第五話「意外な繋がり」
「そろそろね」
ワイバーンの背に乗ること一日半。
遥か彼方にあったエリストンの街が近づいてきた。
馬なら一週間はかかった道のりだった。それをここまで短縮できた意味は大きい。
「ありがとう。やっぱりあなたは早いわね」
お礼を言うと、ワイバーンはこちらをちらりと一瞥した。
なんとなくだけど「そうだろうそうだろう」と自信に満ちた目をしている気がする。
「降りる前に頼まれていたものを終わらせておきましょう」
私は懐からメモ帳を取り出し、さっと走り書きをした。
「ワイバーンについて。目的地到達までの速さは馬の約四倍。地形に左右されないが、反面、太陽や風、雨の影響を強く受ける。防寒・防暑・防水対策必須。稀に吹く突風で落ちる可能性あり。万が一に備え、固定具が必要――と。こんなものかしら」
ワイバーンを借りる条件として、乗り心地についての体験談を記すよう頼まれた。
前回の時も使わせてもらっているけれど、ワイバーンはまだ実用化前の状態だ。
こういった試乗体験はマクレガーたち研究者にとっては金言としてありがたがられる。
「これでよし」
書き終えたメモを懐にしまい、ワイバーンに降りるよう命じる。
街の上空から下に飛び降りる方法が一番早いけれど、今回は大人しく徒歩で行くことにした。
「ありがと。また呼ぶわ」
ワイバーンをひと撫ですると、がふ、と鳴いてからどこかへと飛び去って行った。
最初こそ気性が荒いと思っていたけれど、こうして慣れると可愛いものだ。
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エリストンは東の辺境領だ。
南の辺境領シルバークロイツと同様、国外の玄関口の役割をしている。
しかし、シルバークロイツほど人の出入りは多くない。
大陸中央にある魔物の巣窟、そして北東のルトンジェラと距離が近いため、街道で魔物と遭遇することが多いためだ。
南に行けば絶対に魔物と遭わない訳じゃないけれど、東の道を進んだ方が可能性は高い。
なので、よほど急ぎで外に出たい・もしくは腕の立つ護衛がいない限りはみんな安全な南を選ぶ。
「前に来たのは五年前だったかしら」
私も来るのはかなり久しぶりだ。
あの時は教会の公務で新聖女としての顔見せをしていた。
かなり無理のあるスケジュールで、見たい場所も見れずマリアに引きずり回されたことをよく覚えている。
当然、土地勘などは全くない。
「聖女クリスタ様。ようこそエリストンへ」
真面目そうな門番に身分証を見せると、彼は背筋を伸ばして歓迎の言葉を口にした。
「聞いてもいいかしら」
「はっ。何なりと」
「聖女マリアは来ていなかった?」
門番は隣にいた同僚と顔を見合わせ、首を傾げ合った。
「申し訳ありません。私どもは見ておりません」
いない。
ということは、あの謎かけの答えが別にある?
――いや。わざわざ「国」と限定しているくらいだ。東以外思いつかない。
私の知識の外側にある何かでない限りは合っているはずだ。
他に解釈の仕方があるのか、それともただ混乱させるためのフェイクだったのか。
「……」
「聖女クリスタ様? 聖女マリア様に何かございましたか?」
「――何でもないわ。ここに来ていると聞いたんだけど、私の勘違いだったみたい」
マリアがいなくなっていることはまだ公然には知られていない。
はは、と笑いながら誤魔化す。
期待していた答えは得られなかった。
けれど、まだここにいる可能性は捨てきれない。
私は進行方向を街の中へと向けた。
「せっかくここまで来たから観光してから帰るわ」
「ぜひそうしてくださいませ。名物の茶菓子は一度食べたらやみつきになりますよ」
「ふふ。それは楽しみね」
▼
マリアを見つけるだけなら領主に事情を話し、協力を仰ぐのが一番手っ取り早い。
けれど事情が事情だし、百パーセントいるかも確定していない。
領主の人となりもよく知らないし、仮にユーフェアの父親みたいなろくでなしだったら大問題になる。
時間はかかるけれど、やはり一人で探すしかない。
「グレゴリオ卿だったら話ができたのに……まあいいわ」
文句を言っても現実は変わらない。
「まずは情報屋を見つけるとしましょうか」
こういう時に頼りになるのが情報屋だ。
けれど馴染みのない土地で、部外者の私が訪ねて素直に教えてくれるとは思えない。
「いざとなったら無理にでも聞くしかないわね」
拳を、ぐっ、と握りしめて決意を固めていると――。
「クリスタ様?」
聞き覚えのある声がした。
そちらを振り返ると、これまた見知った顔がいた。
「メイザ? どうしてここに」
「観光です。ルビィ様もいらっしゃいますよ」
「ルビィが来てるの!?」
「あちらの宿で先に休まれています。ご案内しますよ」
「ええ、ありが――じゃない!」
むくむくと湧き上がる会いたい気持ちを、気合で押さえつける。
(落ち着きなさいクリスタ。今はマリアが優先よ! ああでも少しだけ、五分だけ会って元気を分けてもらって……いやいや!)
胸中で葛藤していると、メイザは長く接している人間にしか分からないレベルで微妙に眉をひそめた。
「……何かお困りでしょうか? クリスタ様がルビィ様と会うことに葛藤するなんて」
「ちょっと急ぎで調べたいことがあって、情報屋を探しているの。けれど知り合いがいなくて……」
「そうでしたか」
「ちなみにだけど、ここの情報屋と知り合い……なんてことはないわよね?」
「ございますが」
「そうよね。そんな都合のいいことなんて――え!?」
いい意味で期待を裏切る言葉に、私は思わず顔を上げた。
「よろしければご案内しましょうか」
「お願いするわ!」
「承知しました。こちらへどうぞ」
二つ返事で頷くと、メイザは街道の隙間にある細い道を示した。