第十五話「わくわく」<マーカス視点>
サボってすみません
流行り病にかかって療養しておりました
皆様もお気をつけください……
活動期の報告を受けた数日前、ルトンジェラには緊迫した空気が流れていた。
一般的な魔物の習性は研究が進んでおり、比較的安全に討伐する手段は確立できている。
しかし、活動期になるとそうはいかない。
数が多く、力も強く、そしてその大半が新種だ。
討伐にも時間がかかるし、被害も当然のように増える。
活動期は周期があるため、計算すればある程度は起きる時期を予見できる。
そのおかげで煩雑な援軍要請の書類書きも、余裕を持った対応ができていた。
――だが、今回は違う。
突然、何の予兆もないまま活動期が始まった。
唐突すぎたために援軍の要請も間に合わない。
唯一の救いは、聖女エキドナが視察に来てくれていたことだ。
彼女にはかなりの負担を強いる形になるが、最大限の助力を得るつもりだった。
聖女エキドナの力が無ければルトンジェラは半壊。
彼女の力を借りても三割程度の被害は覚悟していた。
……なのに。
「何がどうなっている」
「私も、何が何だか」
部下と共に、俺ことマーカスは首を傾げあっていた。
報告書には、覚悟していたものとは程遠い内容が簡潔に記載されていた。
――被害、ゼロ。
時期はずれの活動期で、援軍もないまま。
戦いに明け暮れる日々どころか、平時よりも平和になっている。
報告が無ければ、今が活動期だと誰も信じなかっただろう。
「こんな活動期を体験するのは二度目だな」
「以前も同じようなことがあったのですか?」
「ああ。あれは――彼女が視察に来ていた時だ」
▼
三年前。
活動期に入った最中に、その人物はやって来た。
聖女クリスタ。
彼女の第一印象は「変」の一言に集約される。
分厚いメガネと乱雑にまとめた金髪。
そして聖女の正装である法衣の上には、何故か白衣を羽織っていた。
教会からの通達――偽造を疑ってかなり入念に調べたが、本物だった――を持っていなければ、法衣と白衣を着ただけの変人にしか見えない。
「視察は初めてですが、よろしくお願いします」
「え、ええ……こちらこそよろしくお願いします」
当然、聖女にあるべき格式めいたものも持ち合わせていない。
しゅび、と気楽に手を挙げて挨拶された。
「あ、私あんまり口調とか気にしないので。話しやすいように話してもらって大丈夫ですよ」
当時の聖女はみな高齢だった。
かつては鉄砲玉のように捨てられ、五年程度で交代していた聖女たち。
聖女マリアが取りまとめるようになってから死亡率は著しく低くなり、二十年ほど同じ顔ぶれが続いていた。
彼女たちはみな、格式を重んじている。
へらへら笑っているが、聖女クリスタもその一員だ。
言葉通りに受け取って下手な調子で接すれば、後でどんな嫌がらせを受けるか分かったものではない。
「お気遣い下さりありがとうございます。しかしこれが普段の口調ですので」
「そうですか」
特に気にせず、聖女クリスタは周辺を見渡した。
「結界の穴に来るのは初めてです。外の魔物は強いんですよね?」
「おっしゃる通りです」
「しかも今は活動期! より強い魔物が野に降りてくるんですよね?」
「ええ。しかしご安心ください。聖女様には安全な場所にて癒し手となっていただければ――」
「いえ、前線に出ます」
「……は?」
一瞬、我が耳を疑った。
「守り」と「癒し」の担い手である聖女が、前線に出る?
……?
……??
……???
俺の頭の中を、疑問符が埋め尽くした。
「内地の魔物は弱くて相手になりませんからね。いい実戦データが取れるまたとない機会です」
拳と掌を合わせ、ぱん、と音を鳴らす聖女クリスタ。
何気ない所作だったが、戦場で暮らす俺はそれが素人の動きではないとすぐに理解した。
「【聖鎧】がどこまで通用するのか、実験開始ね」
メガネのせいで目元は見えないが、弾んだ声から察するに。
彼女は、聖女クリスタは――活動期のルトンジェラを前に「わくわく」していた。




