第五話「脳筋」
ワイバーン。
姿形が似ていることから十年ほど前まではドラゴン種と同列に扱われていたが、魔物の研究が進んだ今では全く別種の扱いを受けている。
ドラゴン種と比べて小柄な体躯をしているとはいえ、その身体能力は脅威の一言。
腕にある翼膜で空を飛び、発達した前腕部の鉤爪で大地を素早く移動することもできる。
魔物はすべて害獣ではあるが、前述の「空と陸を高速移動できる」という点にとある魔物研究者が注目。
さらにある程度の知能を持ち、餌付けが可能という特徴を見出されてからワイバーンへの評価は大きく変動した。
ワイバーンの特性を活かし、うまく飼い慣らすことができれば空と大地を兼用する新たな移動手段になり得る――と。
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「さすがに無理だろ」
「どうして? けっこう懐いてるっていう話をしてたじゃない」
いつも通り騒がしい魔法研究所内をマクレガーと二人で移動する。
ワイバーンの飼い慣らしは想定よりスムーズに進行していて、年内には軍で試用を開始する――という話は聞いていた。
だからこそのお願いだったのだけれど。
「何か問題があるの?」
「スムーズにいってるからこそ、だ」
「?」
「見た方が早いな」
マクレガーはそう言ってワイバーンを飼っている部屋の扉を開けた。
憲兵の練習場のような広い空間。部屋そのものに天井はなく、蒼い空がぽっかりと開いて見えている。
ワイバーンは中央の檻で身体を丸めていた。
閉じ込められているにしては随分とリラックスしているように感じる。飼い慣らしがうまくいっていることの何よりの証拠だろう。
何の問題があるんだろうか。
「こう見えてこいつら人気者なんだよ。ほら」
視線で疑問を投げると、マクレガーが顎で傍らの机を差した。
バインダーに挟まれた用紙には、ワイバーンを実験に使う時間が書き込まれていた。
今日はもちろんのこと、明日も明後日も、朝から晩までびっしりと予定が詰まっている。
「な」
「むぅ」
緊急事態でもないし、さすがに実験を邪魔するわけにもいかないか。
他の方法を探そうとして――ふと、部屋の端にもう一つ檻があることを発見する。
中にいるのは、四匹目のワイバーンだ。
「待って。あの子は?」
「ああ、あいつは気性が荒くてな。何やっても懐かねえんだ」
「なるほど」
「いずれ殺処分の予定だが、今はとりあえず置いて――って、何やってんだ」
私は檻の鍵を開け、中に入った。
侵入者を察知したワイバーンが首を上げて警戒態勢を取る。
「何って。この子の手は空いてるんでしょ?」
「俺の話聞いてたか? 懐かねえんだって」
「殴れば言うこと聞くでしょ」
「……脳筋」
呆れたようにマクレガーは懐を漁り、煙草を取り出した。
それに火を付けて一服しつつ、
「殺処分予定だが、今殺すなよ」
「しないわよそんなこと」
メガネを外しながらすたすたとワイバーンに近付くと、口を大きく広げて噛みついてきた。
「【聖鎧】」
がぎん! と、鉄が交わった時のような音が空間に響き渡る。
『……?!』
「あら。肉食かと思ったら雑食なのね。意外だわ」
前歯は鋭く、臼歯は平べったい。何でも食べる雑食生物の特徴だ。
至近距離から歯を観察していると、ワイバーンは長い前腕を使って大きく距離を取った。
自分の攻撃が効いていないことに、警戒心を剥き出しにしている。
「さあ、かかって来なさい」
じりじりと距離を測りつつ、喉を鳴らして――再度、飛びかかってきた。
発達した前腕で殴るような動作。
「ほい」
私は拳の裏を使い、それを弾く。
一歩踏み込み、大きく体勢が崩れたワイバーンの横っ面に狙いを定める。
「聖女ビンタ」
平手を受けたワイバーンが檻に衝突し――動かなくなった。
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「……相変わらずデタラメな力だな」
動かなくなったワイバーンを眺めながら、マクレガーは吸い終わった煙草を吸い殻入れに投げ込んだ。
「ワラテア王国の聖騎士より強いんじゃねえか?」
「さあ、どうかしら」
ワイバーンに聖女ヒールをかけて傷を癒す。
「試しに行かねえのか?」
「行かないわよ。私は戦闘狂じゃないんだから」
「……」
「待って。どうしてそこで口を噤むの?」
雑談に興じているうちに治療が終わる。
ワイバーンがのそりと起き上がった。
「さあ、私のお願いを聞いてちょうだい」
『……』
ワイバーンはしばらく私を見やった後、頭に地面を付け、両腕をだらりと前に出した。
見ようによっては土下座しているような格好だ。
その意図が分からず、私は首だけをマクレガーの方に向ける。
「これはどういう姿勢なの?」
「服従のポーズだ」
マクレガーはボサボサの頭を掻きながら、半笑いで続ける。
「……本当に殴って言うこと聞かせやがったよ」
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「よっと」
背中に乗ると、ワイバーンはゆっくりと首を持ち上げた。
何度か具合を確かめるように前腕を振ると、翼膜に煽られた風がぶわりと周辺の埃を飛ばした。
それを何度も繰り返していると、ワイバーンの身体が徐々に空へと浮かんでいく。
「それじゃ、さっき伝えた場所までよろしくね」
『……』
ワイバーンに話しかけると、ぐるる……と喉を鳴らした。
返事の代わりだろうか。
「ふふ。結構可愛いわね、この子」
「…………気ィつけてな」
「ありがとう。三日後には返すから」
何故か半眼でこちらを見やるマクレガーに見送れらながら、私は魔法研究所を飛び立った。
「さあ、目指すはユーフェアの家よ!」
――待っててね、ルビィ。