第三話「ヒント」
「おさげの子ですかぁ?」
「ええ。誰か知らないかしら」
聖堂の掃除を面倒そうにしていた二人組のシスター見習いを呼び止め、話を聞く。
高位神官から聞いた特徴を話すと、二人はそれぞれ腕を組んだ。
「うーん。平民出身で、肩くらいの長さのおさげの子……」
「けっこういますよ。私もこの子も平民ですし」
見習いは妙に聖女を神格化してカチコチになる人が多いけれど、この子たちにそういった緊張は見られない。
教会の規律に照らし合わせると不敬なのかもしれないけれど、これくらい堅苦しくない方が私としても話しやすい。
「髪の長さも既定の範囲内ですし。もっと他に特徴とかないですか?」
「なら、十二日前に夜回りの当番をしていた子。これでどう?」
「あ、それなら……」
範囲を絞ると、シスター見習いはピンと来たように指を立て――。
「—―って、そんな前のことなんて覚えてませんよ」
「私たち、そんな記憶力ないですから」
自分の額を、ぺち、と叩くシスター見習い。
「覚えてそうな子はいない?」
「当番表を見たほうが早いと思いますよ。控室にあります」
「……それもそうね。ありがとう」
二人に礼を言い、私はきびすを返した。
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「十二日前、十二日前……あったわ」
当番表によると、夜の見回りをしていた人物は三人。
「フィル、エレン、シオン」
名前を頭の中のメモ帳に記し、シスターから彼女たちの特徴を聞き出す。
フィルの出自は平民ではなく、シオンの髪型はおさげではない。
該当する人物は、自然と一人に限定された。
エレン。
彼女が、マリアを最後に見た人物だ。
「……」
当のエレンは、ちょうど第二区画の廊下に飾られた花瓶を磨いているところだった。
遠目からその特徴を観察する。
おさげ。平民特有の暗い茶髪。そして、十二日前の夜回りを担当した。
確信を得た私は、すたすたと近づいて背後から声をかける。
「エレン。少しいいかしら」
「はい。何でしょう」
振り返ったその表情は、他人に疎い私でもはっきり分かるほどに疲れ切っていた。
本来あるはずのあどけない可愛らしさは成りを潜め、疲労の色が濃く見える。
私と目が合った瞬間、びくん、とエレンは身体を強張らせた。
「せ、せせせせ聖女クリスタ様!?」
「そんなに緊張しないで。少し、話がしたいだけなの」
「わわわ、私のような者にいったい何の御用で――あぁ!?」
身体を震わせた拍子に、彼女の肘が花瓶に当たる。
ごとり、と大きく傾いた花瓶は、そのまま床へ――。
「ほいっと」
――叩きつけられる前に、それをキャッチする。
「危なかったわね」
「あ……ありがとうございます」
「いいのよ。それより、マリアについて聞きたいことがあるの」
マリア、という言葉に、エレンはまたもやびくりと反応した。
「えっと。聖女マリア様のことと申されましても、私は何も存じ上げておりませんが……」
所在なさげに手をもじもじさせるエレン。
あからさまに泳ぐ目線は私に緊張しているのではなく、嘘をついていることへの罪悪感からだろう。
私と同様、高位神官に口止めされていると予想する。
そして、それに対する口実もちゃんと考えてある。
私は周囲を警戒する素振りを見せつつ、小声で耳打ちした。
「実は、神官様から命を受けてマリアの捜索をすることになったの」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。あなたのことは神官様から聞いたのよ。だから安心して話していいわよ」
「……で、では」
にこ、と微笑みかけると、エレンはおずおずと話し始めた。
▼
エレンの話を要約すると、こうだ。
夜回りをしていると、部屋の扉が開く音がした。
音のする方に向かうと、廊下を歩くマリアを見かけた。
声をかけると、「少し出る」とだけ言って教会を後にした。
「以上です」
聖女が遅い時間に外へ出る。
普通に考えると疑問符を浮かべるところだけれど、エレンはそうは思わなかった。
以前も一度、夜に出て行くマリアを見たことがあるらしい。
「マリア様は……ご無事なのでしょうか」
話し終えると、エレンはうずくまり手で顔を覆った。
どうやらマリアがいなくなったことを自分のせいだと責めているらしい。
「私があの時、引き留めていれば……うぅ」
「あなたのせいじゃないわ」
この子にマリアを止めることはできない。
立場的にも、身体能力的にも。
「ちなみに、どこに行くかは言っていなかった?」
「申し訳ありません。神官様にも同じことを聞かれましたが、何も……」
「そう。他に、何か変わったこととか、気付いたことはある?」
「……全然、関係ないことだと思うんですけど」
思い出したように顔を上げるエレン。
「謎かけをされました」
「謎かけ?」
「はい。『オルグルント王国よりもはやい国はどこか』と」
「オルグルント王国よりも、はやい国……?」
「私には何のことだかさっぱりでした」
「……」
――なるほど。
「分かったわ」
「え!?」
オルグルント王国よりもはやい国。
この『はやい』とは、日の出のことだ。
太陽は東から登り、西に沈んでいく。
これは大陸の外であろうと通用する共通認識だ。
しかし、その時間は太陽を見る場所により微妙にズレが生じる。
細かな説明は省くけれど、太陽が昇る方角――東に近いほど日の出がはやい。
そして、この大陸でオルグルント王国よりも東に位置する国はたった一つ。
「謎かけの答えは、東の大国、ワラテア」
「ワラテア……?」
それがマリアの行く先に繋がっているかの確証はない。
けれどそれがたった一つ残されたヒントであるなら、行く価値は十分にある。
「安心して。マリアは私が見つけて、必ず連れて帰るから」
エレンにそう約束し、私は教会を後にした。
おまけ
「謎かけの答えは、東の大国、ワラテア」
「ワラテア……?(なんで? どうしてそんな答えになるの???)」
「安心して。マリアは私が見つけて、必ず連れて帰るから」
「あっ……(待って! 謎かけの解説を……! 気になって眠れない!)」