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【閑話】失敗と経験

<メイザ視点>


「……」


 背を預けていた岩から顔を上げると、視界に映る色は茶と青にくっきりと分断されていた。

 青は海。

 遙か彼方、地平線の向こう側で空の青と交わっている。

 茶は大地。

 もとは緑豊かだったはずのこの場所は、僅か数年で草木の生えない乾燥した荒野と変貌していた。

 世界が二色では味気ないと、誰かが余計な気を利かせてくれたのだろう。

 茶色い大地に、ぽつりぽつりと赤黒いものが斑点のように色づいている。


 その色の根源は――血。

 魔物のものではない。

 それも少しは含まれているかもしれないが、大半は人間の血だ。


 魔物が支配するこの大地で、人間が住める領域は限りなく狭い。

 その狭い領土を巡って国同士で争いを続けた結果、取り合っていた資源を台無しにしてしまった。

 愚かにも程がある。


「――」


 まあ、そんなことは私に関係ない。

 私はただ、言われるままに人を殺すだけの人形だ。

 それ以外の生き方は知らないし、知る必要ない。

 そう思っていた。



 ――「あなた、面白いわね」

 ――「私のところで働きなさい」


 あの方と出会うまでは。



 ▼


「……」


 目を覚まし、すぐさま周囲を確認する。

 茶と青と黒(まだら)風景はどこにもなく、宛がわれた快適な部屋が目の前に広がっていた。


 珍しく、昔の夢を見ていたようだ。

 ちょうどクリスタ様と出会う直前の夢。

 私にとってはかけがえのない思い出の一瞬だ。


「どうせなら、もう少し見ていたかったわ」


 名残惜しい気持ちを切り替え、制服に着替える。


 クリスタ様と出会ったことで、私の人生は文字通り一変した。

 主人と同様、神の存在をまるで信じない私だけど、あの出来事だけは神に感謝してもいいかな、と思うほどに。


「よし」


 着崩れていないかを入念に確認する。


 私はクリスタ様の専属メイドだ。しかし我が主は多忙を極めており、エレオノーラ家に滞在される期間は極めて短い。


 クリスタ様がいない間は他の使用人の手伝いなどを主な業務としている。

 たとえ離れていても、私はクリスタ様のメイドだ。

 主人の名に恥じぬよう、今日も完璧なメイドを目指す。



 ▼


「ナイラスさん。野菜の皮剥き終わりました」

「おおっ、ありがとうメイザちゃん」


 料理長であるナイラスさんは、私が剥いた芋などを見ながら嬉しそうに笑う。


「相変わらずの包丁捌きだなぁ」

「ええ、刃物の扱いには慣れていますので」

「午後にまた頼んでもいいかい? ドーンの(せがれ)が初めて獣を狩ったらしくてな」


 エレオノーラ領では、初めて一人で狩った獣は領主に献上するという習わしがある。

 一人前の猟師になったことを知らしめるため……らしい。

 領主とは、つまりクリスタ様とルビィ様の父上だ。


 家人に獣をそのまま出す訳にはいかないので、解体は使用人の仕事だ。


「承知しました」


 ナイラスさんに一礼してから、私は厨房を後にする。



 ▼


「メイザ。おはよう」

「ルビィ様。おはようございます」


 庭掃除をしていた私に、ルビィ様が声をかけてきた。

 クリスタ様は聖女の力で人々を癒しているが、ルビィ様はまた違った意味で人々を癒す力を持っている。

 ルビィ様の笑顔を見るだけで、自然と頬が緩んでいく。

 この「頬が緩む」というのは気の問題で、周囲からすれば私の表情は変わっていないらしい。

 ……まだまだ訓練が足りていない証拠だ。


「ねぇ、聞いたんだけど午後から獣の解体をするの?」

「ええ」

「それ、私も手伝える?」


 ルビィ様は先日の婚約破棄や諸々を経て以来、色々なことに挑戦している。

 色々な職業、色々な業務。

 それが貴族令嬢として必要なものであるかは私には分からない。

 料理なんて、掃除なんて、ルビィ様がすることはないのだから、しなくてもいいのでは……と思わなくもない。


 ただ、できることを増やすことはとてもいいことだし、無駄だと思ったことが後々別の形で活かせるようになることはある。


 私が良い例だ。

 戦場でさんざん刃物を振るってきたおかげで包丁の扱いもすぐに覚えられた。

 それに、クリスタ様からも「ルビィの望みは最大限叶えてあげて」と念を押されている。


「全部は難しいですが、ところどころできる部分もあるかと」

「それじゃ、手伝わせて貰ってもいい?」

「もちろんです。助かります」


 これもルビィ様の経験のひとつになれば、私としてもこれ以上の喜びはない。


「何を手伝ってもらおうかしら」


 機嫌良く立ち去るルビィ様の背中を見送りながら、私は未経験でもできそうな行程を模索した。



 ▼ ▼ ▼


「ううん……」

「お目覚めになられましたか」

「あれ、メイザ……?」


 不思議そうにこちらを見やるルビィ様。


「私、どうしてベッドに……確か、獣の解体のお手伝いを」

「ええ。その途中で気を失われまして」

「あ……」


 意識がはっきりするにつれ、気を失う前の状態を思い出したのか、顔を青くするルビィ様。


 どうやらルビィ様は「獣の解体」を「一つの大きな塊肉を切り分ける」ことだと勘違いしていたらしい。

 私たちからすれば肉になった状態は「解体済み」だが、ルビィ様がそんなことを知るはずもない。


 まだ血抜きすら終えていない、獣の形をしたままの肉を見て、想像と現実の落差に気を失ってしまったのだ。


「私、また失敗を……」

「ルビィ様」


 いつもならここで俯いて涙を流し、それを私が慰めるという流れになるが。

 今回はそうはならなかった。


「……ダメダメ。ここで落ち込んだらお姉様に顔向けできないわ」


 ルビィ様は布団のシーツを皺が残るほど強く握り締め、傾きかけた身体に踏ん張りを利かせた。

 涙も……目尻には溜まっているが、零すことはしなかった。


「これも……これも、経験のうち。今回の失敗が、いつかどこかで成功の花を咲かせる栄養になるのよ!」

「その意気です、ルビィ様」


 涙をぐしぐしと拭い、ルビィ様は自分の頬を叩いた。


「次、また手伝わせてもらってもいい?」

「もちろんです」


(クリスタ様。ルビィ様は一歩ずつ成長されていますよ)


 王都にいる主に向かって、私はそう念じた。

今週から連載再開です

いつものように土曜19時からよろしくお願いします


★重大発表★

(今回はネタではないです)

皆様の応援のおかげにより、当作品が書籍化する運びとなりました

4/10発売です

素敵な表紙を飾って下さるのはミュシャ様です!


そして書籍の末には4/13より連載開始のコミカライズ第1話が入っております

迫力ある戦闘を描いて下さるのはso品様です!

書籍とコミカライズ1話が読めてお得(?)な1冊となっております


今後とも「国を守護している聖女~」をよろしくお願いしますm(_ _)m


では

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― 新着の感想 ―
[良い点] 単行本でてたんですね。 出張から帰ったら買いにいきますね。 [気になる点] 妹君におしえてさしあげたい。 聖女様は何でも拳で解決するポンコツ
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