第二十二話「奥の手」
改めて、多頭蛇という魔物の生態について思考を巡らせる。
まず、あの八つの頭。
分離が可能で、ひとつひとつ独立した行動ができる。
これは脳となる部分が八つある、ということだ。
その上で、視覚などの感覚の共有ができる。
奴らは一つであると同時に、八つの生物でもあるのだ。
ここでユーフェアの予言を思い出す。
彼女はこう言っていた。
『八つ以上になることもあるかも』と。
私はこれを、尻尾から切り離せば何体にでも分離できると解釈していた。
けれどこの推測はおそらく間違っている。
もしそれが可能なら、私を抑える蛇とルビィを追う蛇に分離しているはずだ。
多頭蛇はそれをしなかった。
あれほど執着していたルビィを一旦諦め、私を先に倒すことを選んだのだ。
これらの行動から、無制限に分離はできないと考えられる。
切り離すことはできても、頭の数は八つが上限。
「いえ――正確には九つね」
この魔物には、八つの蛇とは別にもうひとつ頭がある。
それを潰されると再生も分離もできなくなるからこそ、多頭蛇は大岩をあえて受け止めた。
その位置は――八つの頭がひとつに交わる場所。
「尻尾の付け根。そこがあんたの本体であり、弱点よ」
潰れた蛇の死骸を踏み台に、私は跳躍した。
一気に本体へと距離を詰める!
多頭蛇は残った頭を大地に叩きつけ、その衝撃で後ろに逃げた。
空振りした聖女キックが、均された地面を陥没させる。
蛇は身体の構造上、後退が苦手とされている。
多頭蛇の場合はそれに当て嵌まらないらしい。
「待ちなさい」
間髪入れずに多頭蛇との距離を詰め、頭のひとつを掴む。
綱引きの要領で引っ張り、尻尾からこちらに来るように仕向けるが――。
「ちっ」
釣り餌を獲物に持って行かれた時のように、張力が一気になくなる。
こちらの意図を読んだ本体が、先に頭を切り離したのだ。
勢い余った蛇が真後ろに吹き飛び、盛大に音を立てた。
「トカゲの尻尾切りならぬ、蛇の頭切りね」
最初に背後から尻尾を掴んだとき、既に本体の位置が分かっていればもう勝負はついていた。
かつての師が言っていた『情報』の大切さを痛感する。
深呼吸をひとつしてから、状況を俯瞰する。
大岩を受け止めた頭四つは再生中。
ひとつは今、本体が切り捨てた。
頭の再生はひとつだけなら数十秒。
複数あるとそのぶん力が分散して再生が遅れていく。
五つ欠けた状態なら、ひとつにつき数分はかかるはずだ。
本体に迫るための、またとないチャンスだ。
しかし、こちらの攻撃パターンはほとんど見切られている。
頭が残っている状態で再び背後を取るのは難しいだろう。
「だったら、これまで見せたことのない攻撃――『奥の手』で頭を全部潰せばいいのよ」
飽きるほど見られている攻撃は避けられる。
なら、見せたことのない攻撃をすればいい。
私は修練場に落ちていた剣を拾い上げた。
練習用のため刃に布がきつく巻き付けられているけれど、何の問題もない。
それを何度か振って感触を確かめる。
「剣術なんて久しぶりね」
聖女は武器を持たない。
国の守護者たるイメージを崩さないよう、公然と武器を持つことを禁じられているためだ。
それに粛々と従っている――訳ではない。
単純に、私の力に耐えうる武器がないためだ。
ほんのひと振りで剣は砕け、槍は折れ、槌はひしゃげる。
すぐに壊れるような武器を、わざわざ禁を破ってまで持つ必要はない。
私だって教会に怒られたくて怒られているのではないのだから。
立てる必要のない波風をわざわざ立てようなんて思わない。
「今回は素顔を隠してるし、こういう事態だし、特別ってことで……【聖鎧】拡大」
身体に纏わせている【聖鎧】の範囲を、剣にまで広げる。
これで手を離さない限り、武器が壊れることはない。
刃の部分も【聖鎧】の中になるため切れ味が死んでしまうが、これはそもそも刃が露出していないので同じことだ。
「行くわよ」
剣を腰だめに構え、距離を取ろうとする多頭蛇――頭を再生する時間を稼ごうとしているのだろう――を追い詰める。
残る頭は三つだけ。
剣でそれらを翻弄しながら、本体を狙う!
「聖女斬り」
迫ってきた蛇を、力任せに斬る。
【聖鎧】を纏った剣は破壊不能の鈍器となり、蛇の頭を真横に吹き飛ばす。
予想通りというか、見たことのない攻撃には素早く対応できないようだ。
頭の巻き添えを食らい、もうひとつの頭も私から遠い場所に吹き飛んだ。
残る頭はひとつだけ。
「チャンス!」
真上に跳躍し、剣で最後の蛇の脳天を貫く。
これで頭はすべて再生中となった。
元の形に戻るまでの時間を待つつもりはない。
本体は頭に比べればサイズは小さく、動きも鈍い。
頭が無ければジャンプして後退もできない。
いくら行動を読まれていようと、この距離でパンチを外す道理はない。
「ルビィを狙おうとした罪を贖いなさい」
本体に聖女パンチをお見舞いすると、確かな手応えを感じた。
「多頭蛇――討伐、完了」