第二十五話「それでこそ」
<ユーフェア視点>
「遅くなってごめんなさい」
クリスタはぽかんと口を開ける私の前に手のひらを向けた。
未来視では、クリスタは私かルビィのどちらかしか助けられないはずだった。
私を助ければルビィが。
ルビィを助ければ私が。
それぞれ手の届かない場所に行く。
クリスタがルビィを後回しにすることはあり得ない。
この短期間でルビィを保護して、私の居場所も特定した?
遅いどころか、早すぎるくらいだ。
というか、あり得なさすぎて現実味がない。
目の前のクリスタは実は私が見ている都合のいい幻と言われたほうがまだ現実味があるくらいだ。
「すぐにここを出ましょう。立てる?」
「う……うん」
けど差し伸べられた手を握ると、しっかりとした温かさが伝わってきた。
本物の、クリスタの手だ。
夢でも幻でもない。
「ありがとねユーフェア。あなたのおかげでルビィは無事よ」
「……どうして、私がサンバスタにいると分かったの?」
私を先に助けた未来では、ルビィの救出は間に合わなかった。
情報があまりにも少なすぎたせいだ。
同じように、ルビィを先に助けたら私は間に合わないものと思っていた。
「ルビィがあなたとリアーナの話を聞いていたの」
「……え」
そういえば。
私とお姉様が婚約者を交代する話をしたのは牢屋のすぐ側だ。
あのときルビィは気絶していると思っていたけれど実は起きていて、私とお姉様の話を聞いていたんだ。
私→ルビィの順番では間に合わないけれど、ルビィ→私なら間に合う。
私が見た未来は『どちらを助けさせるか』っていう二択じゃなくて『助ける順番を考えさせる』ための警告だったんだ。
助けてもらえたことは嬉しいけど、「私は一生ここで暮らすことになる」って思い込んでた自分がちょっと恥ずかしい。
「さ、長居は無用よ。マリアと合流して逃げましょう」
「マリアも来てるの?」
「ええ。脱出路を確保して待ってくれているわ」
……マリアは私の事情を知ったとしても放っておくと思ってたのに、意外だ。
「ちょっと待てぇーぃ!」
瓦礫を押し退け、ドミニクさんの絶叫が響いた。
派手に床を滑った割にはけっこうピンピンしてる。
「この誘拐犯め! 我が妻をどこへ連れて行くつもりだ!?」
「まだ結婚してないでしょうが」
「貴様が夫婦の契りを邪魔したんだろうがぁ!」
薄暗闇でもはっきりと分かるくらい顔を真っ赤にして地団駄を踏むドミニクさん。
言ってる意味はちんぷんかんぷんだったけれど、酷いことをされる寸前だったことはなんとなく分かった。
クリスタが来てくれたことで収まっていた「怖い」という感情が、思い出したように私の手を震わせてくる。
「大丈夫よ、ユーフェア」
「クリスタ……」
その手を、クリスタが力強く握ってくれた。
ドミニクさんの視線から私を守るように、一歩前に出た。
「この子との婚約は無効よ」
「無効だと!? 何の権利があってそんなことが言える!」
「リアーナから聞いていないのかしら。この子は公爵令嬢だけど、今は聖女よ。よって婚約は差し戻しで――」
「そんなことは知っている!」
クリスタの声を遮る大きな声で、ドミニクさんが怒鳴った。
「聖女だから何だと言うんだ! お前らの国の話だろうが!」
「聖女の婚姻禁止についてはサンバスタの前国王も同意しているわ。その法はまだ生きている」
「そんなもの、無効だ無効!」
「いち貴族が国の定めた法を犯すというの? それこそ何の権利があって言っているのよ」
「私は未来のサンバスタ王となる男だぞ!」
それが決め台詞だと言わんばかりに、ドミニクさんは胸を張った。
「サンバスタの王はいま争っている最中の第一王子か第二王子でしょう?」
「サンバスタ一族など我がクラウストリ一族の操り人形でしかない! 奴らを根絶やしにし、ねじれたこの国を私が正しい形に戻すのだ! 聖女との婚姻禁止ももちろん破棄だ!」
「根絶やしとは穏やかじゃないわね。まるであなたが紛争を引き起こさせたみたいじゃない」
「その通り!」
ドミニクさんは王子たちを疑心暗鬼にさせて争わせたこと、前国王陛下が自分に従わなかったので殺したことを嬉しそうに語った。
後半のくだりは聞いてもいないのに……。
「そう。つまり、あなたが黒幕ってことでいいかしら」
「真の王と言ってもらおうか! 私はこの大陸を統一し、唯一の王となる!」
「大陸の統一。つまりはオルグルント王国も狙っているのね」
「無論だ! 遅かれ早かれ貴様の国は私のモノ……に……」
得意げに話していたドミニクさんの声が、だんだん尻すぼみになっていく。
おもむろに眼鏡を外したクリスタに睨まれて、次の言葉が出なくなっている。
「オルグルント王国の平和を脅かす存在。それはルビィの安全を脅かす存在と同義。つまりは私の敵ね」
「ルビィ……? な、何の話だ?」
「ユーフェアごめんなさい。先に行ってマリアと一緒に逃げてて」
やっぱりというか、クリスタはルビィを優先した。
ちょっとだけ残念だけど、これでいい。
「ううん、ここで待ってる」
「そう? なら、手短に済ませるわね」
ルビィのことになると周りのことが何も目に入らなくなる妹至上主義。
それでこそ、私の大好きなクリスタだ。
クリスタは静かに構えを取り、ドミニクさんに言い放った。
「国家乗っ取り、さらには隣国にまで魔手を伸ばそうとしている。そんな悪いヤツは――分からせてやらないとね」