第十九話「八又槍の正体」
「ルビィ。皮むきが終わったら火起こし用の薪を取って来てくれるかい」
「はいっ」
(やってるわね)
ルビィは皮むきだけでなく、他分野の仕事もちょくちょく手伝うまでに成長していた。
剥いた芋と道具を手早く片付け、薪が保管された小屋まで移動する。
そこにいた中年の女性に声をかけた。
「すみません。野菜の下ごしらえが終わったので薪運びを手伝います。どれから運べばいいですか?」
「助かるよ。こっちを運んでもらえるかい?」
「分かりました」
初めての仕事特有の緊張もいい具合に抜けており、吸水性の高い布のように新しい仕事を覚えていく。
「いい子だねぇルビィちゃんは。ずっとここで働いてもらいたいくらいだよ」
薪を運んでいた女性が、ルビィの背中を見ながらしみじみと呟く。
エレオノーラ領でそうだったように、ルビィはその愛くるしい笑顔でルトンジェラの人々をも魅了していた。
さすが我が妹、としか言いようがない。
(最初はどうなることかとハラハラしていたけれど……)
小さかった頃の、人見知りだったルビィの面影はもはや微塵も感じられない。
汗を流しつつ楽しそうに働くルビィを見ながら、私は唇の端をにまにまと緩めた。
(いけないわ。そろそろ離れないと)
聖女の付添人ということは周知してもらったが、それでも鎧の男(たぶん皆にはそう思われている)が女の子を眺めている絵面はあまりよろしくない。
本格的に怪しい人物と疑われる前に離れよう。
きびすを返そうとして。
――ふと、ルビィの足元を動く何かに目が留まった。
蛇だった。
すぐ傍に森があるここでは、人の領域に獣などが迷い込むことは決して珍しくはない。
にょろにょろと身体を動かすその蛇には――尻尾が無かった。
蛇が鎌首を持ち上げ、口をめいっぱい広げる。
鋭い牙の先には、ルビィの足首があった。
「――!」
私はすぐさま駆け寄り、蛇の頭を踏みつけた。
「うんしょ、うんしょ」
幸い、ルビィは蛇の接近に気付いていない。
可愛らしい掛け声を繰り返しながら、炊事場の角を曲がっていく。
「……危ないところだったわ」
ルビィを静かに見送ってから、私は足を退けた。
頭を潰され動かなくなった蛇を持ち上げ、しげしげと眺める。
「やっぱり。こいつ、魔物だわ」
大きさこそ違うが、連日出会っている蛇の魔物と同じ種類だった。
小さな身体を利用して見張りの目を潜り抜け、ここまで来たのだろう。
まさかルビィが魔物に狙われるなんて。
未然に防ぐことができて良かった――と胸を撫で下ろしたまさにその瞬間。
頭の中で保留していた疑問の糸が、正解に繋がった。
――八叉槍と鷹の目に気を付けて。
それは数日前にユーフェアがくれた危険の報せ。
――八つ以上になることもあるかも。
八つ、あるいはそれ以上の槍。
私は蜘蛛の魔物でもやってくるのかと思って警戒していたけれど、違う。
ユーフェアが示す魔物とは、既に何度も遭遇している。
八、という数字に囚われすぎて気付かなかっただけだ。
(八叉槍が示すものは――)
答えに辿り着いた瞬間、大きな地響きがした。
切羽詰まった声で、斥候が叫んでいる。
「敵襲! 新型の魔物が結界を超えて来たぞー!」
▼
「聖女ジャンプ」
私は跳躍し、高い建物の屋根の上に着地する。
鎧の隙間から見える景色を俯瞰し、侵入してきた魔物の姿を視界に収めた。
「……やっぱり」
見えたのは、数匹の蛇の魔物。
大きさとしては中が五、大が三。
それぞれが独立しているように見えるが、尻尾の根元を辿るとそれが一つに繋がっている。
私はあの魔物を同一種族と言っていたけれど。
同一どころか、あれらは一つの個体なのだ。
尻尾から分離することで一匹の魔物のように振舞うことができる。
千切れた個所からは新しい蛇の頭が生え、再び八つ頭に戻る。
これまでに見たことのない――新種だ。
多頭蛇、とでも名付けるべきだろうか。
ユーフェアの予言は当たっていた。
「非戦闘員は直ちに避難! 誘導係、あの魔物を広場に誘導しろ!」
ルトンジェラは最も危険な結界の穴。
ゆえに魔物の侵入もそう珍しくはなく、避難マニュアルの整備や練度は他と比べても高い。
非戦闘員の避難は速やかに行われ、戦いやすい広場に魔物を誘導できる手筈になっている。
……はずだった。
多頭蛇は誘導係には目もくれず、一目散にある場所を目指していた。
行く先には――避難途中の非戦闘員の中にいるルビィがいた。
さっき分裂した蛇に狙われたのは偶然じゃない。
あの魔物は、何らかの意思を持ってルビィを狙っている。
私は一直線に地面に降り立ち、多頭蛇の尻尾を掴んだ。
複数方向からルビィを狙っていた蛇の頭が、同時に、がくん! と止まる。
「ふん」
そのまま蛇を持ち上げ、裏返すように地面に叩きつける。
多頭蛇の侵攻を食い止めようとしていた傭兵たちの動きが、唖然とした表情でこちらを見ていた。
「嘘だろ……あんなデカい魔物を腕一本で……」
「なんつー怪力だ……」
それらを無視して、私は指を鳴らした。
何故、他の人間に目もくれずルビィを狙おうとしたのか。
何か理由はありそうだけれど、そんな些細なことはどうでもいい。
「私の大事なルビィを狙うような魔物は――鱗一つ残さず駆逐しないとね」