表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/140

アレの誕生秘話

「――以上です」


 魔法研究所はその日、騒然としていた。

 その原因となった少女は、ざわめきを特に気にすることなくメガネを押し上げて周辺を見渡した。


 ここは魔法研究所の中でも一番大きな多目的広場。

 年に数回、研究所ならではの奇祭が開かれたりするが、発表や会議などで使われることがほとんどだ。

 今は、新しく魔法研究所の狭き門をくぐった研究者が自らの知性を披露する場として使用されている。


 要は、傭兵の力試しの研究者版だ。


「何か質問は」

「……」


 少女――クリスタ・エレオノーラは、よく通る声で再度周囲を見渡した。

 研究者は様々なタイプが存在している。

 研究のみに没頭するあまり、それ以外のすべてに無頓着なタイプ。

 コミュニケーション能力は高いが、実力が伴わないタイプ。

 それらをほどほどに備えた無難なタイプ……などなど。


 クリスタは例に挙げた中では三つ目のタイプに分類されると思われる。

 そのすべてが恐ろしく高い水準にあった。


 順序良く理論を並べる話の組み立て方。

 広いホールの隅まではっきりと聞こえる澄んだ声。

 自信に満ち溢れた姿勢や態度、表情。

 肝心の発表内容も、新人の域を遥かに超えた高度なものだ。


 ――これほどの内容を、わずか十三歳の少女が、多くの大人に臆することなく、堂々と論じている。


「天才だ」


 誰か漏らしたそのつぶやきに、反論する者は誰もいなかった。

 魔法研究所は、クリスタ・エレオノーラを迎え入れたことでさらなる発展を遂げる。

 そんな期待を抱かせるには十分すぎる発表会だった。




「クリスタ・エレオノーラ」


 発表を終えたクリスタに、研究所の所長が声をかける。


「実に素晴らしい発表会だった」

「ありがとうございます。ツッコまれないように頑張った甲斐がありました」


 に、と人懐こそうな笑みを浮かべるクリスタ。

 大人びた面はあるものの、基本的には年齢相応な少女だ。

 過去のことを知らない所長は、クリスタをそう評していた。


「今夜は君の歓迎会が開かれる。そこで先輩研究者たちと交流の輪を広げ――」

「あ、今日は無理です」


 しゅび、と手を挙げて所長の言を遮るクリスタ。


「なに?」

「ですから、実家に帰るので今日は――というか、一か月ほど参加できなくなります。では」


 硬直する所長に、話は終わりだと言わんばかりにきびすを返すクリスタ。


「待てぇい!」

「どうしました?」

「なぜ帰る!? 主役にはいてもらわないと困ると言っておいただろう!?」


 実家に帰ることが悪いこととは言わない。

 地方から王都に来た研究者のほとんどが里帰りを――まれに「絶対帰りたくない」というタイプもいるが――している。

 しかし、それでも所属してから一年程度に帰るのが普通だ。


 クリスタのように今日、王都にやってきて、今日、帰るなんて聞いたことがない。


「すみません。どーーーーーーーしても外せない用事がありまして」

「栄誉ある王立汎用魔力総合研究所の歓迎会よりも大事なことなのか?」


 「魔法研究所」という通称が有名すぎてもはや誰も覚えていない研究所の正式名を唱えながら、所長はクリスタに詰め寄った。


「ええ。実は……二週間後、妹が社交ダンスの練習を始めるんです」

「…………すまない、もう一度言ってもらえるか?」

「ですから、妹が、社交ダンスの練習を始めるんです」

「……」


 地方独自の催し。

 身内の死を悼む会。

 近しい人間の婚姻。

 いくつか考えていた予想をはるかに下回る帰省理由に、所長は口をだらんと開くことしかできなかった。


「ダンスをしたことのないルビィがダンスを始めるんです。ダンスをしていないルビィを見られるのは今回が最後となり、今後はダンスを知るルビィに生まれ変わります。その瞬間を見届けない姉など姉にあらず! 一生に一度きりしかない妹の一大イベントを、私は見届ける義務があるのです。姉として! そんなわけで私は帰ります。では」


 発表会で大人を唸らせた理路整然とした言葉は見る影もなく、ただただ常人には意味不明な理由を述べていく。

 かろうじて所長が理解できたことは。


「……シスコン」


 クリスタ・エレオノーラが、聞いていた以上の変人であることだった。



 ▼


 クリスタが魔法研究所に所属し、一年が経過した。

 発表会で誰もが予想した通り、クリスタは多くの理論を提唱した。

 まだ実証段階のため世間への公表はもう数年は先になるが、人々の生活がより豊かになるであろうことは想像に難しくなかった。


 研究所の功績は所長への評価に繋がるため、普通であれば手放しで喜ぶところだが……クリスタの理論には問題も多かった。


 よく言えば正直。悪く言えば忖度がない。

 それゆえに、賛同と共に批判も多く集める内容が多かった。

 特に神の存在を否定する旨の言及も多く、教会から何度も苦情をもらっている。

 そのたびに所長はクリスタに書き直しを命じていた。


「クリスタ! クリスタはどこだ!?」

「里帰りしましたよ。妹のドレスの試着がどうのとか」

「また妹かぁーーーー!」


 過激な内容の論文。

 本人は頻繁に里帰り。

 これらが合わさることで、業務に支障を来すようになっていた。


 家族を蔑ろにしろとは言わない。

 しかしクリスタの場合は、あまりにも度が過ぎていた。

 何度か注意はしたが、本人は全く意に介さない。

 あまりやりたくはなかったが、「このままでは立場が危うくなるぞ」と脅しとも取れる注意もした。

 しかし効果はなかった。

 彼女にとっての優先順位は常に妹>>>>>>>研究なのだ。


「なんとかしなければ……!」


 私情ももちろん挟まっているが、単純にクリスタの研究成果が世間に公表できなくなるのは王国にとっても損失になる。

 所長はクリスタの里帰り癖の解決に乗り出した。



 ▼


「――という訳であるからして、君にも協力を仰ぎたい」

「なにが『という訳』なのか全く分かりませんけど」


 協力者として呼び出した少年――マクレガー・オースティン。

 クリスタに次ぐ若さを誇る天才であり、彼女が来る前はマクレガーが最年少だった。


「人選間違えてませんか? たかだか十六の若造ですよ」


 よく言えば大人びた、悪く言えば擦れた表情のマクレガー。


「君はクリスタと年も近いし親しいだろう。私以上に彼女のことをよく知っている。私では思いつかない秘策を閃いてくれると期待しているのだよ」

「そう言われましても」


 自信なさげに横を向くマクレガーに、所長は構わず問いかけた。


「ちなみに私が考えた案として、転移の魔方陣の実用化があるのだが」

「危険です。転移における人体の影響がどのようなものなのかはまだ解明されていません。それに、何キロも離れたところへ移動させるほどの魔力をどこから捻出するんですか」

「しかしクリスタの稼働時間を確保しなければ国の損失に」

「何らかの事故が起きてあいつに万が一があれば、それこそ損失でしょう?」

「うぬ」


 マクレガーの言葉に、所長は唸った。

 正論すぎて何も反論できない。


(いかんな。冷静さを欠いている)


「クリスタを説得することは不可能。なら、着眼点は移動時間の短縮に絞られますね」

「なるほど。毎回早馬を使わせようということか!」

「それもありですが、本人が嫌がりそうですね」


 マクレガーが提示した代案は、馬よりも早い生物にクリスタを運ばせる、ということだった。


「そんな生物がいるかね?」

「魔物を手なづけられれば、あるいは可能かもしれません」

「……」


 所長は渋い顔をした。

 魔物の使役自体は、何度か議論されたことがある。

 今のところそれが可能かは不透明な部分が多いし、転移の魔方陣と同じく安全性にも問題がある。


「どちらにせよ十年は見ないといけない計画になってしまう。もう少し手っ取り早い方法があればいいのだが」

「ありますよ」

「なんだねそれは!?」


 身を乗り出す所長に、マクレガーは一枚の紙を取り出した。


「声だけを届ける方法です」

「そんな方法があるのかね!?」

「いえ、今思いついただけです。けど」


 マクレガーは、そこで初めて笑った。

 唇の端を少し持ち上げるだけの、少年らしくない笑みだった。


「あいつなら、実用化できると思いませんか」



 ▼


 後日。

 実家から帰ってきたクリスタに、所長はお決まりの小言ではなくマクレガーから受け取った紙を差し出した。


「『離れた相手と会話する道具』ですか」

「左様。まだ基軸となる理論も見つかっていない分野だが、要望が多いので、これを機に本格的に研究をスタートしようと考えている」

「いいんじゃないですか?」


 特に興味なさそうな様子で紙を返すクリスタ。


「そこで、なんだが。この道具開発に君を据えようと考えている。どうかね?」

「いえ、興味ないです」

「……そうか」


 肩を落とすフリをして、所長はマクレガーから教わった『あること』を口にした。


「これがあれば、いつでも離れた家族と話ができるようになると思ったんだがね。……例えば、妹とか」

「――!」


 クリスタの耳がぴくりと反応した。


「所長」

「なんだね?」

「気が変わりました。その研究、私に一任ください」

「おお、そうかそうか! 君ならやってくれると信じていたよ!」


 ――あいつは妹が絡むとがぜんやる気になってくれますよ。


 マクレガーの言っていた通り、前言を撤回して乗り気になるクリスタ。


(やる気にさせるのはいいのだが……本当に実現可能なのか?)


 まだ理論も見つかっていないものを、妹への気持ちだけで作れるのだろうか。

 クリスタの能力を疑っているわけではないが、実現はかなり遠いような気がする。


(魔物の使役のほうがよかったのでは……!?)


 不安が拭えない所長の胸中など知る由もなく、クリスタは研究に没頭した。






 ――そして一年後、クリスタは異例のスピードでそれを完成させてしまう。

 念話紙、と名付けられたそれは離れた相手と会話できる画期的な道具として、主に貴族の間で人気となった。


 常軌を逸した開発スピードの原動力が『妹といつでも会話したいから』であると知る人物は少ない。

 おしらせ

 書籍2巻が爆死しました

 なので、3巻が出ない可能性が極めて高いです


 己の実力不足を嘆くばかりです

 申し訳ありません


 書籍として出る予定のないものをこれ以上書いても時間がもったいないので、第五章は掲載を取りやめにします


 ここまでお読みいただき、ありがとうございました




 ……というのはあまりにも不誠実なので、予告していた第五章はお届けします

 その後の物語はプロット的なもののみを掲載して〆ようかと思います(もともと六章で終わる予定だったのでそんなに長いものではないですが)


 こんな状態でも「全然いいよ!」という方は来週から本編を更新していきますので、よろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ