第六話「空の旅」
先週サボってしまって申し訳ありませんでした
今週は2話更新です(1/2)
魔物益獣化計画。
魔物の生態に着目し、その特性を活かして人間の役に立てようというものだ。
例えば、海には巨大な貝の魔物が生息している。
人を見ると攻撃性を現して体当たりしてきたり、挟んで海に引きずり込もうとしてくるが、人の姿を見なければ無害で水を綺麗に浄化してくれるという能力を持っている。
これを利用し、周囲を見えない状態にして水の浄化だけをさせたり……といったものだ。
討伐対象とすることで傭兵を始めとした産業を生み出し、素材を使うことで魔法の触媒となる魔物。
その第三の活用法としてマクレガーが提唱したものが、魔物益獣化計画だ。
この大陸は魔物が支配している。
人間の支配領域の狭さを揶揄した言葉だけれど、彼らがもたらす恩恵も無視できるものではない。
彼らの素材なくして、今日の魔法研究は成り立たないからだ。
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空の上の旅はなかなかに快適だった。
天気は快晴、視界は良好。
風に煽られるようなこともなく姿勢は安定している。
ある程度の揺れは覚悟していたけれどそれも全くなく、搭乗者の負担は馬よりも軽いかもしれないと思えるほどだった。
目線を少しだけ下にすると、王国城下町を一望できた。
普段は意識もしていない背景なのに、視点が変わっただけでどうしてこんなにも心が弾む風景に映るんだろう。
人の心はかくも不思議なものだ。
「なるほど、これはマクレガーに反対してた人たちがみんな手のひらを返す訳だわ」
ワイバーン使役計画は当初、反対派が多数だった。
ワイバーンは魔物の中では中の上に位置する種で、万が一暴れると手が付けられなくなるためだ。
この問題を、彼はワイバーン種が餌を与えれば懐く習性を利用し、さらに性格の大人しい個体を選別することで解決した。
それでも難色を示していた研究者たちを、マクレガーは有無を言わさずワイバーンに乗せていった。
――とりあえず乗って下さい。そしたら分かるんで。
彼の言葉通り、一度乗った反対派は一転してマクレガーの計画を推進する立場に鞍替えしていった。
あの時の研究者たちの童心に返ったような笑顔を思い出す。
「この風景を見れば、ねえ」
気持ちのいい風に頬を撫でられながら、私は視線を移動させた。
右に目を向けると多くの資源と魔物を擁する大森林が。
左に目を向けると複雑な海流から発生する渦と魔島が。
後ろに目を向けると広大な平原、そして薄らとサンバスタ王国の影が。
前に目を向けると大陸を二分する山脈がそれぞれ見える。
「これを見たら、誰だってワクワクするに決まってるわ」
ルビィと二人で乗ったら、それはそれは楽しい空の旅になる。
「帰りは二人になるけど、よろしくね」
ぺちぺちとワイバーンの背中を叩くと、ぐるる……と喉が鳴った。
「そうだ。ユーフェアも乗せたら喜ぶかしら」
この雄大な景色を見れば、きっとあの子も機嫌を直してくれるはず。
「空の旅からのお茶会。これで決まりね」
私の声に反応――したのかは分からないけれど。
ワイバーンが飛ぶ速度を上げてくれた。
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「到着、と」
ほどなくしてユーフェアの家に到着する。
「ルビィはいるかしら」
ワイバーンの背中から降りると、足の裏から、さく、という雪を踏む感触が伝わってきた。
気温の低いこの山は一年のほとんどが雪に覆われている。
標高が高く、気温が低い。
天体観測を趣味とするユーフェアにとっては理想の場所だ。
てくてくと家に近付き、扉をノックをする。
「ユーフェア、いる?」
……。
…………。
………………。
「反応がないわね」
ユーフェアは一定の手順に従ったノックをしないと出てこない。
聖女とルビィしか知らない秘密の符号だ(ルビィには私がうっかり漏らしてしまった)
久しぶりだから間違えたのかと記憶を確かめ、合っていることを確認してからもう一度ノックする。
「私よ、クリスタよ」
……。
…………。
………………。
反応なし。
やはり怒って出ようとしないのでは――と思ったが、ルビィが先に来ているはずだ。
ユーフェアが出なくても、ルビィなら扉を開けてくれるはず。
「ルビィ? ユーフェア?」
ノブに触れると、かちゃり……と音がして、扉がひとりでに開いた。
「なんだ、空いているじゃない。ユ――」
中に足を踏み入れると。
そこには、誰もいなかった。