第二十六話「魔力鎧」
<クリスタ視点>
「分からせるだとぉ……!? 真なる王に対してなんたる不敬か!」
「王じゃなくてただの変態でしょ」
あんなに泣いて嫌がっていたユーフェアに何をしようとしていたのか。
……想像しただけで鳥肌が止まらない。
私は重心を下げ、半身をズラして戦闘態勢を取る。
「覚悟なさい」
「それはこっちの台詞だ! 不敬者は処罰してくれる!」
ドミニクが壁の端を押し込むと、くるりとそれが回転した。
隠し扉だ。
あれだけ啖呵を切ったのに逃げるつもりだろうか。
「待ちなさい!」
部屋に入ってきた時と同様、壁をぶち破ってドミニクを追いかける。
「っ」
その瞬間、身体に圧を受ける。
【聖鎧】のおかげでダメージはなかったけれど、圧を受けきれずに数歩後ろへとたたらを踏む。
(圧縮した空気を砲弾みたいに飛ばす魔法ね)
ドミニクは風の魔法を得意としているんだろうか。
続けて飛んできたそれらを、拳を当てることで相殺する。
「ふん。なかなかやるようだな」
「……なに、その格好」
暗がりから現れたドミニクは、奇妙なモノを身体に纏っていた。
足首、膝、腰、胸、首、肩、肘、手首。それぞれ各関節を保護しているところから、たぶん軽鎧だと予想する。
奇妙なのは、それらの部位が布で連結されていて、等間隔に宝石が散りばめられている点だ。
既存の言葉で今のドミニクを無理やり表現するなら、「全身にガーターベルトを装着している」だろうか。
「くっくっく。これぞ我がクラウストリ家が誇る秘密兵器! 魔力鎧だ!」
「……ただの変態にしか見えないんだけど」
「ほざけ! 見よこの威力を!」
「っ」
ドミニクが両手を向けると、炎と氷の塊が同時に発射された。
「なるほど」
聖女パンチでそれらを弾き飛ばしつつ、彼が鎧と主張するモノの機能を知る。
「その宝石、魔法石ね」
「その通り!」
ドミニクは見せびらかすように両手を広げた。
――隙だらけのその胴体に、私は狙いを定めた。
「聖女パンチ」
「無駄だぁ!」
ドミニクの胸に取り付けられた魔法石が輝きを放ち、光の障壁を築く。
それに阻まれ、私の拳が弾かれてしまう。
(硬っ……いい魔法石を使ってるわね)
魔法石に込められる魔法の強さは、石の精製に左右される。
聖女パンチを弾けるほどの防御魔法となると、相当に精度の高い代物であることが窺えた。
「ぬぅん!」
間髪入れずに握った拳を振り上げるドミニク。
身体能力を強化する類の魔法も石の中に含まれているのだろう。
お世辞にも筋肉質とは言えない身体付きとは思えない速度で迫る拳を、後ろに飛び退いてかわす。
ドミニクの拳が床を貫き、屋敷全体が揺れるような轟音が鳴り響いた。
「わ、わっ」
揺れに驚いたユーフェアが尻餅をつく。
「ユーフェア。やっぱり危ないから先に」
「だ、大丈夫。私も結界くらいは使えるから」
「成る程! 我が妻は夫であるドミニク・クラウストリが果敢に侵入者を撃退する姿を目に焼き付けておきたい、と。そういうことだな?」
「え……。全然、違います……。ま、まだ……ぉ、奥さん、じゃないですし……」
話に割り込んできたドミニクにユーフェアが拒絶の意を示すが、その声は極限まで絞られていたため彼にはうまく届かなかった。
「あらゆる災厄から妻を守るのも夫たる私の務め! そこでじっと私の勇姿を眺めているがいい!」
「ぁぅ……。話、聞いて……」
慣れていない人に対して声が小さくなることが災いして、二人の会話が噛み合うことはなかった。
ユーフェアに気持ちの悪い笑みを浮かべてから、ドミニクは再び私に向き直った。
「見たか侵入者! これが計四百もの魔法石を束ねる魔力鎧の力だ!」
「確かにすごいわね」
魔法石は呪文こそ必要ないけれど、使用する際、投げたり掲げたりする必要がある。
ああやって自分の周辺に取り付けることで、その動作を省略しつつ状況に応じて魔法を使い分けられる。
魔法石の精度も高く、装備すれば素人であっても相当な能力上昇が見込めるだろう。
機能としては申し分ない性能だ。
「今はまだ試作品だが、いずれ量産体制が敷ければサンバスタの全兵士がこの鎧を身に纏うことになる!」
「量産の前にデザインを再考することをオススメするわ」
繰り返しになるけれど、機能としてはよく考えられている。
けれど……端から見ればガーターベルトだらけの変態装備だ。
全兵士がこんなものを身に付けていたら、別の意味で脅威になりそう。
「魔力鎧の恐ろしさを知ってなお立ち向ってくる度胸だけは褒めてやろう!」
「出来はいいけれど、恐れるほどではないわね」
「減らず口を!」
ドミニクは両手を広げて魔法を放ってきた。
炎、氷、風、岩、水、土。呪文がないためほとんど時間差なくそれらが襲いかかってくる。
デザインにさえ目を瞑れば、本当に脅威的な鎧だ。
「結界魔法に自信があるようだな! ならばこれでどうだ!」
ドミニクは魔法を飛ばすことをやめ、接近戦で挑んできた。
「聖女パンチ」
「無駄無駄ぁ! 防御魔法を仕込んだ魔法石は最高純度のものを使用している! 貴様程度のチンケな拳など蚊が刺したようなもの!」
ドミニクの戦い方は無茶苦茶だった。
特に近接戦に関しては、ただ力に任せて手を振り回しているだけで、型も何もあったものじゃない。
倒すのは簡単だ。
彼ご自慢の防御魔法を貫通する出力で聖女パンチをすればいい。
けれどそれだけでは「たまたま石の発動が遅れた」と言い訳できる余地を与えてしまう。
ここで完璧に心を折るには、別のやり方で倒さなければならない。
そのための方法は、もう見つけている。
「すばしっこい奴め! しかしこの猛攻を前にしていつまでもつかな!?」
「その言葉、そっくり返させてもらうわよ」
「なに!?」
「その鎧の弱点、分かっちゃったの」
デタラメに繰り出されるドミニクの拳をひらひらと避けながら、私は指摘した。
「全部の魔法石がなくなったら、あなたの戦力ガタ落ちよね」
魔法石は基本的に使い切りだ。
そんなものに戦闘力のすべてを依存しているのだから、当然使い切れば鎧の意味が無くなる。
「長期戦ができない。それが魔力鎧の弱点よ」
「それは貴様も同じだろう!」
動揺を誘えるかと思ったけれど、ドミニクはあざ笑いを含んで反論してきた。
「貴様の防御魔法も優秀であることは認めよう! しかしそれだけの強度だ。もってあと数分が限界と見た。対して私は防御魔法を連結して使用し、その効果時間は実に四十五分もの長時間に渡り――」
「五時間」
「……なに?」
「五時間。私の【聖鎧】の効果時間」
ドミニクの身体が、ぴたりと止まる。
「……は、は。何を言うかと思えば。そんな長時間維持できる訳がないだろう! 嘘を付くならもっとマシな嘘を付け!」
「本当よ。それをこれから教えてあげるわ」
「なんだと?」
ドミニクは魔力鎧に絶対的な信頼を置いている。
それが通用しないと分かれば心は折れるだろう。
二度とユーフェアを狙うこともなくなる。
「あなたの魔法石を全部ぶつけてきなさい。どう足掻いても勝てないってことを分からせてやるわ」
おまけ
食事中のドミニクとユーフェア
「ぐふふ……ユーフェア、我が妻となるんだ。それなりの贅沢を許してやろう」
「……ぇ? ぜ……ぜいたく、ですか?」
「そうだ。欲しいものがあれば言ってみろ。何でも買ってやろう」
「じゃあ『最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命に抗います』の第2巻が欲しいです」
「急に台詞を噛まなくなったな」
「2023/08/21までKindleをはじめとした各種ストアで第1巻が無料です。Unlimitedみたいな制限もなく、ダウンロードすれば永久に読めます」
「キャラ変わってない?」
よろしくお願いします__|\○_