第二十四話「閃き」
「……」
「……」
マリアに引き連れられ、ルトンジェラの往来を歩く。
外から見れば何ともないけれど、内心では心臓の鼓動が早くなっている。
もしかして、バレてる?
これからお説教される?
杖でバシバシされる?
「少し待ちな」
ぐるぐると不安が渦巻く中、マリアは酒場に寄った。
外に席があるタイプの店で、軒先でたむろしている傭兵の集団に近付いていく。
「――で、狙い澄ました俺の剣が魔物の心臓をズドンだ! ヒヨッコならあそこでビビッちまうところだが」
「ちょいと。そこの」
「なんだよ人がせっかく良い気分で話――! せ、聖女マリア様っ!」
先の戦いで戦果を誇らしげに語っていた傭兵が、マリアの姿を見た途端に敬礼の姿勢を取る。
傭兵という人種は声が大きく、身振り手振りも大仰なことが多い。
自分を強く見せなければならないという意識もあり、目上相手にもあえて無礼を貫く者も多い。
そんな彼が騎士のように背筋を伸ばしている。
私が来たときは「クリスタの姉御」とか気さくに話しかけてくるのに。
他の聖女が訪問している様子を知らないので、彼らのこういう反応は新鮮だ。
萎縮する傭兵たちに、マリアは手をぶらぶらとさせた。
「今回は正式な訪問じゃないんだ。畏まらず楽にしな」
「はっ、失礼しました!」
「少し聞きたいことがある」
マリアは肩越しに親指を立て、後ろにいる私を指差した。
「あいつを誰だか知っているかい?」
傭兵は直立不動のまま即答した。
「聖女エキドナ様の護衛、クリス殿です。彼は新種の魔物『多頭蛇』を単騎で討伐した、今回の戦いにおける最大の功労者であります」
「……そうかい」
しばし傭兵たちをじろりと睥睨したのち、マリアは彼らに背を向けた。
「邪魔したね」
▼
その後もマリアは傭兵や治癒師、果ては料理当番の女性にまで「私は誰か」を問うて回った。
……何が目的なんだろう。
訳が分からないままついて行くうち、私たちは人里から離れた木々の中を歩いていた。
マリアは杖をつきながら、疲れた様子も見せずなだらかな丘を上がっていく。
(――は!? もしかしてさっきいろいろ聞いて回っていたのは、私を攪乱するため?)
マリアの意図を探っているうち、気付けばこんなところを歩かされている。
わざと意味ありげな行動を取って思考を絡め取り、逃げ出さないようにするためのマリアの策略なのでは……?
(やっぱり正体がバレてる? このままついて行ったらお仕置きされるんじゃない!?)
大きな戦果を上げたとはいえ、違反は違反。
マリアがそれを見逃すとは思えない。
今のうちに逃げて、ルトンジェラを離れた方がいいかもしれない。
そして何食わぬ顔で王都に戻り、知らぬ存ぜぬを貫いた方が誤魔化せる可能性は高い。
(そうしましょう)
こっそり逃げ出そうと歩を緩めた瞬間、
「どこに行くつもりだい」
「!?」
マリアに声をかけられる。
まるで後ろに目でも付いているかの――いや、目が付いていたとしても身じろぎ程度の動作しかしていない。
逃げようとしているなんて、心の中を見透かしでもしない限り分からないはずなのに。
「もうすぐ着く。黙って来な」
「……」
今のはマリアなりの「逃がしゃしないよヒッヒッヒ」の意だろう。
(兜があるから、いつもより痛みは少ないわよね……)
私は観念して、逃げ出すことを諦めた。
▼
辿り着いた先は、ルトンジェラの共同墓地だ。
死後、諸々の手間を省くためルトンジェラには墓石が一つしかない。
(なるほど。「ここがお前の墓場だ」と言いたい訳ね)
皮肉の効いた場所に、思わず苦笑してしまう。
マリアは墓石に向かって長い時間手を合わせてから、傍にある木組みの長椅子に腰掛けた。
「あんたも座りな」
「……」
「待ちな。どうして地面に正座しようとしているんだい」
コツコツ、とマリアは杖で長椅子を叩く。
隣に座れ、ということらしい。
恐る恐る、マリアの隣に腰掛ける。
「……」
「……」
しばし、丘から見えるルトンジェラの集落を無言で眺める。
国の為に戦った英雄たちが死後、少しでも景色を楽しめるように――という理由から、共同墓地は見晴らしのいいところに建てられている。
死んだ後は何も残らない、と思っている私にとってはあまり論理的でない考え方だけれど……景色が綺麗なのは確かだ。
「アンタにいくつか聞きたいことがある」
沈黙を破ったのは、マリアだった。
「――分かりました」
顔を隠す必要はもうないだろう。
兜を取ろうとすると、マリアの杖がそれを止めた。
「……今のは風の音だね。年のせいか、最近耳が遠くていけないねぇ」
「……」
「そのままで聞きな。頷くか、首を振るかだけでいい」
マリアは前を向いたまま、淡々と問うてきた。
「あんたが今回来たのは『いつもの理由』だね?」
いつもの理由――ルビィのため。
私は首を縦に振った。
「夜な夜な結界の外に出て魔物の数をこっそりと減らしていたのも、それが理由――と」
「……」
ルトンジェラの活動報告を流し見していただけなのに、マリアは私の動きをほぼ正確に把握していた。
私は首を縦に振った。
「そうかい」
ゆっくりと立ち上がり、腰を伸ばすマリア。
「聞きたいことはそれだけだ」
「あの、マリア」
「また風の音がしたね」
コツン、と杖で兜を叩かれる。
私がいつも『やらかして』しまった時に脳天を貫かれる位置だ。
痛みはなかったけれど、なんとなくそこを押さえながらマリアを見上げた。
「今回はこれだけで勘弁してやる。王都に戻るまで、決してバレるんじゃないよ」
それだけを言い残し、マリアは先に帰ってしまった。
「……見逃して、くれ……た?」
▼
「珍しいことがあったもんだな」
エキドナに事の顛末を話すと、彼女は目を丸くしていた。
「あのマリアがお目こぼししてくれるなんて、魔王が復活する予兆かしら」
「そこまでじゃないと思うけどな」
「それくらいありえないことなのよ」
肉を食べるなとか、朝起きたら教会の方向に祈りを捧げろとか、そういう細かな規則の見逃しならまだ分かる。
けれど人前で聖女の力を――教会が意図しない方向で――使うと、容赦ない杖の制裁が待っている。
今回は後者だ。
私にとっては命題であるルビィの安全を守ることも、マリアからすれば「そんなもん知るか!」のはずなのだ。
マリアが見逃してくれた理由が分からない。
「もしかして――」
私はハッと気付いた。
「マリアもようやくルビィの可愛さに気付いた……ってことじゃない!?」
「なんでそうなる」
エキドナは丸くしていた目を半眼にして、呆れたようにため息を吐いた。
「常識的に考えてそうとしか思えないわ」
「お前が常識をどっかに落っことしたってこと忘れてたわ」
ため息を吐きながら、エキドナは諭すように指を立てた。
「普通に考えて、ここの人間に顔がバレてないからだろ?」
「……そういえば、ルトンジェラの人たちに『こいつは誰だい』と聞いて回っていたわね」
誰もが私を『エキドナの護衛、クリス』と認識していた。
私が多頭蛇を討伐した功績はエキドナの功績にしてもらうようになっている。
マリアさえ目を瞑れば、エキドナの活躍でルトンジェラの危機を免れた……という風に脚色できる。
聖女の株が上がることに関しては目を瞑る。
……そう考えれば辻褄は合う。
「なるほど理解したわ。聖女だと分からいようにすれば今後も折檻を受けることはないと」
「それは発想が飛躍してないか?」
私は笑みをたたえながら、ゆっくりと立ち上がった。
「ふふ、ふふふ」
「クリスタ?」
「――閃いたわ! もうマリアに怒られないようにする完璧な方法を!」