第十七話「規格外」<マーカス視点>
薄っすらとした光に包まれながら、次々に魔物をぶっ飛ばした。
当然、魔物だってやられっぱなしではない。
牙や爪、あるいは魔法で反撃してきた。
――しかし聖女は魔物たちの猛攻を受けても全くの無傷だった。
彼がぽかんと口を開けている間に、聖女はその辺り一帯の魔物を駆逐してしまった。
身に纏う白衣に、土汚れすら付けることなく。
「シルバークロイツのグレゴリオ御大……いや、それ以上の戦闘力を持った聖女ですぜ」
「それは言いすぎだろう」
シルバークロイツ領を収めるグレゴリオ卿とは一度会ったことがある。
彼と聖女クリスタ。
比べてどちらの戦闘力が上かは、火を見るより明らかだ。
筋力に頼らずパワーを出す方法が無いわけではない。
身体能力を強化する魔法を使えば、細腕の女性がその辺の男よりも力を出すことはできる。
しかし、それはあくまで補助魔法専門の使い手がいてこそできる芸当だ。
「いやいやいや! 旦那も一度見てきてください! 絶対にそう思いますって!」
「……」
信じてくれと縋る護衛係の男に、俺は腕を組んだ。
彼はおちゃらけてはいるが、こんな場で嘘を言うような性格ではないことは知っている。
……本当、なのか?
「明日は俺と副隊長で現場を回すんで、聖女に同行してください! 俺が嘘を言ってないって分かりますんで!」
「……そこまで言うなら」
彼の強い後押しも手伝い、俺は明日一日だけ聖女クリスタに同行することを決意した。
ルトンジェラの大将なんて大層な役をしているが、根っこの部分は武人のまま。
護衛係の男にここまで言わせる聖女クリスタの実力を、俺はこの見てみたくなった。
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翌日。
聖女クリスタに同行の旨を伝えると彼女はあっさり了解した。
「隊長が出てこられるなんて珍しいですね。ここではよくあるんですか?」
「ええ。部屋の中に篭ってばかりでは身体が鈍る一方ですからね」
「確かに。身体を動かした方が頭も働きます」
本日向かう場所も昨日と同じく北東方面。
てっきりもっと中央寄りに行きたいと言うかと思ったが、昨日のうちに何かを仕込んでいるらしい。
開けた平原を歩きながら、俺は山に視線を向けた。
「今日は山の機嫌はそこまで悪くないようですね」
「山の機嫌?」
「ええ」
首を傾げる聖女クリスタに、俺は大陸中央の山脈を指差した。
「あの辺りの天気が悪いと強い魔物との遭遇率が高くなるんです」
「へぇ。それは興味深いですね」
どういう因果関係が、とか、魔力の噴出で天気に変化が、とか、ぶつぶつと独り言を始める。
その間、俺はさりげなく彼女を観察した。
上背は女性にしては高く、目線は俺のほんの下くらい。長い金髪を邪魔にならないようまとめ上げ、前髪は目と被らないようにして額を出している。
大きくて分厚いメガネのせいで顔立ちはよく分からないが、貴族の令嬢だけあって肌は綺麗だ。
「そういえば聖女クリスタ様、どうして白衣を着ていらっしゃるのでしょうか」
「ああ、これですか? 魔法研究所の制服なんです」
「魔法研究所?」
「ええ。私、聖女でもあり、魔法研究者でもあるんです」
聖女は滅私奉公。その身の全てを神の――教会の信徒として捧げなければならないはず。
兼業など認められていないはずだ。
(俺が知らない間に、教会はずいぶん丸くなったんだな)
少し首をひねりつつも、俺は納得した。
「よく聖女と兼任できていますね」
魔法研究所がどれくらい忙しいかは知らないが、聖女はかなりの激務のはず。
「最初は嫌でしたけどね。けれど思い直したんです。聖女は国の安寧の要。ひいてはあの子を守ることに繋がる、と」
「……あの子?」
「おっと。おしゃべりはここまでですね」
聖女クリスタが、一方を指差す。
そこには、一か所にかたまった魔物の群れがいた。
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普段はばらばらに点在しているはずの異なる種の魔物が、一か所に集まっている。
「昨日ぶっ飛ばした魔物の死骸をあそこに固めておいたんです。これで移動の手間が省けます」
クリスタは好戦的な笑みを浮かべ――メガネを外した。
その瞬間、俺は息を呑んだ。
メガネの下から出てきた素顔は、意外なほど美人だった。
適当にまとめた髪や奇抜な服装を正せば、誰もが振り返るほどの令嬢になることは間違いない、と思えるほどの。
「これ、預かっておいてもらえますか」
「え? ああ――はい」
「実験を挟むので小一時間ほどかかります。それまで待っていてください」
「……小一時間?」
あれだけの魔物を前にして、小一時間?
俺の疑問に答えることなく、聖女クリスタは魔物の群れに突っ込んでいった。
反射的にそれを止めようとするが――昨日の護衛係の言葉を思い出し、思いとどまる。
どれほどの力を秘めているか、見せてもらおう。
クリスタの接近に気付いた猿型の魔物が、彼女に掴みかかろうとする。
それを避けることなく、彼女は拳を握りしめた。
「聖女パンチ」
瞬間。
猿型の魔物の身体が、まるで軽い薪のように吹き飛んでいった。
数メートル先の同系の仲間の群れに突っ込んだところでようやく止まる。
その出鱈目な威力に、俺はぽかんと口を開けた。
護衛係の言っていた通りだ。
聖女が。
魔物を。
素手で。
ぶっ飛ばした。
「さて。昨日で防御能力の実験はあらかた終えたから、今日は威力と稼働時間のテストね」
奇抜ではあるが、この場に似つかわしくない白を基調とした服。
それを翻しながら次々と襲い掛かる魔物を屠る姿は、戦場を駆ける戦乙女のようにどこか神々しくもあった。
思わず見惚れていたのも束の間、
「あっ」
熊型の魔物に拳を叩き込んだクリスタが、声を上げた。
これまでほぼ一撃で粉砕していた必殺の拳に、熊型の魔物は耐えた。
数歩たたらを踏みつつも、クリスタをその大木のような腕で抱え上げる。
「クリスタ様!」
さすがに助けに入ろうとする俺だが、
「大丈夫です」
彼女は普段となんら変わりない様子で答えた。
熊型の魔物がほんの少し力を込めただけで折れてしまいそうになるはずの身体は、いつまで経っても無傷のまま。
魔物が力を入れていない訳ではない。
むしろ牙の隙間から唸り声が聞こえるほどに力を込めている。
どうして潰れないのかと、戸惑いの表情が浮かんでいる。
そんな熊型の魔物を、クリスタは至近距離で見返す。
彼女の目は――なんというか……とても、きらきらしていた。
「私の一撃に耐えてくれるなんて、いいサンプルになりそうね――もう少しだけ、出力を上げるわ」
――出力を上げる?
(あれだけ一方的に魔物を蹂躙しておいて、本気じゃないのか!?)
胸中で驚愕する俺を尻目に、聖女クリスタは「ほい」と気の抜けた声を上げて右手を上げた。
彼女の動きを封じていたはずの魔物の腕が、まるでぬいぐるみのように千切れる。
「聖女エルボー」
天高く上げた肘をそのまま魔物の顔面に叩きつけると、身体が真っ二つに裂けた。
彼女が言った通り、先ほどまでのパンチやキックは本気ではなかったのだ。
「うーん、これだと威力が高すぎになるのね」
拘束から抜け出したクリスタは、ふむぅ、と悩ましげな声を上げる。
異様な光景に、魔物たちがたじろいでいる。
「もう少し硬い魔物はいないかしら?」
――そして宣言通り、小一時間ですべての魔物の討伐は完了した。
▼
「出力四十%までが限界ね。【聖鎧】【身体強化】この組み合わせはとても有効だけれど、こうも実験相手がいないと限界を知るのも一苦労ね」
「……」
帰りがてらにぶつぶつと今日の実験結果を呟くクリスタ。
ツッコみたいところはたくさんあった。
戦闘中、クリスタの身体は薄い光に包まれていた。
あの光が、魔物たちの攻撃の全てを完全に遮断していた。
あれが昨日言っていた【聖鎧】とやらだろう。
俺は魔法には疎いが、部下に魔法使いは何人もいる。
しかし一般的な結界は前方の固定した位置に壁を出すことしかできないはずだ。
動き回る人間に合わせて結界を張る、なんて芸当ができる奴など誰一人いない。
その上、彼女は身体強化まで使っているという。
なるほど強固な結界で身体を包み、強化した拳で殴れば、彼女の規格外のパンチ力も納得できる。
納得できる……が、俺が一番ツッコミたいところは他にあった。
無傷で結界の外の魔物を蹂躙しておきながら、出力四十%……?
というか、聖女は『極大結界』に魔力の何割かを常に割いているはずだ。
魔力枯渇を通り越して、干からびたミイラになっていてもおかしくない。
なのに聖女クリスタはピンピンした状態でぶつぶつと呟き続けている。
(……とんでもない聖女がいたものだな)
事前に聞いていたおかげで、聖女相手にツッコミを入れる、という失態はどうにか免れられた。
――そう思っていた矢先、
「けど【疲労鈍化】の効果も実感できたし、実験はおおむね成功ね!」
「他にも魔法使ってたんかい!」
俺はとうとう我慢できず、ツッコんでしまった。