第二十二話「紛争の根源」
<ドミニク視点>
僕の名前はドミニク。
サンバスタ王国で指折りの名家・クラウストリ一族の血を引く者だ。
僕らクラウストリ一族は代々、サンバスタ王家を支えていた。
国、と言うにはサンバスタは余りにも弱すぎた。
単純に、サンバスタ一族だけでは国としての体裁を保ちきれなかったのだ。
そこで考え出されたのが分業制だ。
正面立った取り決めは王族が行い、決定に至るまでの細々とした調整はすべてクラウストリ家が取り仕切る。
そうすることでサンバスタ家の求心力を高め、王家の権威を維持していた。
つまりサンバスタ家にとって、クラウストリ家は恩人だ。
僕らの決定に従っていれば、この国はもっと繁栄できる。
――なのに先代国王は、僕らの決定を無視したのだ。
奴隷商を廃止する方向に定め、貧困に苦しむ民の救済へと舵を切ろうとした。
奴隷商はサンバスタを支える一大産業だ。
それを廃止するなど、愚かにも程がある。
そんなことをすれば、サンバスタ王家の権威どころか、国という枠組みも維持できなくなる。
僕たちのご先祖様がここまで築き上げてきたすべてが崩れ去ってしまうのだ。
だから殺した。
言うことを聞かない人形など、もう必要ない。
サンバスタは転換期を迎えたんだ。
王家を根絶やしにして、クラウストリ家が――僕が、王になる。
そうすることでサンバスタ王国は本来の姿になるんだ。
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僕の計画は順調に進んだ。
第一王子も第二王子も、僕が少し含みのあることを言っただけで面白いように互いを憎み、争いに発展した。
どちらも自分に正義があると思い込んでいるところがまた滑稽だ。
そろそろ決着がつきそう……というところで、僕は計画を次に進めた。
隣国・オルグルントから婚約者を決める。
なぜこの紛争中に……と凡人は思うだろうが、僕は常に二手、三手先を読んで行動している。
サンバスタを手中に収めたら、次はオルグルント王国に手を伸ばす。
これはその時のための布石だ。
何年も先のことになるが、今から種を仕込んでおけばいずれ進出する際、何かと話がスムーズになる。
そう思い、適当に北の辺境伯と縁談に臨んだ。
最初は長女と……という話だったが、身体が弱いために妹を代わりに……という話になった。
なんとも失礼な話だったが、妹には姉にはない付加価値があった。
「聖女?」
「はっ。我が娘、次女ユーフェアは『極大結界』管理者の聖女でございます」
「……ホワイトライト卿。何を企んでいる?」
北の辺境伯、ホワイトライト卿にユーフェアという名前の次女を紹介され、僕は訝しんだ。
聖女と言えば、他のどの国も欲しがる『極大結界』の秘密を握る中心的な人物だ。
それを他国の嫁に差し出そうなんて、何か他意があるとしか思えない。
「長女リアーナとの縁談を破棄してしまった謝意の表れ……と思っていただければ」
「その対価にしては大きすぎるように思うが」
「ならばこうお思いください。『これは未来の王に対する投資である』と」
僕が実権を握った暁には便宜を図れ、と。
聖女を手に入れる対価としてはむしろ安いくらいだ。
「ふん。いいだろう」
正直に言うと、長女リアーナは僕の好みじゃなかった。
提出された似顔絵は確かに美人だったが、どことなく「高飛車」「傲慢」といった印象を受けた。
そういった女を調教するのも一興ではあったが、今はそんなことをしている時間なんてない。
できれば大人しく従順な奴が欲しかったんだ。
聞くところによると、ユーフェアはまさにそういうタイプの大人しい性格らしい。
リアーナとは正反対だ。
「ユーフェアとはしばらく疎遠になっていまして。似顔絵をご用意できないことをご容赦下さい」
「構わない」
リアーナの妹なら、ハズレということはないだろう。
――なんていう僕の予想は大きく外れることとなる。
主に、良い方向に。
▼
「ゆ、ゆゆゆ……ユーフェア、です」
「……」
初めてユーフェアと顔を合わせた瞬間、頭の中で想定していたいくつもの会話がすべて吹き飛んだ。
「顔」
「……へ?」
「フードを取って顔をよく見せろ」
「あ……えっと……」
ユーフェアはもごもごと俯いた。
まどろっこしいので、フードを掴んで剥ぎ取ってやる。
小さな手で抵抗のようなことをされるが、全く力を感じなかった。
相当に非力なのか、それとも緊張でうまく力が出せないのか。
まあ、どちらでもいい。
「あ! あぁ……ぅ」
「視線を下げるな」
下げようとした頭を、顎を掴んで無理やり上げさせる。
そこまでして、ようやくユーフェアの顔をはっきりと視認できた。
「……」
僕は言葉を失った。
美しい。
そんなありきたりな言葉では表現できないのに、語彙が消滅してそれしか言えない。
なんとももどかしい焦燥に胸を焦がされる。
美の女神の生まれ変わりと言われてもすんなりと信じてしまえるほど、ユーフェアは美しかった。
彼女と比べてしまえば、どんな美女だろうとただの引き立て役に成り下がってしまうだろう。
……加えてこの表情。
「あ、あの……離し……て」
消え入りそうな声。
抵抗を示そうとする手。
潤んだ瞳。
歪んだ表情。
本人は無自覚なようだが……ユーフェアはとても嗜虐心を煽る仕草をしていた。
サンバスタの乗っ取りも、オルグルントへの進出も。
全部忘れて、彼女にのめり込みたい――。
果実のように熟れた唇を貪ろうと、顔を近付ける。
「ひっ。ままま待って……やだ、やだッ!!!」
「っ」
我に返り、咄嗟に手を離す。
ユーフェアは鼠のように部屋の隅でうずくまり、小さく嗚咽を上げた。
……彼女の美しさに呑まれ、本能が理性を上回りそうになった。
男を惑わせる危険な美しさだ。
だが……少し、楽しみが増えた。
「立て。すぐに国を出るぞ」
国に帰ったら、たっぷりと泣かせてやろう。
そう。たっぷりと。