第十五話「潜入」
<クリスタ視点>
リアーナと話をするため、私は夜のホワイトライト邸に入った。
夕刻前、もう一度面会を申し出たけれど時間の都合で断られてしまった。
「明日、またお越し下さい」
守衛の人にはそう言われたけれど、時間が惜しいこの状況では待つ事なんてできない。
それに……もう正規の方法でリアーナは会ってくれない。
なんとなく、そんな気がした。
使用人のグレースさんはリアーナと会う手引きをしてくれると言ってくれた。
とてもありがたい申し出だったけれど、考えた末に辞退した。
相手の出方次第ではこちらも相応の対応をせざるを得なくなる。
そうなった場合、今後グレースさんの立場が悪くなってしまうかもしれない。
なので協力は家の間取りを教えてもらうだけに留め、潜入自体は私単独で行うことにした。
ルビィがいるかもしれない以上、ウィルマの時のように正面突破はできない。
警備員の目をかいくぐり、見つからないよう移動する。
念入りに剪定された綺麗な木々のおかげで隠れる場所には困らなかった。
(警備員が多いわね。いつもこんな感じなのかしら)
由緒正しき公爵家であり、北の地を預かる辺境領なのでこれくらいは普通なのかもしれない。
大きな馬車小屋の前を通り過ぎ、屋敷の裏手にある入口を目指す。
「――っ」
首尾良く裏口付近まで来た私は、そこで動きを止めた。
警備員が二人、煙草を吹かしながら扉の前でたむろしている。
「ったく、お嬢様の人使いの荒さには困ったもんだ」
「まあいいじゃんか。こうして何もなくくっちゃべってるだけで金がもらえるんだから」
「そうだな。仕事があるだけマシって思うか」
位置関係上、二人に見つからないよう侵入することは無理だ。
音を立てないように気絶させようかと拳を握ったところで、気になる話が飛び込んできた。
「それより今日、急遽警備員を増やしたのって、例の件と関係あるのか?」
「地下牢にいる女の子のことか?」
地下牢。
女の子。
私は握った拳を一旦解き、二人の話に耳をそばだてた。
「あの子、何で捕まってるんだっけ」
「リアーナ様に危害を加えようとしたらしいぞ」
「そんな事をする子には見えなかったけどな」
「リアーナ様の方からやっかみで捕らえたって方がよっぽど納得できるぜ。ほら、その子可愛かったし」
「やめとけって。滅多なことを言うもんじゃねーぞ……だが可愛いってところは同感だ」
可愛い。
私は、二人が話をしている女の子がルビィであると確信した。
「あの子の処遇、どうするんだろな?」
「フィン様が対処するとか言ってたな」
「フィン様か……腕は立つし男前だけど、なぁ」
「胡散臭い、ってか?」
「ああ。お前もそう思うだろ?」
「まあなぁ。変な噂を聞いたことあるし」
男はそこで言葉を区切り、一瞬だけ周辺を見渡した。
「ここだけの話だが……フィン様はヤバイところと繋がってるらしくてな」
「ヤバイところ?」
「奴隷商だよ」
「それじゃあ、あの子は……」
「――ねえ」
「!?」
私は二人の後ろに回り込み、それぞれの首に両腕を回した。
気絶せず、かつ大声が出せない程度に気道を締め上げる。
その状態のまま、私は二人に笑いかけた。
「今の話、詳しく聞かせてくれないかしら」
▼
「なるほどねぇ」
警備員が言うには、リアーナの護衛であるフィンという男は他国の奴隷商と繋がりを持っていて、処分に困った人間をそこで売り飛ばすらしい。
処分に困る人間。
例えば、ユーフェアを何らかの事情で連れ出してその邪魔をされたり、とか。
「あ、あくまで噂程度なので!」
「けれど噂になるくらいには怪しいんでしょ?」
「ええ、まあ、はい」
フィンは護衛にしては随分と身なりも良いらしい。
令嬢の護衛なので給金はもちろん高いだろうけれど、それだけでは説明がつかないほどに。
……つまりは別に収入源がある、と。それが奴隷商云々の話に繋がっている。
「それで、捕まってるっていう女の子の名前は?」
「それは知りません」
すっかり大人しくなった警備員は、私の前で何故か正座をしながら答えてくれた。
「でも顔は見たのよね? このくらいのふわふわした髪をしていて妖精の生まれ変わりのように愛らしい笑顔で周囲の人々を癒す、聖女に引けを取らないほどの能力を持っている女神の生まれ変わりのような美少女ってさっき言ってたわよね?」
「いや、そこまでは言ってないです」
……まあいい。
地下牢に行けば分かる話だ。
(リアーナに会いに来たんだけど、予定変更ね)
私は行き先を地下牢に変更した。
「それじゃ私は行くけど、自分の身が可愛いなら今の出来事は誰にも言わないようにね」
「俺らはここで煙草を吸ってただけです」
「何も見てないし誰とも話していません」
私が拳をパンと鳴らすと、警備員は背筋を伸ばしてそう答えた。
うん、素直でよろしい。
「あ、裏口のカギ開けますね」
「ありがと。――ッ」
扉を開けようとする警備員の背中を眺めていると――左側から、ひやりとした空気を感じた。
ホワイトライト領の気候がそうだから、という理由ではない。
もっと直接的で、暴力的なものだ。
「伏せて!」
私は咄嗟に二人を自分の後ろに隠れさせた。
その直後、左側から真横に猛吹雪がぶつかってくる。
天候は晴れ。寒いとはいえ雪の兆候すら見えない。
そしてこの吹雪には、人を簡単に殺めてしまえるほど鋭い氷が混ざっていた。
自然のものでないことは明白だった。
「ひぃい!?」
「どひぇえ!?」
悲鳴を上げる警備員たちを余所に、私は正面を見据えた。
唐突に始まった吹雪は、唐突に止んだ。
「今の攻撃を正面から受けるとは。やりますね」
白い雪煙が晴れると、そこに一人の男が立っていた。