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第二話「余計なこと」

 マクレガーとユーフェアを交えて話をしていると、扉の隙間から、すとん、と音がした。

 私宛の手紙だ。たぶん集合ポストから誰かが持ってきてくれたんだろう。


「いい。座ってろ」


 取りに行こうとする私を制しながら、マクレガーがすたすたと扉の前に落ちた手紙を拾う。


「うぅ……気配りもできる。手ごわい……」


 マクレガーの背中を恨めしげに見ながら、ユーフェアが何かをぼそぼそと呟いていた。


「ほらよ」

「ありがヴェ」


 便箋が見えた瞬間、お礼の言葉が苦悶の声に化けた。

 一見すると何の変哲もない便箋だけど、あくまでそれは普通を装うためのもの。

 嫌と言うほどそれを見ている私にはそれが嬉しくないものだと見分けがついた。

 その手紙は、教会からの命令書だ。

 きっとろくでもないことが書かれていることは想像に難しくなく、封を開ける前から眉が寄ってしまうのも仕方がないというもの。


「ん」


 手を伸ばしたまま固まる私の手のひらの上に、ぽん、と手紙が乗せられる。

 読まない訳にはいかないので、しぶしぶ封を開けた。


「……」

「それ教会からだよね? 何が書いてあるの?」


 ユーフェアがひょっこりと顔を覗かせる。

 無関係の人間には見せられないけれど、同じ聖女であるこの子なら特に問題はない。


「『聖女クリスタに告ぐ。即刻教会本部・第三聖堂に至るべし』」

「マクレガーもいるのに声に出しちゃダメでしょ」

「あっ」


 慌てて口を塞ぐユーフェア。

 恐る恐る、マクレガーの方を見やる。


「分かってるって。俺は何も聞かなかった。これでいいか?」

「ご、ごめんなさい……私のせいで」

「いいって。もしバレても命を取られるわけじゃねえだろ?」

「もうそんな時代じゃないわよ」


 昔の教会はとても厳しく、仮に洩れるようなことがあれば次の朝に行方不明者が出る――なんてことがあったらしいけど。

 それもあくまで噂で、本当にそんなことがあったとは思えない。

 一応、神の声の代弁者として民を幸福に導く――っていう教義があるわけだから、教会の都合で人の命を奪うなんてことはしない。


「とにかく、すぐに出るわ」

「じゃあ、私は帰るね」

「俺も自室に戻るとするか」


 みんなで席を立ち、私はすぐに教会へと向かった。



 ▼


「一体何の用かしら」


 教会への道を歩きながら、私は首をひねる。

 自然と、思考が直近でやらかしたことの検索を始める。


「前の論文……は、ちゃんと問題個所を修正したし、与えられた職務ですっぽかしたものはない」


 サンバスタ王国の件も、私たちが介入したことを明かさないようなカバーストーリーが流れている。


「リアーナの離島送りはルビィを傷付けたから受けて当然の報いだし……うーん、思い当たる節がないわね」


 基本的に教会の人間とは考え方の根本が合わない。

 きっと意味不明な内容で小言を言われるんだと予想した。


「ま、行ってみれば分かるわね」


 教会本部は大きく分けて三つの区画に分類される。

 一般人が礼拝できる第一区画、関係者が立ち入りできる第二区画。

 そして、一部の高位神官だけが入れる第三区画。

 聖女は神官ではないけれど、特例として高位神官と同じ扱いを受ける。

 第三区画への侵入を阻む扉も、当たり前のように素通りできる。


 真っ直ぐに第三聖堂へ向かい、扉をノックする。


「クリスタです」

「入りたまえ」


 無駄に豪華な装飾が取り付けられた重たい扉を開くと、室内とは思えないほど高い天井と、楕円形の円卓が見えた。

 等間隔に高位神官たちが並び、こちらを値踏みするような目をぎょろりとさせている。


「命令書に従い馳せ参じました」


 頭を下げた体制のまま、しばらく制止する。

 あまり早く上げると神への敬意がどうのこうの――と余計な説教を受けてしまい、拘束時間が長引いてしまうことは過去の経験から学んでいる。

 適当と思われないよう時間を計ってから、ゆっくりと顔を上げる。


「前置きはいい。本題に入ろう」

「……へ?」


 いつもならここで神にこの場を設けたことを宣言する文言が入るのだけれど……省略した。

 形式を重んじる高位神官にあるまじき言葉に、私は思わず呆気に取られた。


(明日の天気は雪かしら)


「呼び出したのは他でもない。聖女マリアについてだ」

「マリア?」

「左様。十二日前から行方を眩ませている」

「……え?」


 行方不明……?

 誰よりも敬虔なあのマリアが?

 自分では一度たりとも規則を破ったことのない、あのマリアが?


 唐突に言われたことが理解できず、私はさらに呆けた。


「クリスタ。聖女クリスタ」

「は、はい」

「何か知っていることはないか、と聞いている」


 上の空だったことを咎めるような視線がちくちくと刺さるけれど、誰もそれ以上は何も言ってこない。

 いつもなら罵詈雑言が飛んできてもおかしくないのに。

 それが、マリアがいないことがどれほど切迫した状態であるかを言外に物語っていた。


「いえ。何も知りません」

「そうか」


 はぁ、と高位神官たちは落胆のため息を吐いた。


「もうよい。下がれ」

「あの、そちらは何かご存知ではありませんか。例えば、最後にマリアを見た場所とか」


 私がマリアと最後に会ったのは二十一日前。彼らは十二日前だ。

 その間に何かがあったのかもしれない。


「神官見習いが夜、外へ出る姿を見たのが最後だ」

「その神官見習いの人は何という名前ですか?」

「知らん。このくらいの長さの髪をおさげにした平民出身の女だ」


 ぞんざいに手で肩の下あたりを示す高位神官。


「そうですか。ありがとうございます」

「聖女クリスタ」


 退出しようと扉に手をかけた際、呼び止められる。


「国を守護する聖女の不在。これは由々しき事態だ。事の詳細が判明するまで余計なことをするんじゃないぞ」

「――もちろん理解していますよ」


 扉を閉め、私はすぐにきびすを返した。

 もちろん、マリアを探すために。


「神官見習いでおさげの女の子。まずはその子から話を聞かないと」


 これは決して余計なことなんかじゃない。

 そう自分に言い聞かせ、私は第二区画へと急いだ。

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