第二十話「教会の意思」
マリアが出る。
その言葉に、私もベティも目を丸くした。
「えっと。マリアも行くの?」
「聖女の婚姻は誰であろうと認められていない」
コツコツ、と杖で床を叩きながら、マリアは続けた。
「サンバスタの某かがそれを知らないと言うのなら教えてやらないといけないし、知っていてユーフェアを選んだのなら少々灸を据える必要がある」
「……」
「今回は後者である可能性が高い。なら、最初からアタシとクリスタで行ったほうがいい。違うかい?」
「……なら、三人で行ったほうがいいじゃないッスか」
「アンタまで来て万が一があったらどうするんだい」
聖女が死ねばすぐに次が神託で決定される。
けれど一日二日の『間』はどうしてもできてしまう。
サンバスタ王国で『もしも』が起こる可能性はどうやってもゼロにはならない。
なら、マリアの指示は至極当然と言えた。
私とマリアが死んでも、三人残っていれば次の聖女が選ばれるまで『極大結界』は維持できる。
けれどそこにベティまで加わると、残る二人で維持はかなり危うくなるだろう。
ほんの数時間だけでも結界が解けてしまえば、オルグルント王国に与える影響は甚大。
それを防ぎつつ、迅速に問題解決を図るなら私とマリアの方が早く終わらせられる。
――そして、ベティを待機させることは『極大結界』の保守とは別にメリットもある。
「確かに、ベティはここにいてもらった方がいいわね」
「先輩まで私を足手まとい扱いッスか!?」
「そうじゃないわ。聞いて」
私が提案したのは、私とマリアに召喚札を持たせるというものだ。
召喚札があればすぐにベティを呼び寄せることができる。
ユーフェアを迅速に保護できるし、万が一窮地に陥ってしまった場合の脱出手段としても有効だ。
「戦うことは誰でもできる。けれど転移はあなたにしか使えないの」
「……なるほど。私は命綱の役割ッスね」
ベティは息を吐き、懐から召喚札を二枚、手渡した。
「分かりました。私はここで待機しているッス。何かあればすぐに呼んでください」
「ありがと、ベティ」
「ユーフェアのこと、お願いするッス」
ベティに見送られながら、私とマリアは地下へ潜った。
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「けれど珍しいこともあるものですね」
「何がだい」
聖女ライトで地下の道を真っ直ぐに進む。
一見、閉鎖された坑道のように見えるここは『魔女の遊び場』と呼ばれる特殊な場だ。
ほんの百メートルほど進むだけで遙か遠くのサンバスタ王国の目と鼻の先にまで移動できる。
「マリアが出るなんて。てっきり止められるのかと思ってました」
マリアは敬虔な聖女だ。
教会には逆らわず、意に反した行動をする私たちを諫める役をしている。
敵の本拠地に殴り込みをかける――というのは教会が想定する聖女の在り方からするとありえない行動だ。
なのにマリアも同行すると言い出すなんて、明日は雨でも降るのかも。
「教会もユーフェアが大事ってことですね」
マリアの意思は教会の意思。つまり、教会がユーフェアを重要人物と認識しているということだ。
教会はどちらかというと聖女個人には頓着していないと思っていたけれど、能力次第では重要視されるということだろうか。
「どうせ止めたってアンタは行くと判断されたんじゃないかい」
「ええ、ユーフェアは仲間ですからね」
「……ふん」
鼻を鳴らし、マリアはすたすたと先を行く。
いつもながら杖の必要性を疑うほどしっかりした足取りだ。
「それにしても、ベティの奴は随分とアンタに懐いているね」
「そうでしょうか?」
「少なくとも、アタシではベティの奴を納得させられなかった」
「そんなことはありません」
ベティは教会にこそ舌を出しているけれど、マリアには比較的従順だ。
今回は一番仲の良いユーフェアが連れ去られてしまったため、ほんの少し冷静さを欠いていたから聞き分けがなかっただけだ。
「落ち着かせてからゆっくり順序立てて話せばちゃんと分かってくれます」
「それはアンタだからできたことだ」
マリアは前を向いたまま、淡々と答える。
「アンタは頭のネジこそ外れてるけれど、人を惹きつけるものを持っている」
「褒めるか貶すか、どちらかだけにしてもらえます?」
「それがうまく活かされることを願っているよ。そうすりゃ……」
しばらくの沈黙を挟み、マリアは首を横に振った。
「……いや、なんでもない。先を急ぐよ」
「?」
長く会話する暇すらなく、出口に辿り着いた。
階段を登ると景色は一変し、サンバスタ王国は目の前だ。
「まずはユーフェアの居所を探す。場所がはっきり分かるまで派手な動きはするんじゃないよ」
「はい」
――ユーフェア救出作戦、開始だ。