第四話「東へ」
城下町を歩きながら、先ほど手に入れたマリアに通じるヒントを改めて再考する。
オルグルント王国よりもはやい国。その答えはおそらくワラテア王国で合っている……と、思う。
けれどそれをそのまま受け取っていいのかは疑問が残る。
ワラテア王国は東にある大国だけど、オルグルント王国との関係はよろしくない。
簡単に説明すると、ワラテア王国に「『極大結界』の技術を教えろ」と言われたけれど、オルグルント王国がそれを拒否したことが原因だ。
拒否したというか「やりたくてもできない」が正しい。
オルグルント王国の『極大結界』は「もともとそこにあったもの」であって、一から作ったものじゃない。
聖女が管理者と言われているけれど、厳密には違う。
正しく言うなら、聖女がやっていることはあくまで燃料の補充。保守だ。
荷車を引く馬の世話はできるけれど、新しく馬を連れてくることはできない。
そう何度も説明しているらしいけれど、ワラテア王国側はこちらの言い分を信じてくれない。
自分たちだけ有利になるよう、技術を秘匿している――そう思われているらしい。
まあ、中の事情を知らない人はそう感じるのかもしれない。
ともかく、そんな国にマリアが行く、なんていうのはかなり不自然だ。
「出てきた答えから方角だけ抜き取るのが正解なのかしら」
ワラテアから示される方角。つまり、マリアの行く先は東。
「ひとまずエリストンに向かいましょうか」
私は行く先を東の辺境領、エリストンに定めた。
ワラテアよりは距離や日数から換算しても現実的だ。
……まあ、あのマリアが連絡もなしに消息を絶つことがすでに現実的じゃないんだけど。
例によってベティとは連絡がつかない。
彼女に力を貸してもらえたら一番早かったんだけど、繋がらないものは仕方ない。
効力の消えた念話紙を丸め、別の方法で向かうことにする。
「なんとなく傷心に浸りたくなって小旅行をしている――とか、そういう理由でありますように」
何事もないことを祈りつつ、曲がり角に差し掛かると。
「あれ、クリスタ?」
「エキドナじゃない」
珍しい人物と鉢合わせした。
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「王都にいるなんて珍しいわね。何か用事?」
聖女となった後も生まれ故郷である村の一員としての生活に勤しむエキドナ。
なので、よほどの何かがないと王都には来ない。
「ああ。教会の呼び出しだよ」
「!」
「ちょうど良かった。なんであたしが呼び出されたのか、クリスタなら分かるか? こういう呼び出され方は初めてで、なんかやっちまったのかとずっと悩んでて……」
「ええ、分かるわよ」
「おお! さすがベテラン!」
まるで私が常習的に呼び出されているかのような言い方はちょっと気になったけれど、そこはひとまず置いておく。
エキドナが呼び出された理由は十中八九、マリアに関してだろう。
「安心して。怒られるとかじゃないわ」
「本当か? でもすごく焦った感じで『いいからすぐに来い』みたいに言われたんだけど」
「ちょっとこっちに来て」
人が行き交う場所で話す内容ではないので、エキドナを連れて路地裏へと移動する。
「実は、かくかくしかじかで」
「マリアが!?」
「しー! 声が大きい」
あんぐりと開いたエキドナの口を塞ぎ、人差し指を立てる。
……場所を変えて正解だった。
「すまん。予想の斜め上すぎることを言われて、つい……」
「まあ無理もないわ。私も驚いたから」
マリアは個性派揃いの聖女たちと教会を繋ぐ役割を担っている。
式典などの形式的なものはマリアの尽力なしでは成り立たない。
「—―ああそっか。王国誕生祭が近いから、余計に焦っているのかも」
三か月後に予定されている、国を挙げた一大イベントである王国誕生祭。
すでに準備は進んでいて、マリアももちろん諸々の調整を行っていたはず。
「つったって、ルトンジェラで会った以降は一回も会ってないぞ」
「それをそのまま言えばいいわ」
神官たちの口ぶりからして、私たちから情報が出ることを期待はしていない様子だった。
念のため聞いている、という感じだろう。
「クリスタの次にあたしってことは、ベティやユーフェアも呼び出しがかかってるのかな」
「おそらくね」
ユーフェアの様子から考えると、知っている風ではなさそうだった。
ベティもたぶん何も知らないだろう。
残されたヒントはやはりあの謎かけのみだ。
「ワラテアの方が太陽が昇るのが早い……そうなのか?」
「ええ。ほんの十分くらいだけどね」
「東、東ねぇ」
エレンから聞いた謎かけとその答えをエキドナにも伝えておく。
「理屈が分からないんだけど、合ってるのかそれ?」
「それを確かめるためにも、いまからエリストン辺境領に行くつもりよ」
「分かった。あたしも終わったら手伝うよ」
「助かるわ」
エリストン領はシルバークロイツの影に隠れているけれど、かなり大きな領土を誇る辺境領だ。
信頼できる人手は一人でも多い方がいい。
「それじゃ、エリストンでまた会いましょう」
「ああ」
エキドナと別れ、私は魔法研究所へ戻った。
ベティは捕まらない。かと言って馬車では時間がかかりすぎる。
なので私は第三の移動手段を借りることにした。
自室に降りる階段を通り過ぎ、魔物研究者の方へ向かう。
「マクレガー」
「早いな。もう帰って来たのか。どうした?」
「ワイバーン貸して」