第二十三話「思わぬ助っ人」
「……ふぅ」
蛇の再生が始まらないことを確認してから、私は警戒を解いた。
「クリス!」
エキドナが偽名を呼びながら手を振っている。
他の魔物の討伐も終わったようだ。
「エキドナ。お疲れ様」
「そっちこそ。お疲れさん」
私たちはどちらからともなく腕を上げ、お互いの手を叩く。
それが勝ちどきであるかのように、傭兵達が武器を掲げて雄叫びを上げる。
「うおおお! 聖女万歳!」
「聖女の加護がある限り、我らオルグルントの民は不滅だ!」
「あいつら……大袈裟だっつーの」
喝采を受けながら、エキドナは恥ずかしそうに頬を掻いていた。
「大袈裟なんかじゃない」
傭兵達の中からマーカスが歩み出て、エキドナに深く頭を下げた。
「大規模な攻勢だったが、おかげで死者はいない。エキドナがいてくれたからこそだ」
そして、私の方に顔を向ける。
「あんたも。クリス……だったか。鬼神のごとき戦いぶりだった。まるで『豪腕の聖女』クリスタを思わせるような!」
この地区では、エキドナだけでなく他の聖女にも妙な名前を付けている。
(仮にも研究者なんだから、知的な感じがいいのだけれど……)
訂正をお願いしたいけれど、今は声を出すことができない。
次、来たときに代えてもらうように言おうと心に決め、文句をぐっと堪えた。
「後の処理は手の空いた者でやる。エキドナもクリスも今日はゆっくり休んでくれ」
「怪我人はいねーのか?」
「重傷者は皆無だ。軽傷者はいるが、こちらで十分に対応できる」
「そっか。ならお言葉に甘えさせてもらおうかな」
うーん、と両手を伸ばすエキドナ。
「行くぞ、クリス」
こくり、と頷き、エキドナの後に続こうとすると――少し離れた場所から、傭兵の悲鳴が上がった。
「大変だ――この蛇、まだ生きているぞ!」
「!」
声のした方――多頭蛇の本体がいる方向とは逆――へ振り返る。
私が多頭蛇の本体を引き寄せようと引っ張った頭が、まだ生きていた。
動かなくなっていたので、吹き飛んだ衝撃で死んだものだとばかり思っていたけれど、どうやら死んだフリをして様子を伺っていたらしい。
蛇の頭はそれぞれ独立している。
本体が司るのはあくまで再生と、感覚の共有。
今のあいつは多頭蛇の分体ではなく、尻尾のないただの一匹の魔物だ。
本体を囮に使い、自分だけ生き延びたのだ。
傭兵には目もくれず奥へ進む蛇。
その先には――非戦闘員の避難先がある。
そこには、ルビィが――。
「――ッ!」
私は全速力で蛇の後を追った。
▼
私のせいだ。
しっかりとトドメを差さなかったばかりに。
戦闘は終わったと油断したばかりに。
ルビィに危険が及ぶ隙を作ってしまった。
あの子に万が一のことがあったら。
私は、私は……。
避難所の前で、蛇の身体を視界の端に捉えた。
走る速度そのままに蹴りを叩き込もうとして――様子がおかしいことに気付く。
「……っ」
足を踏ん張り、急いで静止をかける。
速度を出しすぎていたせいか、止まるまでに少し地面を削ってしまった。
蛇は避難所の目前で、活動を停止していた。
外傷はない。眠るように死んでいる。
やはり本体と繋がっていて、時間差で寿命が尽きた?
いや……違う。
これは人の手によるものだ。
こんなことができる人物を、私は一人だけ知っていた。
「騒がしいねぇ。そいつはもう片付けたよ」
予想通り、避難所の前には一人の老女が立っていた。
かっちりと着込んだ法衣と、必要ないのに常に携帯している杖。
「マリア」
私は兜の中、聞こえない大きさの声で彼女の名前を呟いた。
▼
「聖女マリア殿。どうしてこちらへ……?」
「野暮用で近くを通ったとき、憲兵どもが往来でアンタのことを愚痴ってたのを聞いたんだよ」
数日前、横柄な態度で助力に来た憲兵たち。
マーカスの逆鱗に触れて追い返された先で、ここのことを悪く言っていた様子をマリアに聞かれていたらしい。
「応援要請はアタシの名前も添えて陛下の元に送った。じき応援が来る」
長きに渡って聖女を務めているマリアの名前は強力だ。
国王命令が下れば、憲兵とて書類審査など取っ払ってすぐに動いてくれるだろう。
人手不足問題は、そう遠くないうちに解決する。
「迷惑をかけたね」
「迷惑……とは?」
「アタシ達のことで揉めたんだろ?」
憲兵たちと仲違いした原因は、彼らが聖女を馬鹿にしたせいだ。
そうでなくとも鼻につく態度だったけれど……もしかしたら、あれが無ければ今ごろ一緒に戦っていたかもしれない。
……役に立っていたかはかなり微妙なところだけれど。
マリアは、聖女が原因で揉めてしまったことを気にしているようだ。
「すまなかったね。アタシがしっかり聖女たちを管理できていないばかりに余計な揉め事を引き起こしてしまった」
「聖女マリア殿、頭を上げてください。あなたが謝罪する必要など全くございません」
……普段、怒ってばかりのマリアを見慣れているので、こうして平に頭を下げる彼女を見るのはとても不思議な感覚だ。
「確かに、長きに渡ってオルグルント王国を支えてきた先代の聖女様がたがご健在だった頃、聖女反対派の声は今のように大きくはありませんでした。しかし」
ぴんと背筋を伸ばし、マーカスははっきりと告げた。
「今代の聖女様がたが先代に劣っているとは思いません。皆様それぞれ国を想い、守りたいという心は先代たち以上に強いと私は感じております。それが分からぬ愚か者が増えてしまったことは残念ではありますが……断じて、あなたのせいではない」
「……そうかい」
マリアは何も言わず、席を立った。
扉の傍で立っていた私の横を通り過ぎようとした際、こつん、と鎧を叩かれる。
「アンタ。エキドナの護衛……と言っていたね」
「……」
こくり、と頭を縦に振る。
「ならアタシも護衛してもらおうかね――ついて来な」