目撃してしまい、襲い掛かられたことがきっかけだった。
返り討ちにして、なんだかんだでメイドとして雇い入れた。
あの出来事がなかったら、次の標的は彼だった――という訳か。
「白銀の死神は死んだんじゃなかったのか!?」
「ええ、死んだわ。私はもう殺しはしない」
足の下でじたばたともがく男に、メイザはささやきかける。
「けれど主の為ならやぶさかではないわ」
「おふっ」
ぐり、と足の角度を変えるメイザ。かかとが沈み込み、男が苦しそうにうめき声を上げる。
「二年間でずいぶん偉くなったようじゃない? さぞ情報網も広がっているんでしょうね――それを我が主のために役立てなさい。さもないと」
「なんでも話します! 仰せのままにぃ!」
「よろしい」
言質を取ると、メイザはさっと足をどけた。
給湯室に入るとさっと二人分のコーヒーを入れ、それをソファの前のローテーブルに置く。
「お待たせしましたクリスタ様。こちらにおかけください」
「……え、ええ」
情報屋の男には悪いことをした気がするけれど、助かった。
▼
「聖女マリアがこの街に来ているか知りたいの」
「――ああ、来ているぜ」
情報屋の男は恐れていた相手の主である私に恐れたり、暗殺者が入れたコーヒーのおいしさに驚いたりしつつ、ゆっくりと語り始めた。
おまけ
白銀の死神に怯えながらソファに座る男。
目の前には、彼女が入れたコーヒーがある。
何を入れられているのか分かったものではないので手を付ける気はなかったが……。
(なんだ? このいい匂いは)
コーヒーから漂う香りに、男は鼻をひくひくとさせた。
白銀の死神はこの部屋の設備を使っていた。湯も、豆も、ミルやポットもすべてこちらのものだ。
当然、男は普段からこのコーヒーを飲んでいるし、コーヒーへの造詣も深い方だと自負している。
同じなのに、ここまで香りが変わるものなのだろうか。
手を付ける気はなかったのに、自然と手が伸びていた。
カップに口を付け、それを口内で味わう。
「………………うまい」
思わず、そんな一言が漏れた。
「白銀の死神の入れたコーヒーがこんなにうまいとは」
「その名前で呼ぶのはやめなさい。今の私は一介のメイドだ」
軽くそう言う白銀の死神――もとい、メイザ。
(本当に足を洗ったんだな。そのきっかけを与えた聖女クリスタ。すげぇ人だ)
かつてのメイザを知っているからこそ、男は聖女クリスタに強い興味を抱いた。
(とんでもなくツイてない日かと思ったが、こんな人に恩を売れる機会なんてそうないぞ。こりゃとんでもないラッキーかもな)
したたかなことを考えつつ、男はクリスタの質問に答えた。