第九話「邂逅してしまった男」<ウィルマ視点>
「やはりキミは最高だな」
「もう、ウィルマ様ったらぁ」
僕の下であられもない姿をしているメイドにキスを落とすと、彼女は嬉しそうにはにかんだ。
ほどよく締まった肉体。艶を含んだ肌。するりと指の間を抜け落ちる髪。
やはりメイドは最高だ。
二人で仲良く服を着直してから、はたと気付く。
「今日はやけに静かだな」
階下から音が全く聞こえない。
いつもがうるさいという訳ではないけど、それなりに生活音は聞こえてくる。
しかも時刻はまだ朝を少し過ぎたあたり。
一日の中で最も騒々しい時間帯のはずなのに。
「たまにはこういう日もあるか」
偶然が重なり、たまたま仕事量が少なかったんだろうと、さして気にしなかった。
「……そういえば、侵入者が居たとか言っていたな」
あの無能な兵士が言うには、ルビィの姉が来ているらしい。
とっくに捕縛しているだろうから、顔くらいは見てやってもいいか。
あの女の姉なら、さぞかし美人に違いない。
しかもわざわざ乗り込んでくるなんて、相当気が強くないとできないことだ。
そういう女を、地下でゆっくり調教するのも一興だ。
僕の『技』をもってすれば、快楽に落とすなんて容易い。
僕への憎しみと、僕に与えられる快楽。
相反する感情で苦しみ、揺れ動く女――考えただけでそそるじゃないか。
屋敷のメイド達のように、僕以外じゃ満足できない身体にしてやる。
「どれ。まずは顔合わせだな」
僕は机に置かれたベルを鳴らした。
澄んだ音が、屋敷に響き渡る――。
「ん? 誰も来ないな」
いつもならベルを鳴らせば十秒以内に誰かが来るはずなのに。
僕をこんなに待たせるなんて、いけないメイド達だ。
これはキツイおしおきが必要だな――新しく浮かんできた「遊び」に、僕は笑みを深くした。
ルビィの姉も混ぜて、全員たっぷりと可愛がってやろう。
……しかし、本当に遅いな。
「様子を見てきましょうか?」
「ああ。頼むよ」
メイドが扉を開けようとした、その瞬間。
「はぷぅ?!」
ダァン! と音がして、横に『開く』はずの扉が前に『落ちて』きた。
扉の下敷きになり、悲鳴だけを残してメイドの姿が見えなくなる。
「や~~~~~っと、見付けた。この屋敷、広すぎるのよ」
扉(と、メイド)を踏みつけて現れたのは……見たことのない女だった。
そいつは、つい先日まで婚約者だった女――ルビィをどことなく思い出させる顔立ちをしていた。
あいつがもう少し歳を重ねて、そして垂れ気味の目尻を上げれば、ちょうどこの女のようになるだろう。
「お前、まさか……」
「どーも、ウィルマ伯爵。あなたがクソみたいな理由で婚約破棄したルビィの姉、クリスタよ」
▼
クリスタと名乗った女は、にこりと微笑んだ。
顔全体を見ると笑っているのに――その目は全く笑っていない。
瞳の奥に隠しきれない憎悪の炎が燃え盛っていた。
「あ……ひぃ!?」
僕は咄嗟にベルを鳴らした。
何度も、何度も鳴らす。
「なんで誰も来ないんだよ! ご主人様の危機だ! 誰か来いよ!」
「無駄よ。あんた以外はみんな私がぶっ飛ばしたか、逃げるかしたわ」
「ば……馬鹿な! 僕が揃えた最強の私兵は!?」
「庭にいた奴らのことを言っているなら、全員仲良く庭で寝てるわよ」
「……!? や、屋敷の中にいた最強の暗殺部隊は!?」
「メイドに紛れてた子たちのこと? 玄関で泡吹いてるわよ」
「……?! 馬鹿な! お前みたいなただの女に、僕の最強の私兵団が破れるわけないだろう!」
「ただの女じゃないわ」
クリスタは扉を蹴飛ばすと、下敷きになって伸びているメイドに手をかざした。
「聖女ヒール」
「……はぁ?!」
光がメイドを包み、扉に潰された拍子にできたいくつもの傷が――あっという間に塞がる。
魔法に疎い僕ですら、その回復速度の異常さは簡単に見て取れた。
回復魔法なんて、小さな切り傷にすら十五分以上の時間がかかる。
それを、ほんの瞬きの間に……。
「お、おま、お前……何者、だ?」
「見ての通りよ。わたし、聖女なの」
「扉の下敷きになったメイドさん可哀想」と思った方はブックマーク・★★★★★をお願いします。