第十七話「ないものを探す」
最悪の状況はひとまず避けられた。
フィンを倒すための時間を、他ならぬフィンが稼いでくれた。
「なぜ礼を……?」
「なんとなく言いたかっただけ」
「まあいいでしょう」
釈然としないフィンだったけれど、大したことではないと思ったのかそれ以上は聞いてこなかった。
私も、足を前後にズラして戦う構えを取る。
最悪の状況は避けられたけれど、単に先送りになっただけだ。
依然としてルビィ――確定はしていないけれど、いる前提で話を進める――は相手の手中にいる。
急いで倒さなければならないことに変わりはない。
同時に、倒し方にも注意しなければならない。
フィンが号令をかけたおかげで警備兵たちはこの場に留まっている。
彼を倒したら、今度は彼らが私を捕らえようとするだろう。
手段を選ばずルビィを盾にされる可能性も考えられる。
(フィンを倒したその足で屋敷に突入して、最短で地下を目指す。これしかないわね)
地下に捕らえられている人物がルビィか否か。
それを答えてもらうという体で対決することになったけれど、彼にはみんなの目を引く係をやってもらうことにした。
(となると、彼の倒し方は――)
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「あなたにこの攻撃が耐えられますか?」
フィンが両手を広げると、彼の左右に大量の氷が生成された。
丸みを帯びた氷に指向性が付与され、指先ほどの大きさの氷柱に変形していく。
鋭い先端は一つ残らず私に向いていた。
彼が手を差し向けると、ひとつひとつに意思が宿っているかのように襲いかかってくる。
「効かん」
【聖鎧】にぶつかった瞬間、氷柱は粉々に砕けていく。
「やはり防ぎますか。ですが、それは想定済みです」
「何ですって? ――っ」
攻め込もうと踏み出した私の後頭部に、氷柱がぶつかってきた。
予想していなかった衝撃に、半歩余分に前へ出てしまう。
振り返ると、砕けた氷が私の背後で再度結合し、元の形に戻っていた。
氷柱が【聖鎧】に当たり、砕け、結合し、再び襲いかかる。
「あなたの全方位結界。確かに強力ですが……本当に『全方位』なのでしょうか?」
いわゆる結界は、指定した一面に展開するのが基本だ。
岩や氷で体を覆うタイプのものと違って重くならない代わりに、展開した以外の側面からの攻撃は防げない。
私の【聖鎧】も分類としては結界に当たる。
フィンは、そのどこかに穴があると睨んでいるのだろう。
「氷柱をあえて小さくしているのはそのためって訳ね」
「それだけの結界。一つや二つ穴があって当然と考えるのが自然でしょう」
「残念だけれど、そんなもの無いわよ」
【聖鎧】は一部の隙間もなく私の身体を覆っている。
『ない』ものを探すことほど無駄なことはない。
だから先にネタばらししたのだけれど、フィンは信じようとしなかった。
「なら、それが本当に『ない』ことを証明して見せてください」
「好きなだけ試しなさい。けれど私もじっとしてないわよ」
終わるまで待つつもりはない。
私は氷柱を受けたまま、フィンへの攻撃を開始した。
「聖女パンチ」
「おっと。当たりませんよそんな攻撃」
正面、背後、右側、左側、頭上、斜め下……。
ありとあらゆる方向・角度から氷柱が【聖鎧】の抜け穴を探して攻めてくる。
フィンと近接戦闘すれば流れ氷柱が彼に当たるかもと思っていたけれど、そんなことは全くない。
斜線上にフィンがいると分かると、氷柱は彼の身体だけをするりと上手に避けていく。
制御は完璧なようだ。
相手が倒れるまで再生成される氷柱群。
【聖鎧】が無かったらと考えると、恐ろしい攻撃だ。
さすがに他の魔法まで使う余裕はないみたいだけど。
「……馬鹿な」
しばらく私の攻撃を避け続けていたフィンの顔に、次第に焦りが出始める。
「既に全方位・全角度を攻撃し尽くしたぞ。なのに何故、穴を発見できない!?」
「最初から無いって言ってるでしょう――が」
「な、早っ!?」
フィンの側面に、瞬時に回り込む。
これまでの動きは彼に目を慣れさせるためのブラフだ。
緩急を付けることで相手の目線から外れ、死角に回り込む技術。
「くっ」
フィンはすぐさま両腕を交差させ、氷の鎧で防御した。
制御を失った氷柱が、空中で塵となって消えていく。
「甘かったですね。あなたの攻撃は確かに脅威ですが、私の防御を貫くほどではない!」
「……そうね」
並の聖女パンチでは防がれてしまう。
これを解決するには――より力を込めればいい。
「だから、さっきより強くいくわよ」
「え? あれが本気じゃな」
「本気聖女パンチ」
「はぐあああああああああああああああ!?」
ばきん、と音が鳴り、フィンの両腕を覆っていた氷が粉々に砕ける。
振り抜いた腕はそのままフィンの身体を、一直線に屋敷の二階のテラスまで吹き飛ばした。
テラスでこちらを見ていたリアーナのちょうど真横の床に、下から突き刺さるような格好でフィンは動かなくなった。
「ぎゃー!? フィン!?」
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「……え」
「フィン様が……やら、れた……?」
警備兵が唖然とした表情で二階を見上げている。
(チャンス!)
全員の視線がフィンに集中している隙に、私は建物の中に入ろうとした。
地下室に急いで行かないと。
扉を蹴破ろうとした私に、吹き飛ばしたフィンの声が降りてきた。
「――ルビィならもういませんよ。馬車で今ごろは峠を越えているでしょう」