第二十一話「観察」
「戦闘で最も重要なもの、なーんだ。すべてをねじ伏せる腕力? 武器を使い熟す器用さ? 魔力の多さ?」
それは、私に武術のイロハを教えてくれた先生の言葉だ。
魔法に傾倒する以前は色々なものを経験しようと、様々な学問を囓っていた。
武術もそのうちの一つで、飽きればすぐに止めるつもりでいた。
「不正解だったら庭を三周してもらう。さあ、どれだ」
「魔力の多寡です」
当時七歳の私は即答した。
「魔法の応用力の高さや最大効果範囲は武器や腕力を上回ります。ゆえに魔法を多く使える魔力があればあらゆる事象に対応可能――」
「残念、不正解だ」
「……武器や腕力が魔法に勝るとでも?」
確かに、魔法には発動が遅いという欠点がある。
しかしそれは補助具――杖などを使い、立ち回りに気を付ければいいだけ。
魔法の万能さが他に劣ることはない。
あの中では魔法が最も優れた回答のはずなのだ。
「お前は魔法に盲目過ぎるんだよ。もっと広い見地を持て」
「それで、答えは何なんでしょうか」
「正解は――情報だ」
「は?」
選択肢にない答えに、私は眉をひそめた。
そんな私に気付いているのかいないのか、先生は得意げに指を立てた。
「敵を知り、己を知る。持っている情報が多ければ多いほど戦いは有利に進められる。例えばそうだな……身体が硬くて剣では倒せない魔物がいたとしよう。そいつのことを何も知らなければ逃げるしかできない。けど、音に弱いっていう弱点を知っているとしたらどうだ?」
音に弱いなら、聴覚器官の傍で叫ぶだけでも立派な攻撃になる。
倒すにしても逃げるにしても、それを知っているか知らないかで立ち回りは大幅に変化する。
言っていることは理解できる。
できる、けれど。
「先生、回答の中にない答えは卑怯です」
「はっはっは。すまんすまん」
悪びれる様子もなく、先生は悪戯が成功した子供のように笑う。
「ただ覚えておいてくれ。魔法に夢中になるのはいいが、過信は禁物だ」
「……」
「ま、大抵のことは筋肉さえあれば何とかなる。身体を鍛えとけ」
「結局それですか」
先生は大抵、結論を筋肉に落ち着ける。
実に非合理的な話だ。
非合理だが……私はもう少しだけ、この先生に師事しようと思った。
▼ ▼ ▼
私がこれまで倒してきた多頭蛇の分体は五匹以上。
奴らを倒すためにしてきた行動はすべて筒抜けになっている。
敵を知り、己を知る。
情報戦という見地では、私は大幅に遅れを取っていた。
「聖女パンチ――って、やっぱり当たらないわね」
常に使用する聖女パンチについては、完璧に見切られている。
繰り出した拳が空を切り、その隙に反撃を喰らう。
蛇の身体にぐるりと巻き付かれ、動けなくなったところを他の頭が一斉に紫がかった体液を吐く。
液体が触れたものから、しゅうしゅうと音が鳴った。
あらゆるものを溶かす毒のようだ。
私を拘束している蛇も巻き添えを食らっているが、お構いなしに浴びせ続けている。
「効かん」
【聖鎧】を身に纏う私に、もちろんそんなものは効かない。
鎖を引きちぎるように蛇の拘束から逃れ、その場に落ちていた石を投げつける。
「聖女投擲」
正確に狙いを定めた石を、ひょい、と軽やかに躱す蛇たち。
この攻撃も一度しているせいか、慣れたような避け方だった。
犠牲になった蛇が尻尾でぷつんと分断され、そこから新しい蛇の頭が生えてきている。
シューシューと独特な音を何重にも奏でながら、蛇たちが二股に分かれた舌を出して私を睥睨している。
『観察』されているのだろう。
この攻撃は効かない。
なら、これならどうだ――と、次々に試しているのだ。
ユーフェアの言葉通り、まさに『鷹の目』だ。
やはりというか、かなり頭が良い。
「どれだけやっても【聖鎧】は壊せないわよ」
【聖鎧】を破った人物は過去に一人だけ。
彼女のような能力でも用いない限り、絶対に破ることはできない。
(とはいえ困ったわね)
相手の攻撃で私が死ぬことはない。
けれど相手も同じようなものだ。
倒しても倒しても、すぐに新しい頭が生えてくる。
派手に殴り合いの応酬をしているものの、実際はジリ貧だ。
相手の再生回数にも限度があるはずだけれど、それより先に私の魔力が尽きる可能性の方が高い。
時間を稼がれ、魔力切れを狙われれば無敵の【聖鎧】も効力を失う。
多頭蛇がそれに気付かない――と侮るのは危険だ。
(ベティかユーフェアに『極大結界』の維持を頼んでおけば良かったわね)
『極大結界』に割いている分の魔力を戻せば【聖鎧】の使用時間は延び、【身体強化】の威力もさらに上昇させられる。
しかし、何も言わずに『極大結界』の維持を放棄する行為は数十キロの重りをいきなり相手に投げつけるに等しい。
魔力量の少ないユーフェアにそんなことをすれば、ショックで死んでしまうかもしれない。
ベティはまだ持ち堪えるかもしれないけれど、それはあくまで万全の状態であった時だ。
何かの理由で魔力を多く消費していれば、辿る道はユーフェアと同じになってしまう。
エキドナに助力を求めようにも、彼女も傭兵達の強化や治癒で手一杯。
今回のことを内緒にしているマリアは論外だ。
一人でどうにかするしかない。
そのためには私も、多頭蛇をもっと知る必要がある。
「私も『観察』するとしましょうか」
多頭蛇の猛攻を受けながら、場所を移動する。
なんとなく――だけれど、弱点の目星はついている。
▼
向かった先は修練所だ。
傭兵たちが訓練に使用している大岩を掴み、持ち上げる。
攻撃のためじゃない。
仮説を検証するためだ。
「さて。これは避けられるかしら」
その場からジャンプし、追ってきた多頭蛇に狙いを定める。
「聖女投擲」
ふん、と叩きつけるように大岩を投げる。
多頭蛇は複数の身体を交差させ、それを受け止めた。
大岩の質量に、巨体を誇る多頭蛇が地面を削りながら後ろに下がった。
衝撃で複数の蛇が身体をひしゃげさせ、口から体液を吐いてその場にくずおれる。
死んだ蛇から順番に尻尾がぶつんと切れていき、再び再生が始まる。
「……へぇ」
不意を突いたとはいえ、今の攻撃は避けられないほどではなかった。
なのに、多頭蛇は複数の頭を犠牲にしてまであえて受け止めた。
それは私の仮説が正しいことを裏付ける、確かな証拠となった。
「なるほど。弱点はそこね」
投擲した先にあるものに、私は目を細めた。