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第三十一話「これからもよろしく」

<クリスタ視点>


「……は」

「だから、これから魔島に行ってもらうわ」


 馬車からリアーナを降りさせた私は、遠く離れた海に浮かぶ不気味な島――魔島にこれから飛ばすことを説明した。

 リアーナはぽかんと口を開けている。


「な……なに言っているのよ。そんなことできるわけないじゃない」

「大丈夫よ。コントロールには自信があるから」

「そっちの心配じゃないわよ!」


 腕を真横に振りながら、リアーナは一歩私に詰め寄った。


「さっきの話聞いてた!? 私は被害者なのよ!?」

「聞いていたわ。お父さんに命令されて仕方なく――よね?」

「そうよ! なら、私はどんな処遇を受けるべきかは決まっているわよね!?」

「ええ」


 私は、ぴ、と魔島を指した。


「あそこに行ってもらうわ」

「なんでそうなるのよ!?」

「……あのねリアーナ」


 喚くリアーナをどうどうと落ち着けつつ、私は彼女の肩に手を置いた。


「この世の中に、ルビィを傷付けようとした罪が許される道理は無いのよ?」

「アンタ頭おかしいんじゃないの!?」


 ばしん! と手を払われ、リアーナがこちらを睨み付けてくる。


「こんなことが許されるはずないわ! これはアンタの独断でしょ!?」


 リアーナの指摘は的を射ていた。

 ホワイトライト領侵入の件はお許しが出たが、それはあくまでも特例。

 彼女を島送りにしようとしていることはまぎれもなく私の独断。いわば私刑だ。


「分かってるの!? 私に手を出したことがバレればアンタは聖女の座を追われるわよ!」

「もちろん覚悟の上よ」


 バレないようにはしているけれど、バレたらその時はその時だ。


()()()妹のためにそこまでするなんて、理解できないわ!」

「あなたにとってはそうなのかもね。けど、私はそうじゃないわ」


 妹を平気で傷つけるリアーナを私が理解できないように。

 妹のために全てを投げ打つ私をリアーナは理解できない。


 同じ姉なのに、その胸中はどこまでも正反対だ。

 私は手のひらをリアーナに向ける。


「『拘束結界』」

「!? な、なによこれ!?」


 手足を結界で縫い止める。

 抵抗しようともがいているけれど、結界はビクともしない。


「ルビィのためなら、()()()聖女の座くらい、いくらでも明け渡すわ」

「ひ――」


 私が本気だとようやく悟ったようで、リアーナは喉の奥で悲鳴を漏らした。


「こ……こんな善良な市民を離島に殴り飛ばそうなんて発想をする奴が聖女なはずがないわ! アンタは偽物よ!」


 ちゃっかり自分を善良な市民と言うリアーナ。その目尻から、じわ……と涙が浮かんでいる。

 それでも気丈に振る舞い、こちらを睨み付けていた。


「魔王……そう、魔王よ! 聖女に選ばれたのは何かの間違いよ!」

「何とでも言いなさい」


 どうせ二度と会うこともないんだし。


 しゅ、しゅ――と聖女素振りをする。

 拳圧がリアーナの頬をかすめると、一気に彼女の顔から血の気が引いた。


「う……うそうそ、嘘です! 謝ります! これまでのこと全部ひっくるめて謝りますから、どうか――」

「もう遅いわ」


 風向き良し、角度良し。

 私は調節した力を込めて、リアーナに拳を向けた。


「あっちの島で一生反省していなさい」

「やめてえええええええ!」

「本気聖女パンチ」

「ああああああああああああああああああ――」


 青く広がる空に絶叫を響かせながら、リアーナの姿が見えなくなる。

 それを見送ってから、私は「ふう」と額の汗を拭った。



 ▼


 リアーナの島送りが完了してから、ベティを呼び寄せる。


「待機してるところからもあの女が飛んでいくところが見えましたよ。前よりも飛距離伸びてたッスね。さすが先輩」

「けれどフィンを逃がしたのは痛いわ」


 奴隷商と直接繋がりがあったのはフィンのほうだ。

 リアーナと一緒に居るとばかり思っていたのに、まさかあいつが彼女を見捨てるなんて。


(気になることを色々言ってたから、それも聞き出したかったんだけど)


 ――先程の攻撃を防いだ結界といい、噂通りの人だ

 ――聞いていた以上の力だ


 彼は私のことを知っているような口ぶりだった。

 傭兵だとしたらルトンジェラや他の結界の穴で会ったことがある可能性もあったけれど、彼は長らくリアーナの護衛をしていたという。

 従って、そこで出会うことはない。


(噂になるほどのことなんてしたかしら……?)


 それも、北の辺境ホワイトライト領にまで届くような大きなことを。


 ……ない。

 ない、はずだ。


 それでもフィンの耳に届いたとすると、積極的に情報を集めていたとしか考えられない。

 何の為に?


「先輩?」

「……何でもないわ。それより教会に送ってくれる?」


 フィンの後はいずれ追うとして、ここで一区切りしておく。

 先にマリアに謝りに行ったほうがいいだろう。



 ▼


 教会まで送ってもらい、その足でマリアの私室への扉を開けた。

 滑り込むように入室しつつ、深く頭を地面にこすりつける。


「勝手な行動を取ってすみませんでしたぁ! けどあの時点でドミニク公爵の思惑を聞き、サンバスタだけでなくオルグルント王国も支配の対象としている以上、それを放置することは私の中に眠る正義感に反すると判断しまして……サンバスタの紛争を早期終結させることはオルグルント王国にとっても益にもなりますし、私はルビィが幸せになってくれるのでみんなハッピーになると思ったわけでして――――――って、マリア?」


 顔を上げると、いつもそこにいるはずのマリアがいない。


「留守? そんなはずは」


 マリアの行動は針で測ったかのように正確だ。

 この時間は必ず自室で祈りを捧げているはずなのに。


「お花でも摘んでるのかしら」


 しばらく床に正座して帰りを待つ。

 けれどその日、マリアが戻ってくることはなかった。



 ▼ ▼ ▼


「マリア、どこに行ったのかしら」


 あれから一週間、毎日教会に通ったけれどマリアには会えなかった。

 神官達に聞いてみると「次回の式典の打ち合わせが立て込んでおります」なんて言っていた。

 毎年開かれる王国誕生祭。

 その前後はさすがのマリアもスケジュールがズレることもある。

 けれど打ち合わせを始めるには時期が早い。

 普段とは別の催しでも計画しているんだろうか。


「お姉様、どうかされましたか?」

「ううん、何でもないわ」


 巡らせていた思案を引っ込め、私は目の前のテーブルに視線を向ける。

 場所は変わり、ここはエレオノーラ領の自宅にあるテラス。

 長テーブルには色とりどりのお菓子と、各地方から集めた紅茶が並べられている。

 お菓子の中には、メイザがずっと練習していたアップルパイも含まれている。


 ――今回の騒動のきっかけとなったお茶会。

 有耶無耶になっていたそれをやり直しているのだ。


 椅子には私、ルビィ、ユーフェア、ベティ、エキドナ、そしてメイザが揃っている。


「それじゃ、お茶会を始めましょう」

「いいのか? 聖女がこんなところに四人も集まって」

「ちゃんと教会に申請してあるから大丈夫よ」


 そわそわしているエキドナに安心するように伝える。


「メイザさん、このアップルパイうまいッスね!」

「お褒めに預かり光栄です」

「作り方が気になるッス!」

「では僭越ながらご説明申し上げます。まずパイに適したリンゴを見つけ出すべく、各地方からリンゴを集めるところから始めました。結果、形が崩れにくく香りの良い種が適していると――」


 アップルパイの極意を語るメイザと、それをふんふんと聞くベティ。

 子供たちに作ってあげるつもりなんだろう。

 その横では、エキドナとルビィが楽しそうに話をしている。


 みんなの様子を眺めながら、私は目尻を下げた。


(ひとまず日常に戻れて良かったわ)


 ルビィもユーフェアも無事に戻ってきてくれた上、サンバスタの乗っ取りを企てていた貴族も懲らしめた。

 気になる点――マリアにまだ謝れていないことと、フィンを取り逃がしたこと――はあるものの、おおむね事態を好転させつつ平穏に戻ることができた。


 楽しそうに笑うルビィ。


(この笑顔を守れるのなら、私は何だってやるわ)


 決意を新たに、私はティーカップに口を付けた。




「クリスタ」


 呼ばれて視線を向けるとユーフェアが私の隣へと椅子を寄せてきた。


「その……いろいろと、ごめんなさい」

「? どうしてユーフェアが謝るの」

「前の会が中止になったとき、クリスタにひどいこと言っちゃったから」

「……ああ」


 ――だったら、もう私を誘ったりしないでよッッ!


 そう言われたことを思い出す。


「気にしてないわよ。それだけ楽しみにしてくれていたってことでしょ?」

「それだけじゃないの」

「うん?」

「私、クリスタみたいなお姉ちゃんがほしかったの」


 ルビィは顔を上げ、そう告げてきた。


 ユーフェアの姉、リアーナは優しい姉ではなかった。

 だからユーフェアは妹をどこまでも甘やかす私を求めていた。


「クリスタに看病してもらえるルビィが羨ましくて、あんなこと言っちゃったの」

「そうだったのね」


 あの台詞は、ルビィに対する嫉妬から出た言葉だったらしい。


 私の中で、ユーフェアは幼いながらしっかりしている印象があった。

 けれどそれは間違いだった。

 この子は年齢相応に甘えられる先を求めていたんだ。


 きゅ……と、白衣の裾をユーフェアの小さな手が引っ張る。


「私の、私だけのお姉ちゃんになってほしかった」

「ごめんなさいユーフェア。私はあなたのお姉ちゃんにはなれないわ」


 私はユーフェアの手をやんわりと引き離した。


 ユーフェアは小さくて可愛いし、第二の妹のように思ったこともある。

 けれどあくまで二番目。

 ルビィを押し退けてユーフェアだけを妹のように思うことはない。


 私にとっての妹はルビィだけなのだ。


「うん。それはもういいの」


 意外なほどあっさりとユーフェアは頷いた。


「妹よりもなりたいもの、見つけたから」

「なりたいもの……?」


 聖女という唯一無二の仲間……という意味だろうか。

 それはもうなっているから、なりたいもの、という表現は違うような気がする。


「私はクリスタの妹じゃない。だからこそなれることがあるって分かったの」


 問いかけの答えになっているような、なっていないようなことを言いながらユーフェアが顔を上げた。


「ちょっと道のりは大変そうだけど……困難が多いほうが燃えるって、クリスタも言ってたよね」

「ユーフェア、それはどういう……意味……」


 視線を向けようとして、私は固まった。

 いつも伏し目がちなユーフェアが顔を上げ、目をきらきらさせて。

 花開くように、満面の笑みを浮かべている。

 たったそれだけで周囲まるごと明るくなったと錯覚するほどに、世界の色が変化した。

 同性の私から見ても思わず見蕩れてしまうほど蠱惑的な笑みだ。


 ユーフェアの笑顔に圧倒され、さっきまでの疑問は完全に吹き飛んでいた。


「クリスタ。私を助けてくれてありがとう」


 呆ける私の横で、ユーフェアは静かに席を立った。


「これからもよろしく」

「え……ええ」


 そう返すのが精一杯だった。


 私が人の気持ちをすんなり理解できたなら、ユーフェアの他意を含んだ言葉もすぐに察することができたんだろうか。


「……本当に難しいわね。人って」


 皆が難しいという魔法の方がよほど簡単に思えてくる。

 改めて人の感情の難しさを噛みしめながら、私はカップに残っていた紅茶を飲み干した。

第四章・完


「ユーフェアが言った意味が分かった!」


という方はイイねやブックマーク、☆☆☆☆☆を入れていただけると励みになります。


第五章は十二月~翌年一月ごろから連載再開の予定です。

次章はみんなに良く思われてないけど電子書籍版の若い頃のイラストが大好評のあの人を中心にした話になる(はず)です。



おしらせ

書籍第2巻がちょうど先週発売しました

ミュシャ様のてぇてぇな各種イラストが見れるのは書籍版だけ!

また文章のほうもwebを下敷きに全編書き直ししておりますので読み応えもばっちりです

よろしければ手にとって頂けると嬉しく思います


では

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