第十四話「優しい姉」
<リアーナ視点>
「どうしてこんなタイミングで聖女が来るのよ!」
私は机を叩いて頭を抱えた。
滅多に来ることなんてなかった聖女が、ユーフェアを連れてきてほんの数時間後に尋ねてくる。
私は、ユーフェアが伝書鳩でも飛ばして助けを求めでもしたのかと疑った。
「……いえ、そんなはずはないわ。あいつには誰とも連絡するなと厳命したもの」
あの泣き虫が私の命令に逆らえるはずがない。
仮に伝書鳩を使ったとしても、数日は間が空く。
聖女の来訪はユーフェアの件とは無関係だ。
そう考えてから、ふと、別の可能性を思いつく。
「もしかして聖女ならではの特殊な連絡方法がある、とか?」
あり得ない話ではない。
国一つを覆えるような結界を貼れるんだから、聖女の間でだけ連絡が取れるような奇跡が使えるのかもしれない。
これに関しては当人に聞いてみるしかない。
「ユーフェアは今どこに?」
「既にヴァルトコバルト領へ出立しました」
「チッ」
支度を急がせたことが仇になってしまった。
クリスタに聞くわけにもいかない。
「こんな時に限って兄様もいないし……」
領主である父は病に伏しており、領主代理は兄だ。
しかし兄は頻繁に家を空けており、領に居る方が珍しいくらいだ。
自然と来客などは私が応対しなければならない。
もし、ユーフェアが他の聖女に助けを求めていたら……。
「偶然よ偶然! タイミング悪くたまたま重なっただけ。落ち着きなさいリアーナ・ホライトライト」
首を振るって悪い未来をかき消し、私は顔を上げた。
「聖女を応接間に通して。私が会うわ」
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尋ねてきた聖女クリスタは、眼鏡をかけた女だった。
姿だけは王国の式典で見たことがある。
(まだ話が通じそう。変な服の奴じゃなくてよかったわ)
今代の聖女の中にはピエロみたいなふざけた格好の、ヘラヘラした女がいる。
そいつがクリスタかと危惧していたけれど、違っていたようだ。
「人を探しています」
挨拶もそこそこに、少しだけ焦りを含んだ声でクリスタはそう告げてきた。
探し人。その単語に思わずドキリとする。
(まさか、ユーフェアを探しているの?)
背中にひやりとしたものを感じつつ、それを表に出さないよう努めた。
結論から言うと、クリスタの探している人物はユーフェアではなかった。
「ルビィという名前で、このくらいのふわふわした髪をしていて妖精の生まれ変わりのように愛らしい笑顔で周囲の人々を癒す、聖女に引けを取らないほどの能力を持っている女神の生まれ変わりのような美少女なのですが、ご存知ありませんか」
誰だよそれ。
妖精の生まれ変わりだとか、愛らしい笑顔がどうだとかはまっっったく心当たりがない。
ただ――その名前にだけは聞き覚えがあった。
ユーフェアの家に一緒にいた間抜け女の名前だ。
(あんな女をわざわざ聖女が探しに来たの? どうして?)
少し気になったけれど、深く突っ込んで話せばこちらもボロが出るかもしれない。
私は自分の好奇心を抑え込み、話を切るように会話を誘導した。
「――申し訳ありません。そういった方がいるというお話はこちらには届いておりません」
「調べていただけますか? この家にいることは確実なんです」
クリスタは引き下がらなかった。
むしろ私との距離を一歩、ずい、と詰めてくる。
女同士だけど身長差が頭一つ分ほどあり、威圧感があった。
「……どうしてそのように思われるのですか?」
「仲間の、聖女ユーフェアから連絡がありまして。ルビィはここにいる、と」
――は?
ユーフェアから連絡?
(ユーフェアのやつ! やっぱり何らかの手を使ってコイツに連絡を取ってたのね……! ふざけた真似を!)
従順なフリをして、あいつはこっそりクリスタに危機を伝えていたのだ。
愚妹に出し抜かれたという事実に、私は一瞬で頭に血が上った。
「どうかしましたか?」
「――何でもありませんわ。少し、失礼いたしますわね」
ダメだ。
表情を維持できないと悟った私は断りを入れてから足早に部屋を出た。
急いで隣の部屋に行き、壁に手を打ち付けて叫ぶ。
「――どーいうことだよあのクソガキ! 誰にも連絡すんなっつったのに!」
肩で息をしながら、私は胸に溜まった怒りを吐き出した。
「いかがいたしますか。リアーナ様」
「少し待ちなさい。考えるから」
息が整ったタイミングでフィンがそう尋ねてくる。
落ち着きを取り戻した頭で、私は再度考えた。
「クリスタの奴、ユーフェアと連絡を取った割には事情を何も分かっていない様子だったわ」
ユーフェアと連絡を取ったというのが本当なら、私が聖女を他国に出そうとしていることを知っているはず。
なのにクリスタは「ルビィがここにいる」という断片的な情報しか持っていなかった。
「聖女同士の連絡は完璧に意思を伝え合える訳じゃない……ってとことかしら」
その部分は考えても答えは出ない。
「フィン。ルビィは今どこに?」
「地下牢に入れてあります。奴隷商人に連絡を付けるまではここに居させるつもりでしたが、そうも言っていられないようですね。今夜には馬車を出します」
「ありがと」
私がしてほしいことを先んじてやってくれる。
傭兵にしておくのが勿体ないくらいだ。
フィンの端正な顔を眺めていると、彼は手を当ててから疑問符を浮かべた。
「しかし、何故ユーフェアではなくルビィを探しに来たのでしょうか」
「さあ。もしかしたらユーフェアをクビにしてルビィを次の聖女にするつもりなのかも」
ユーフェアのことだ。
聖女の務めも大した成果を上げられていないに違いない。
あまりの出来損ないぶりに教会も困り果て、次の聖女候補としてルビィを用意したのかもしれない。
任期の終わっていない聖女をクビにできるのかは知らないけれど。
もし私の予想が合っているのなら、私はなんて優しい姉なのだろう。
聖女の立場を追われたユーフェアに豚公爵の隣という居場所を与えたのだから。
自分自身の慈悲深さに、私は酔いしれた。
「出来の悪い妹に居場所を与えてあげるなんて、なんて優しいのかしら」
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そして体よくクリスタを追っ払い、夜を待った。
ルビィさえ屋敷から出せば――何もかもすべてうまくいく。
念のために警備兵を多めに配置し、私は眠りについた。